ゼアシーゴーズ。@森田薫

 キコキコと柏木くんを乗せた車椅子を押しながら、あの日のことを思い出す。


 絵を描き終わり、私にくれた日のことを。


 それは念願の絵だった。

 渇望した過去に戻る鍵だった。


 今まではいくら連れ出して描いても駄目だった。何度も何度も駄目だった。


 いつも変わらず10才からのリスタート。


 私はあれからループの檻にずーっと閉じ込められていた。


 15歳は崖だったんだよ。


 それならばと何度も何度も柏木くんにアタックしたけど駄目で無駄だった。


 どうやっても柏木くんを攻略できない。


 最後には美術室で押し倒しても、泣いても、喚いても、拉致しても、監禁しても、無駄で駄目だった。


 そして駄目な日は鬱自殺して。


 最後には狂ってキンモクセイくんを切り刻んだ。


 それでもやり直しで。


 もうその頃には私はおかしくなっててさ。そしてその辺りから柏木くんは私の記憶を無くし始めたんだよ。


 それにびっくりしてさ。それからはそういうことはやめて友人として過ごしていたんだよ。


 だけど…今回は思い出の病院で病室で。


 立場は逆だったけど、初めてで。


 だからもしかしたらと思ってしまったんだよ。


 柏木くんがあの絵を描いたらどうなるのかって。


 もしかしたら…今度こそ私の願いが叶うのかも知れないってさ。


 私の素敵なデザイナーさん! 私をどうかあの過去に戻してね! ってさ。


 そして一から愛を育くんで、未来なんていらないから、また私だけを見て! って。


 だから円谷華、お前は三好とパコってろって。


 ……そう思ってたのになぁ…



「はぁ……」


「疲れた? ごめんな」


「う、ううん! ごめん! 違うの! よろしく哀愁っていうか……」


「えらいの出してきたな…どんな言い訳だよ」

 


 あはは…いや私の樹齢すごいから…じゃなくて目をつぶれば君がいたんだよ。


 柏木くんから絵を受け取った時にね。突然私の瞼の裏に大量の映像が流れてきたんだよ。


 それは私にとってはパンドラの箱で、見たくない未来だったんだよ。


 君の未来が詰まった箱が開いて、私と歩んでいない、君の人生が見えたんだよ。


 裏切られた、君が見えた。


 一生懸命な、君が見えた。


 ひたむきな、君が見えた。


 それなりの幸せを掴んだ、柏木くんが見えたんだよ。


 つまり、私の願いが果たされないと突きつけられたんだよ。いや違う…果たされたからこそここにいて、君がやっぱり助けに来てくれたんだねってさ。


 これはもー宿命で運命っしょって。


 それにそれもあるけどさ。愛想笑いしか出来なくなった君が、単純に辛かったんだよね。


 それに姫があんなことをするなんてさ。三好があんなだったなんてさ。やっぱりブチ殺そうかなってさ。そりゃあやさぐれちゃうよねって。


 でも、ごめん。私にとっては幸いだったんだ。パンドラの箱だったけどさ。それでも未来の君がここに居ることがどうしようもなく嬉しかったんだ。


 そう、円谷華から解放されて、やっと彼女から目を少しでも背けた君が嬉しかったんだよ。


 だからツツッと涙が溢れてしまったよ。


 ポロリと溢れてしまったんだよ。


 そこからはひたすらに滝だったんだよ。


 涙なんて、萎んで縮んで枯れ果てたはずなのに、恥ずかしかったなぁ。


 だから、それは合図なんだと思った。決定的なサインで、惰性の日々に終わりを告げる信号だと思ったんだ。


 だから私はどうすればいいか、あれからずーっとずーっと考えたんだよ、柏木くん。


 そして思いついた。これしかないって思いついた…


 けどさ。


 ちょっと怖いんだよ。自分の思考がさ。何回も何回も死ぬとさ。おかしくなっちゃうんだよ。その度に鬱な絶頂に逃げてたけどね。あはは。


 つまり怖くてさ。だからさっき言ったように、君が未来で乗っていた青い車で海に行きたくなっちゃってさ。


 私の方を見てくれた君に、涙がつい出ちゃったんだよ。


 だって同時に思い出したんだもん。私の記憶の中にずっと二人は生きているって。色褪せも、ひび割れもしない強い記憶で、笑い合う二人は今も私の胸の中にいるって。


 意味わかんないよね。ごめんなさい。



 君は未来の閉じた私の人生に、一つのきんきらきんをくれた人。


 一等賞をくれた、柔らかな人。


 金賞をくれた、可愛い人。


 あのキンモクセイくんを救ってくれた人。


 そして…初恋をくれた、愛しい人。


 だから君の幸せをただただ願うだけじゃ駄目なんだって……



「ああ、うん。そうだよ……!」


「急にどした…? ほんとに大丈夫か?」


「うん、平気平気」



 この永劫続くかのようなループする毎日にお別れを告げるルートは出来たんだ。


 さっきは嬉しくて揺れちゃったけどさ。


 もう大丈夫。覚悟は出来た。


 惰性で出来た綺羅綺羅でキラキラのパン屑のような毎日にお別れだ。それはそれで寂しいけどね。


 私の胸の中をカラカラと駆け回るこの感情を、タイムカプセルに閉じ込めて。


 そして私は諦めたはずの未来に希望を繋げるんだ。


 遠い遠い秋の先に。あなたのキラキラと輝く未来の先に、ピタリと目指し繋げるんだ。


 だって金木犀は、二度咲くこともあるからさ。


 きっと三度目だって咲かせてみせる。


 あははは。



「今なんか企み笑いしなかったか?」


「ふふ、なーいしょ! だよっ! 柏木くん! 行くよ! うりゃぁぁぁ!」



 青くないし、車じゃないし、海にはとても行けないけど許してね。私もまだ我慢しておくからさ。


 我慢なんて私には空気みたいなものだから。


 だからまずはトラウマ克服だー!



「ちょ、ちょい! 速い! 待て待て待て!! 急に暴走やめれ! 前カーブ! 怖い怖い怖い! あ! 道! 道曲が…曲がるだとぉ! つーか恥ずかしいだろ! やめれー!」


「あははは! むーりー! あはははは!」



 だから、円谷華───あなたをこのまま応援してあげる───でもね。



 後で必ず返してもらうから。うふふふ。


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