なんでだよ。@柏木裕介
傷だらけの少女、森田さんに押され、またあの推しウッドくんのところに来た。
彼女は私服だった。
今日は…土曜日か…曜日の感覚も曖昧になるな。仕事したい。
ルンルンと車椅子を押す彼女は、ふんわりとしたニット地でグレーの長袖膝丈ワンピースに黒の編み上げブーツだった。
だが、ふわりとしているにも関わらず、圧倒的な胸部だった…って中学生だろ、この子…
こんな子、忘れるか…?
しかもこのぐいぐい来る距離感から仲良かったようだし…。
もしかして…ここは違う世界線か?
いや…馬鹿馬鹿しいか。
昨日描いたものをその圧倒的少女がパラパラと見る。何枚か描いたから、気に入ったものをカタチにしてみようと思い、彼女に見せたのだ。
「あ、これいい。この雰囲気…近い。これが良いです!」
「…そう?」
近い? 何か…既にイメージがあるのか?
言っておくが、ただの風景画だぞ? デフォルメをやや誇張気味にはしたが。
どうやらタッチでもバレてはいないようだ。いや、バレたところで、誰も信じないか…
まあ、森田さんは嬉しそうだ。ならこれで良いか。最後は色でもつけようかな。
でもなんか、金木犀って感じじゃないんだよな、この推しウッドくん。
花が咲いてないからか、どっちかと言うと金というより銀だ。でも銀木犀なんて聞いたことないしな…
花がないと金木犀かどうかすら知らなかったんだからお察しだ。
「……」
「何何、そんな目をして…私何か変?」
森田さんは寒いのに、長袖を腕まくりしていた。
いや、寒いのに変だろ。
だからまるでその傷を話題にして欲しいと言わんばかりに見せつけてくるかのようだった。
だが僕は触れなかった。
ここも大人の価値観が顔を出してしまう。
取引先さんなら迷わず突っ込んで、心配し、心象を稼ぎ、何だったらお金を稼いでしまうところだ。
そうでなければ、要らない火種を呼び込みかねない。
だからツッコまない、ツッコまないぞ。
寒いのにぐいっと腕まくりしてアピールされてもツッコミしないぞ! つーかなんでそのゆるゆるした袖なんだよ!
なんかクリップとかピンとか使いなさいよ! すぐに落ちてくるだろ! ああ、ほらまた! イライラする! だが僕はツッコまないぞ!
「あ〜これ? 気になる? 実はね〜」
「ならねーよ」
「んん"…あはは〜私ってドジでさ〜」
「聞いてねーよ、やめろ。アホか」
「んん"……」
「あ……ごめん」
森田さんは、俯いてしまった。
すまん。アホかはないよな…何かドジでしつこいあの後輩と話してるみたいでつい言ってしまっていた。
いや、痛そうなんだけどさ。
ツッコミたくないんだよ。
──男性は縦軸でモノを考え、女性は横軸でモノを考えるのよね。
昔、取引先の女社長に言われた話を思い出す。
男性はすぐに解決方法、道筋を見つけようと考えてしまう。まるで階段のようにゴールまでの最短のステップを縦に積み上げるかのように考えてしまうと。
例えばその森田さんの傷を見たら、心配なのは二の次で、ゴール、つまりもうそんな目に合わないで済む方法や手段、解決方法など、未来に向けて考えてしまう。
実際僕もそうだ。ツッコんで原因を知り、それから解決策を考えようとしてしまう。
普通、起きた事実は変えられないのだから。
対して女性はそのシーンシーンごとにどうだったか、どうすれば良いか、良かったかに重きを置き、まるで双六のように進むと。場合によっては一回戻ってもいいし、休んでも良い。なんだったらこの双六そもそもなんでしてるんだろうなど。
まるでタイムリープやタイムループのように話が行ったり来たりする。
目の前の傷でいえば、これはどこでついた、あれはどこでつけられた、あの時こうしてたらな、などなど話が細かく、過去に重きを置き、少しも前に進まない。
だからこちらから解決方法などを提示してものらりくらりと躱して話す。
それを停滞に感じてしまう。
特に男性は解決をイメージしてしまうと、何で先に進まないんだよ、ゴール見えてるだろこら。なんて答えを求めてイライラして早る。
その女社長はケラケラしながら言っていた。そんなことを口に出して言う男は特に早漏だったと。
ただのセクハラじゃねーか。
その時は一瞬そう思った。
それから彼女は続けて言った。
聞いて欲しいだけ、はよく聞く言葉だが、それを枕にして話し始める人は少ないと。
特に飲みの席だ。
そんな話は、だいたいが女性で、だいたいが過去の体験や経験などの終わった話だったりする。
だけど、過去に戻りたいわけではなく、未来に進みたいわけでもない。
その女性にはすでに答えは出ているのだ。
ただただ聞いて欲しいだけなのだ。
最初から聞いて欲しいと言えよ、そうは思うが、流れもあるし、仕方ない場合が多い。
兎角、男性はゴールまでの道筋、組み立て方を考えがちで、女性はそうでもない。
そして次に会った時に、ふいに答え合わせを問うてくる。
ちゃんと話を聞いていたかと。
未来ばかり見ていた男はその問いに答えられず、機を逃す。逃したことにも気づかない。
巻き戻しを願っても無駄なのよねと。
ヒントなんてそこら中に落ちてたのにと。
だからこれを知ってるか知らないかで扱いが違うんですと。モテるかどうか違うんですよと。
だから広告でも女性の心理って大事でしょ? 柏木さんはよくわかってる。モテるでしょ? なんて言って話が終わった。
どうやら恋愛と仕事の両方の話だったと後で僕は理解した。
いや、黙ってうんうん聞いてたほうが楽なだけなんだが。
酒、苦手だし。
それに一応は仕事に関わる話だし、どこに宝が埋まっているかわからないから聞き逃さず、覚えておくようにしていただけだし、恋愛経験のない僕にそう言う時点で、その女社長に見る目はないが、確かにそれなりにモテてはいた。
まったくの偶然だが。
つまり何が言いたいかと言うと…いや何を言いたいかよくわからなくなってしまったが、例え森田さんから言ってきても取引先でもない限り、僕は絶対に触らない。
触らないからな!
フリじゃないからな!
すると森田さんは俯き黙り込んだまま、スケブを返してきた。
どうやら諦めたようだ。
なぜに赤い顔してビクンビクンしてるのかはわからないが、僕はその謎には触れないぞ。
「…柏木くんは、ひどい男の子だなぁ」
「なんでだよ」
なんでだよ。
酷いのはこのタイムリープだろ。
それに僕は過去をやり直さないんだよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます