もーもーバカー!@森田薫

 私は午後から学校を抜け出した。


 そして柏木くんの病室を調べ、カーテンに覆われているその中を、こっそり隠れて覗いた。


 この病院は、幼い頃からずーっと通ってる。だから人の目、監視カメラ、看護師の巡回時間に配置図などなど。


 全て全て網羅してますから。


 隠れるなんて、わけないんです。



 するとお母様と二人して、寝てた。


 冬の光を浴びて、まるで慈愛に溢れた絵画のように見えますね。


 まるで陽だまり。キラキラだ。


 ホッとした。


 お母様も心配したのだろう。


 お疲れのご様子です。



 それからお母様が起きて、柏木くんが起きて、二人は会話をし出した。


 良かった。元気そうだ。


 お母様と話してる柏木くんは、頭を下げるもぶっきらぼうだ。


 きっと怪我が恥ずかしいんだろう。


 くすくす。なんだか叱られてる子みたい。


 でも、聞いていると、なんだか違和感が生まれてくる。お母様の話はあまりしないし、聞かないけど、柏木くんは…まるで…別人の話ぶりだ…?


 どうも…様子が変だ。


 記憶の混濁……かな? お母様に合わせてる…? だとしたらどうしよう。残りの学校生活が心配になる。


 少ししてから病室を離れ、自販機近くのベンチで座ってうんうん考える。


 姫が何かしたのは間違いない。お母様は覗いたでしょなんて言ってたけど、そんなのしない。


 それに、私がいくらスカートをひらひら挑発しても、性も愛も絵に向かわせるだけなんだから。


 でも、姫が何かできるはずは無い。するはずも無かった。


 今までは。


 もしかして…姫も私と同じ?


 そんな訳…ないか…じゃあ柏木くんが? いや…それもおかしい。


 じゃあなんだろ……って柏木くん! 松葉杖使ってる! うわ〜レアだレア! 怪我なんてしたことないから写真写真!


 ふっふー。


 これはお世話のし甲斐があるね!


 そこだけは姫に感謝だね!


 話かけて様子を見よう。一番は記憶が無いのかどうか。二番は姫が何かしたのか。


 まあ記憶ないならないで、それは良いか。最後の三学期は私とまったり過ごせば良いんだし。


 あんのくそアマと一緒にいなくなるならそれで良いや。


 あいつクソデザイナーだし。


 待っててね、柏木くん!


 君を一人ぼっちになんかさせないよ!


 ……なんてね。





 結論から言うと、わかんなかった。


 私のことを覚えてないのは別にいい。たまにあるしね…悲しいけど…逆に言えば毎回初めましてを体験出来るしね! 多少無茶なことしても! 完全犯罪! なのです!


 …強がりだね……はぁ。


 ということは、原因は私の方か…それとも他に何か…


 いや、それより朗報朗報! なんと! 優も姫も! 幼馴染の話をめちゃくちゃ嫌な顔をしたのです!


 辛いのにごめんね? 確認したくてさ!


 まるでキラいな椎茸と筍を見た時の柏木くんの反応だった!


 なら、やっぱりあいつらが何かして、やさぐれたんですね!


 優もだったのか…いや、姫に命令されてるパターンなのかな…? そんなの…あったかな…?


 違う違う違うの薫!


 それよりもっと大事な大事件な事件な件なの!



『──そんなイズムは持ってねーよ。アホか』



 さっきのアホか、です! ですよ! ですが………なんて冷たく突き放して……なんて、なんて、なんて、なんて、なんて、何なのこれ…


 ……いい。


 めちゃいい。


 やさぐれてる柏木くん、めちゃいいよぉ。


 のらのらしてる野良猫だよぉ〜。


 まるでぽっかり一人ぼっちだよぉ〜。


 きゃ〜〜見たことないんですけど!?


 なんですかあの疲れ切った目!?


 もしかしてこれボーナスステージなんですか?!


 キュンです、キュン! キュンしたんです、キュン! キュンしちゃったキュンキュン!!


 …そんな…いけない…ダメ…! ドコでナニとは言わないけど、キュンと疼きます!


 ちょっとお花摘みに! 薫は薫はいってきます!


 一人ぼっちにほっといて!





 ふーいー。


 いやぁ、いけない柏木くんだったなぁ。参った参った。鏡を見てもまだ頬が上気してる。蒸気出してる。照れ照れあせあせしてるよ。


 …黒ストッキングで良かった…でもムレムレだなぁ…。


 ひゅー、ひゅー。よし。


 ちょっと香水で……よし。


 でもたまんないなぁ…こんなの…初めてです。


 だって柏木くんがいけないいけないセンセだったんだから…私は生徒、君はやさぐれ美術のセンセ……この妄想シチュはクセに……


 よっし。


 いろいろと捗るため…いや、謎解きのために、いろいろ投げてみよ……デザインチェンジは完璧ですってあれ、姫ですね…?



「…めちゃくちゃ…泣いてる…?」



 演技…じゃなさそう…なんだろ? ああ…やさぐれ柏木くんの怒りに震えたのかな?


 ふっふー。常日頃から彼の絵を見てないから慌てるんだよ。


 でももうあの絵の中の姫への思いは無いのです! 無くなったのです! 閉店シャッターガラガラガラ〜! あはは〜! やっとだ!


 やっと離れた!


 これで一安心です!


 だがしかし今! 違う危機が! 私に私に迫り来る!


 普段、絵にぶちゅっと描き込む感情を! 表にじゅずっと出したらあら不思議!


 正解は、疼いちゃう。


 何とは言えないけど。


 どことは言わないけど。


 これぇ…薫は薫は…どーなっちゃうのぉ?


 いやぁぁあああ……!


 いい。


 ただ、いい。


 のみ。オンリー。



 いや、そうじゃなくて、姫だ。もしかして……どういう風にする気かな…? どっちにも嫌われないようにとか?


 あはは。二兎を追えば……崖しかないのにね。


 まあ、どっちにしろ、あのやさぐれ柏木くんには近づけさせないんですけどね。


 だってこんなスペシャルボーナス!


 頼まれたってあげないんだから!



 さあ、柏木くん!


 薫と中学最後の思い出作ろうね!


 君に小さな幸せなんか似合わないよ!



『──いらねーよ、アホか』



 ……


 ……あ、やっぱりもっかいお花です。


 花かごいっぱい摘んじゃいます。


 もー! 柏木くんが急にやさぐれたりするから! 妄想しちゃったでしょー! もーもーバカー! ヒドいよぉ!


 ……そう、君はいつもいつでもいつだって…ひどいんだから……昔から。

 

 

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