ぶち殺そうかな?@森田薫
ぎりぎりに起き、ぎりぎりに家を出て、ぎりぎりに学校に着く。
いつもぎりぎりが、私のルーティーン。
だって朝も冬も苦手なんだもん。
「今日も寒さがキツいですなぁ…はぁー、寒いよぉ…ひえひえだぁ…はぁー、はぁー、さむさむさむ…」
朝のぎりぎりの時間帯は、ちょっとしたレースみたいになる。
校門に立つセンセが、チェッカーフラッグを振り下ろすまで。
ぎりぎりの生徒は風も寒さもぶっちぎって、吐息の排ガスをばぁばぁと白く吐き、足をとくとく回して、私の横を駆け抜ける。
「元気だなぁ…」
そんな風に眩しいものを眺め、私はてくてくと歩き、ゆるゆるとゴールにタッチする。
それと同時に鐘が鳴る。
はあ。よしよし。
マイナス一着。
いつものドベ一等賞だ。
そんな私にいつもの体育教師が見下ろし話しかけてくる。
「遅いぞ、森田。おはようだ」
「おはようございます。いやぁ…すみません。気をつけます」
「いや…身体に気をつけてな」
「はい!」
いつものやりとり。いつもの朝。
この平凡な毎日を、綺羅綺羅の毎日を、私は贅沢にも惰性でのんびり過ごすのだ。
◆
昨日、柏木くんは、新たに絵を描いていた。
でもまた人物画の練習…
どうせ姫のためなんでしょうけど。
まあ頼んだら私も描いてくれるって言ってたから、良いんだけど。
それよりアレ、描いてくれないかなぁ。
そんなことを考え、あくびの色をさせながら、教室に着く。
中学に上がるタイミングで私は転校してきた。
隣の席だった柏木くんに直ぐに近づき、仲良くなった。しかも柏木くんしか仲良くしてないから、私に話しかけてくる人は滅多にいない。
だから私の周りはいつも静か。
でも、今日はなんだか違っていた。
◆
あまり話す人はいないからといつも読書ばかりしているけど、今日は別。
あまりにも昨日と雰囲気が違うからと机にうずくまって聞き耳を立てていた。
なんというか、ワクワクとドロドロが混ざったような、粘ついたヤなヤな空気。
そして、どうやら柏木くんが何か仕出かしたみたいだ。
そんなこと、ありえないんですけどね。
でも、具体的に何をしたのかわからないのに、彼ら彼女らは、憶測で盛り上がる。
人間なんて、そんなもの。
アオハルなんて、そんなもの。
「なんだか華ちゃん元気なかったね」
「あー、もめたみたいよ、イケメン同士」
「優と劣が? ないでしょ。姫どっちも大事にしてるっぽかったし。優もみんなに優しいし。劣も争い苦手じゃん」
「そーなんだけど、ここだけの話、劣が姫に無理矢理迫ったみたい」
…あはは。ないない。ないですよ。逆もないだろうけど。
「柏木…劣が? それこそないでしょ。そもそも罠くらい仕掛けないと体格差で無理ぽ」
「…だよね。姫運動神経ゲキ強だし…華奢な劣が勝てるイメージ湧かないし…それにどっちかって言うと姫が揶揄って絡んでたし……でもなんか、優は姫助けたせいで、今日休みだって。サッカー部の子が教えてくれた」
「そういうことだったのか…優…大丈夫なのかな?」
「………」
彼女達がピーチク噂する、優は三好翔太。劣は柏木裕介。姫は円谷華。
この学校のスラングだ。
姫を含む幼馴染のトライアングル。
姫はともかく、イケメンの優劣だなんて、酷い話だ。
でもそのおかげで放課後には、柏木くんと私の貴重な時間が生まれてくれる。ふっふー。
私からすると、優勝が柏木くんで、その他全員は劣化品なんだけどね。
パラパラとこいつら一回死んだらいいのになぁ。
でも、どうなってるんだろう。柏木くんが襲う? ありえない。確かにいつも華の姫に偏執的に夢中だけど、心優しい彼はそんな事しない。
それに、彼の恋も愛も哀も怒も悲も、主張は全て彼の描く絵の中にある。
それは、姫も優も誰も知らない私達だけの物語。
ふっふー。
それに、優、三好もそんな事をしたり、言いふらすような人じゃないし。
でも…ちょっと…調べてみようかな?
◆
柏木くんと姫と優は、私の隣のクラス。
わいわいガヤガヤ。わいわいガヤガヤ。
円谷華の周りは、いつもいつも常に人でいっぱいだ。
なのに、今日は静かだった。
いっぱいいっぱいな空気。
ざわざわ、ざわざわ。そんな感じ。
姫は今日の私のように、机に突っ伏していた。
周りの生徒はオロオロしていた。
何か顔に縦線入ってる。
姫は…心…ここに在らず…なように見えるけど、強かに周りを伺っている。
…なる…ほど?
そして柏木くんは…お休みのようだ。
◆
「…やっぱり姫ちゃん何かあったのかな…元気ないよね」
「どうも劣くんが何かしたのは間違いないみたい」
「聞いて聞いて! 劣のやつ、骨折して入院だって! ウケる!」
「骨折?! 大丈夫なのそれ!」
「ちょっと! それで姫ちゃん自分を責めてるかもでしょ! 声おっきい!」
「ごめ〜ん。でもなーんか大丈夫みたい。隣のクラスの子が言ってたよ〜」
「っていうかウケるとか酷すぎ」
「だって〜」
「……」
自分のクラスに戻って考えていた。
彼女達のパーチク話は別にいい。
問題は別にある。
自分を…姫が自分を責める訳ない。
あいつは柏木くんで遊んでる、いや弄んでいただけだ。
大方、今回の件は、姫が煽って煽って、自分の恋心にどうしようもなくなった柏木くんが衝動的に迫ってしまい、慌ててそれを拒否したり押したりしたんだ。
それで骨を折ってしまった。
そんなとこだと思う。
柏木くん虚弱だし。
私もうっかりで折りそうな時あったし。
せっかくのラッキースケベなのに、うめいてただけだし。
でも怪我なんて、今までしたことなんかない…
一応確認したいけど、スマホに返事がこない。
もしかして…姫が…証拠…隠滅した…?
さっき強かに周りを伺っていたのは…?
………
「でも…なら…つまり…だから…これは…姫が…デザインした…ってことでしょ…?」
柏木くんの気持ちを…知ってて…煽って…学校で悪者にしてまで……そんなことするんだ…そこまでするんだ。
ぎりぎりと、私は拳を握りしめる。
そんなことするんですか。
ああ、そうですか、そうですか。
今までは静観してたけど、そうですか。
私は黒縁眼鏡をクイクイキリキリと持ち上げ、ゆらりと立ち上がり、歩く。
っざけやがって…
私の綺羅綺羅のキラキラに…
一番の一等のきんきらきんに…
「……私の金賞に…よくも…!」
あのアマ……いっぺんぶち殺そうかな…?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます