インハイ高め。@柏木裕介

 パチ…パチパチ…パチ…


 バラバラでパラパラの乾いた拍手が多目的ホールに鳴り響き…はしないか。


 僕はご老人と大勢の子供達の触れ合いを見ていた。


 暇だし、覗いてみるかと、病院のクリスマス会に参加したのだ。


 つつが無くプログラムは消化され、最後のクリスマスプレゼント手渡しを無事終えた。


 周りはご老人とそのご家族、看護師さんなど。後はボランティアの小学生とその親御さん。


 そして昔担任だった男の先生もいた。


 少し話すも、薄らとしか覚えていない。


 彼からすると、卒業して三年ほどか。逆によく顔を覚えているものだと感心する。


 朗らかに笑い、怪我を心配してくれた。


 心があたたまり、少しツラい。


 トラウマとタイムリープと骨折に翻弄された30歳の僕は、まるでここに並ぶ老人のようだと思ってしまったのと…


 昨日の奴の件とでツラい。





 昨日、僕は反省した。


 トラウマという心の崖の上で、いつの間にかハイテンションになってしまっていた。


 それをそのまま言葉にして吐き出してないとはいえ、ぶつけてないとはいえ、そもそも中学生相手に何をムキになってしまったのかと。


 確かに過去、酷いことはされた。


 トラウマももちろんある。


 でもこのやり直し世界ではまだ何もされてないのだ。


 寧ろやってしまったのは、ダイヴした自分なのだ。


 華と翔太というヒロインと主人公の未来は決まっていて、その関係の補強に僕というモブースターが必要。


 ただそれだけなのだ。


 その運命はそのままなら、きっと変えられないのだろう。


 ソースは僕。


 翔太の、奴の底意地の悪い冷たい笑顔だ。


 あれは、経験があった。過去に見抜けなかった、企む瞳だ。


 今ならわかる。これが逆に奴をはめ、逆手にとり、復讐するチャンスなのだと。


 だが、僕はあの未来に帰りたいのだ。


 あのそれなりの幸せを享受したいのだ。


 だから今回のこのリプレイ世界では、嘘告されて、その後惨めに振られることになるだろう。


 最初の過去。過去一番のキツい事実が、ダイヴ&バタフライ効果で、柔らかくなり早まった。


 ただそれだけだ。


 だから何もしないし、促されるままでいい。


 何故なら僕の恋愛観はあの日のまま。


 あの燃え尽きたままなのだから。





 だから改めて思ったのだ。


 僕は15年前をやり直さない。


 嘘告だってしてやる。


 NTRだってどんとこい。


 30歳の僕の脳を侵略し続けるこのトラウマは丁度良い。


 この脳が見せ続けるトラウマを克服しろと、僕の中の脳が囁くのだ。


 …そんな気分にして奮い立つ。


 見たくないとシールを貼って隅に避けてしかなかった僕はもうやめだ。


 ちゃんと向き合って対峙する。


 大きく振りかぶって、凡フライに終わらせる。


 それを、それだけは心の中でやり直す。


 いや初めてだから、やり直すは変だな。


 このトラウマ、絶対にってやる。


 見晒せタイムリープ!





 病室に戻ると、僕のベッドがこんもりしていた。


 犯されてた。



「……こっわ」



 え……何? 看護師さんのいたずら? 嫌がらせ? 確かに少し仲良くはなったけど、まだいたずらし合うレベルじゃないぞ…?



「…ん?」



 何かセーターの袖みたいな生地が少しはみ出てる。この布団のこんもりさから、人ではない。



「長いな…」



 気になって徐に引っ張るもゆるゆると終わりなく出てくる。


 今日は松葉杖だから引き抜くのムズい。


 座ろか。



「…マフラー?」



 まだ出てくる。嘘でしょ。もう縄跳び出来そうなんだが…


 しかも柄が子供プレイの人形が着てそうなくらい爽やかカラフルストライプなんだが…何色あんのよ。


 逆にこっわ。


 中身減ってきたな…長ーいお付き合いってか。どっかの銀行か。



「裕介!」


「はいッ! …って母さんか…このいたずら母さん?」



 振り返れば母がいた。


 夢中になり全然気づかなかった。



「ビックリドッキリ成功よね? それ、華ちゃんからよ。長〜〜〜いお付き合い───」


「言わせねーよ。何してんだ」



「てへ」


「やめろやめろ。てへぺろやめろ。そんな雑な誤魔化し方すな」



 母によると、どうやら華からのクリスマスプレゼントだそうだ。イブは三日後の平日だからと、母が受け取ったようだ。


 いたずらは母作。


 いい歳して何やってんだ。


 というかこのマフラー長すぎてダブルダッチ出来そう……ええーこれどしたらいいの?


 巻いたら絶対古いヒーローみたいになるし、飛ぼうにも骨折れてるし。


 これは片足跳びだな。そういえば、縄跳びなんて随分してないな。最後は…いつだったか。


 つーか、大変だっただろう。編むの。


 つーか、大変だろう、服に合わすの。



「良かった……ね?」


「思ってねーじゃねーか」



 もじもじしながら思ってないこと言うな。



「だって華ちゃん、あんた落ちてから怖いんだもん」


「だもん言うな。まあ…この長さはちょっとな…」



 というか…クリスマスプレゼントってもらったっけ? 調教中に…? いや純愛中か。そういえば中三の時のクリスマスは…いかんゲロる。いや打ちとれ! ピザを食え!



「ああ、違う違う。違いはしないけど、ラブ過ぎて怖いの」


「…なんだって?」



 ラブ…? 母や。それは大きな勘違いだ。つかラブ言うな。もじもじして言うな。



「行き過ぎた愛…いいわよね。ちょうどそんなドラマやってるの。今崖よ」


「やめろやめろ。落とされるやつじゃねーか。落ちた息子に連想さすな」



 昨日そんな心の崖で踊り狂ってたんだからやめろ。恥ずかしいだろ。



「てへぺろ」


「だからそれやめい」



 くそ、何故か母さんが僕の心のインハイ高めに入ってくる! あったまるぞ! 駄目だ駄目だ! この球は振ってはいけない! 見逃せ!


 タイムリープ! きさん許さんぞ!



「あ、それと検査したわよ、裕介。ポリープ見つかったから今度取ってくるね。日帰りだって。ぷぷ。良いでしょう?」


「…何笑ってんだ。ああでも、良かったね。良かった……良かったよ」



 タイムリープよ。


 とりあえず今日はこんくらいで勘弁したるわ。


 ありがとう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る