未来はわたしの手の中。@円谷華
急いで押しかけた裕くんの部屋には、吐瀉物があった。
中身からわかる。
「…裕くん…」
姿見の前にあったそれは、丁度ピザくらいの大きさだった。
もうすっかりと乾いてる。だからベランダから落ちたか…飛んだか…まだわからないけど、その前のもの…骨折だけって聞いたけど…だからあんなに…青い顔だったのかな…?
しかも、鞄は投げ出され、中身はぶちまけられ、それを放置したまま。
整理整頓しないといつもわたしを怒るくせに、こんな有様……慌てていた…?
周りをぐるりとゆっくり見渡す。
それからベランダに出て、私の部屋を見る。
わたしは潔白を示すために、あの時と同じようにカーテンを開けていた。
「やっぱり見える…そっか…見たんだ」
今はわたしの方が背は高いから見える。
恥ずかしいから模様替えしてたけど、見える。
頑張れば、見える。
つまり…見て、鏡見て、吐いて、スマホを持って、未来と叫んで飛んだ…?
上手く繋がらない。
今までの裕くんの行動と結びつかない…それこそ別人か…大人にでもならない限り…
「でも…華ちゃんって…呼んでたし…」
中学二年生の頃に呼び捨てにして、って頼んだのに…もしかして今は過去の裕くん…?
タイムスリップかな…それなら未来と叫んでもおかしくないけど…おかしいか。
あるわけないし…大人大人…吐く…まさかお酒? おじさんは弱かったって明日香さん言ってたけど……わからない…この無人の部屋は教えてくれない。
窓は開け放たれ、カーテンは揺れ動いて。明日香さんもバタバタしていたのか、この部屋一番乗りはわたしみたいだ。
違和感だらけのこの部屋は、隠し事をしているようにしか見えない。
「嫌…そんなの嫌…」
アルバムを探す前に、そっと本棚の裏に隠されたライトノベルに触れる。
幼馴染モノばかり。
「実質告白でしょ、こんなの…隠して…すぐバレるのに…それなのに拒絶するなんて…ううっ、うっ、ぐすっ…」
幼い頃の思い出? 全部覚えてる。
結婚の約束? したよ。
住む家の話? したよ。
子供の数? したよ。
「…だから安心してた…」
慢心してた。
この隠し本棚にあるヒロインのように、清楚可憐に振る舞ってさえいれば、プロポーズしてくれるって信じていた。
「……誤解だよ、裕くん、誤解だよぉ…う、う、ひん、ぐすっ、誤解だよ、ちゃんと、はね退けたよぉ…ぐすっ…」
でも…あの一声がなければ…わたしはどうなってたんだろう。
はっきりと跳ね退けれたのだろうか。
あんなにも恐怖に染まっていたわたしが。
いや、変える。変えてみせる。
フューチャーが助けてくれたのだ。
そしてわたしはやっと気づいたのだ。
あいつが裏で糸を引いている。
通学はいつも三人。
下校も三人。
だから裕くんは誤解したんだ。
このままじゃ失う。
その恐怖に比べれば、あいつなんてわけない。
だから。
「ぐすっ…まずは…あいつらからね…」
スマホを開いてSNSを開く。
円谷華、非公式ファンクラブ。
華たんしか勝たん。
……
この名前なんなの。
まあいいけど。
一切認知してなかったけど、お墨付きをあげるわ。代表は…このアカウント…あの子かな?
今日の学校では、裕くんが悪者になっていた。
でもわたしはすぐに慌てず、観察した。
暗い顔をデザインして観察した。
田嶋、伊藤、道渕、井口…サッカー部の四人…あいつらが拡散カルテット。司令塔はもちろんあいつ。
クズが。学校にも来ずに命令か。
あいつらもニコニコと鬱陶しい。
わたしと裕くんの未来にもしかしたら致命傷を与えたのだ。
警察なんて、生温い。
あのサッカー部四人の彼女は…ふふ。
ああ、悪女にだってなってみせる。
ああ、文句だって言わせない。
そうだ。
未来はわたしの手の中だ。
◆
「ふっふっふ…」
「華ちゃんアルバムあったー?」
「っふにゃ?! も、目下捜索中であります!」
びっくりした! 裕くんと一緒でお母さんの声、スパッと通るんだよね…わたしの耳が捉えやすいだけか。
「なんだってー?」
「あり、ありましたよー! 持っていきまーす!」
ふー…よし。とりあえずお部屋のお片付けだね! お掃除させてもらえるようにお願いしよう! 明日香さんに吐いたのバレたくないだろうし……でもでも寂しいしちょっとくらい…華を勇気づけるアイテム…っていうか裕くんが悪いんだからね! 何か…枕…大きい…駄目…借りよう。じゃなくて…あ、これこれ…ごくり…一枚くらい…怖かったし…避けるし…いいよね? …いえ、駄目よ、華。こういうのはちゃんとお互いを、お、お互いを思いあってですね。こ、心を通わせてですね。あ、暖めあってですね。ちゅ、ちゅっちゅしてからですね。それからナ、ナメクジのようにそれはそれはもう耽美的で芸術的に───
「あ、下着もお願いできるー? とりあえず適当でいいからー!」
「ごちになりまーす!」
あにゃ! 間違えた!
「あんだってー?」
「にゃ、にゃんでもないでーす! 華にまるまる全てお任せくださーい!」
パンツは合法的に、手の中にフューチャー!
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