わたしのリデザイン。@円谷華

 裕くん、何があったんだろう…


 病院の帰り道をトボトボと歩く。


 病院へ走って駆けつけたわたしを待っていたのは、すごい拒絶だった。


 最初はあいつとの仲を誤解されたのかもなんて思って、ちゃんと授業中に被害届風の調書をデザインしたのに…


 それをキチンと手渡して、読み込んでもらって、疑いを晴らして、膝枕して、よしよしして、足首ふーふーして…ピトッてして…それから裕くんも痛くて辛いだろうし、雑にで良いから慰めて欲しかったのに。


 なのに…



「…ううっ、うっ、ひぐ、うっ…」



 そう思ってたのに、まるで怯えるかのようにわたしを拒絶した。


 被害届を出す暇もなかった。


 あれは誤解なんてレベルじゃなかった。


 初めてのレベルだった。


 わたしの心と掌が小さく冷たくなっていった。


 わたしは泣いた。


 でも、泣きながら、観察した。


 コミュ力を高めたわたしにはわかる。あれは拒絶に罪悪感がくっついていた。


 裕くんの変わらない優しさは、瞳の中にちゃんとあった。


 多分心が絡まってる。


 といっても、あいつとの件があったから気付けた。


 よく観察しないと致命的な目に合うと。


 そんなことが無かったら泣くだけ泣いて、もしかしたらあいつの元に相談に行っていただろう。


 男子で裕くんのことを相談できる人はいなかったのだから。


 危なかった。セーフ。


 これも裕くんとわたしの未来が助けてくれたのだ。



 「ありがとフューチャー」



 もうわたしは泣いたよ。

 でも裕くんは泣いてない。


 何か悲しいことがあったのは間違いない。


 それをわからないわたしが辛い。

 それを教えてくれない裕くんに辛い。


 ただただ悲しい。



「でも…あんな青い青い顔…初めて見た…」



 あんなの、お父さんが亡くなった時も、おばさんにめちゃくちゃ怒られた時もしなかった。

 それにあの小学校のコンクールの時だって。



「…何が、あったんだろう…あのフューチャーは…違うの…?」



 わたし達の未来のことじゃないの…?


 ……。


 でもいい。弱虫のわたしはもういない。


 あのペーパーナイフで八つ裂きにしたの。


 願うだけじゃ叶わないから。


 時には強引なことも必要だって。


 皮肉にもあいつが教えてくれた。


 だからわたしはわたしのデザインを今始める。



「そう…まずは知る。わたし、裕くんの近くにずっといたのに知らなかった。知らない顔があった…知らない顔をしていた。知らない距離だった。知らない態度だった。そしてわたしの知らない言葉だった」



 でも大丈夫。


 裕くんが昔教えてくれた。


 いかなる創造活動も、はじめは破壊活動だってね。


 これは…ピカソだったかな。


 ぐちゃぐちゃにして一度ならすって。グシャグシャに壊してから組み立てるって。


 だからわたしは今までを壊す。


 そして組み立てる。


 二人の生涯設計を。



 これはわたしの人生。


 裕くんの隣にいる未来。


 わたしの未来。


 未来はわたしが選ぶ。


 選ばれるのをもう待たない。



 清楚可憐、純粋無垢にデザインした過去のわたしはペシャンコにしてシュレッダー。


 脳とハートと身体を使って、全身全部ぶち抜く。


 そんなわたしのバトルを今始めるのだ。



 そうして、他でもないわたしの手で染め上げ………………あ?


 そうだ……そうだよ! 裕くんを、ああ、そうだ……そういう風にデザインすれば良いんだよ!


 対象を見えるようにではなく、思うように描く。


 これも誰かの名言だったね。


 裕くん良いなって言ってたしね。


 だから……良いよね?


 良いんだよね。





 わたしは帰りに裕くんの家に寄った。



「こんにちは、明日香さん」


「あら、華ちゃんいらっしゃ…どうしたの? 何かあった? 目元が…裕介ね。何があったの? 何かされたの?」



 柏木明日香さん。裕くんのお母さんだ。わたしのお養母さんになる人でもある。


 それに、昔からわたしの思いを知っている人でもある。


 少し明るく染めたショートカットで少しふっくらとしたスタイル。明るい性格の明日香さん。


 体型は違うけど、裕くんはお母さん似だ。



 すごく心配そうにわたしの顔を覗いてくる明日香さんに、少し頬に熱が灯る。


 裕くんはこの頃お母さんのことを愚痴っていた。過干渉がキツい。最近はあんまり会話してない、そう言っていた。


 こんなに心配させてるのに! もう!


 でも、こんな時は言っちゃダメだよね。



「いえ…何でもないんです…」


「なわけないじゃない。今から病院行くから。ガツンと言ってあげるから」



 ガツンと…? 最近は諦めたみたいだって言ってたけど…でも骨折したらそうも言っていられないよね。


 お母さんも裕くん大好きだし。



「あ、や、本当に違うんです! …ちょっとお部屋にお邪魔したくて…ダメですか?」


「構わないけど…そうだ。多分本棚にアルバムあるはずだからとって来てくれないかしら? わたし入院用の支度してるから離せなくて」



「………アルバムですか?」


「卒業アルバム。小学校のね。何か暇だから欲しいんだってさ。わざわざ病院からかけてきたから何ごとかと思ったわ」



 ……おかしい。アルバムはわたしが一緒に見ようって言っても見てくれなかった。それにわざわざ病院から? お母さんに? あのスマホ弱者の裕くんが?



「小説でもスケッチブックでもなく…アルバム…」


「そうなの。変わって…華ちゃん何か裕介変わってなかった? 変…うん、変なの。なんだか急に大人になったみたいで」



「…大人…大人? ちょ、ちょっとお部屋行ってきます!」



 何か、おかしい。


 これは、慎重に観察しないと。



「裕くん、隠し事はいけないと思うんだ、わたし!」



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