僕の過去。@柏木裕介

 僕は柏木裕介、17歳だ。


 可愛い彼女とよくできた親友がいる。


 彼女はいわゆる幼馴染の女の子で、学区内を騒然とさせた美少女。彼女になってからはもう二年の月日が経つ。いつも相変わらずの優しさで僕を包んでくれている。


 親友はこれまた幼馴染の男の子で、こちらも学内を賑わせるイケメン。姿形を少しも鼻にかける様子はなく、義理堅く、友情に熱い。いつも僕を助けてくれる。


 そう思っていた。


 思っていたんだ。





 きっかけは些細なことだった。


 その頃の彼女は星が好きだった。


 よく二人でベランダから見ていた。


 どこか遠くに行きたいとも言っていた。


 決まってそんな時は、遠い目をしていた。


 彼女の家のベランダとは庭があって距離があるから、無言で眺めていた。


 そんな彼女を思って、星の綺麗な場所を探した。でも住んでいる街からどこも遠かった。そんな中、天体観測が出来る宿泊施設を見つけた。


 高校二年生にもなって、キスすらしていない僕らだった。幼馴染ゆえの弊害というか。


 純粋無垢な時代が足枷となってそれ以上の関係を僕に躊躇させたのだ。


 それに中学の頃は積極的だったボディタッチも、高校進学前には無くなっていた。


 恥じらいとか空気とか。そういう事を覚えたんだと思っていた。


 少しでも進展すればなんて思ってないとすれば嘘になる。


 ただそこに行くにはお金がかかる。


 うちは母子家庭だったから、親にも頼れない。それにもうすぐ18にもなろうというのに、母に頼むのも何か違う。かと言ってワリカンもどうかと思ってアルバイトを始めた。


 いつも一緒だった彼女だけど、理由を聞くわけでもなく、とてもあっさりとした頑張ってね、だった。


 そこに違和感を感じた。


 最初は、ん? くらいの違和感だった。


 ゴールデンウィークでお金を貯め、旅行の計画をし、あとは彼女に伝えて。


 そう思って登校の待ち合わせ場所に行くと、彼女と親友が話しをしていた。


 ありえない距離感で。


 僕に気づくと、埃を取ってあげてたという。


 これが二度目。


 旅行の計画を話し、予約し、夏休み楽しみだね、なんて言っていた彼女。


 今思えば、ここで引き返せば良かった。





 三度目は違和感などではなく、邪心だった。


 なぜならその宿に、親友も居たからだった。


 僕はその日、星を見るはずが、地面ばかり見ていた。


 なぜならその日僕は初めて盛大に吐いたからだった。


 なぜなら二人は、クローゼットから覗く僕を知りながら、身体を重ねていたからだった。


 いやいやでもなかった。


 どうやら最近始まった関係でもないらしい。


 彼女はとても淫らだった。


 親友だった何かはオモチャをひけらかす子供みたいだった。


 そして散々僕を罵倒しながら、彼らは情事を続けていた。


 僕が強く出る性格でないことを、幼馴染だった何か達は見抜いていたのだ。


 帰りは、途中下車を繰り返しながら、一人寂しく帰った。





 でも、あの表情。


 あの淫らさの奥にあった悲しそうな色。


 鎖みたいな鈍色だった。


 僕が都合の良いように見せていたのかもしれないが、彼女を縛る鎖に見えた。


 彼女はもしかしたら脅されているのかもしれない。


 だから言った。もし、脅されているなら教えてほしいと。


 彼女は少しも躊躇うことなく、そんなわけないと言った。


 でも彼女の瞳は、相変わらずの鈍色だった。


 僕は殺したいと思った。


 頼りない僕自身を。


 頼られていない自分自身を。


 そんな僕を殺したいと思った。


 初めて生まれた感情だった。





 男曰く、関係は中学三年生の冬休みからだと言う。


 そして行事ごとやイベントごと。


 様々な場所で性的なイタズラをして楽しんでいたと言う。


 確かに今思えばおかしい点はあった。けどその時はわからなかった。


 それが僕の限界で、彼女のことなどちゃんと見てなかったのだろう。


 画家なんかなれるわけなかった。


 

 男はそのまま続けて調教だと自慢げに言った。


 そして昔から僕を目の敵にしていたそうだ。


 なんだよ、それ。


 それならそう言えばいいじゃないか。


 帰ってきた返事は、だってそんなの面白くないだろ? だった。


 僕はその瞬間また吐き出した。


 男はその様子を見て、笑い転げていた。


 僕は何も言わず立ち去った。


 そこにはゲロと涙と悪魔みたいな男の姿だけがあった。





 彼女曰く、中学三年の冬休み直前にキスをしたと言う。僕が煮え切らないのが悪いなんて言い出した。


 ならなぜ告白を受けたのか。


 そして僕は僕のことを聞いた。


 まだ好いてくれているなら。


 何か事情があるのなら。


 そんな思いで、彼女に聞いた。


 でも少し間をおいたが、彼女ははっきりと言いきった。


 そんなに好きじゃなかったと。


 あの男に頼まれたからだと。


 時にはあの男が頼んで来るからと僕のデートの最中に抜け出して致していたらしい。


 二人で遊んでいた公園に始まって、二人で出かけた場所は全て回ったという。


 その他様々な不満点をぶちまけられた。


 僕は盛大に吐いた。


 彼女はそれにも構わず喋り続けた。


 僕が感じた悲しみの鈍色は、やはり僕自身の願望だったのだろうか。


 本当は、とっくの昔に振られていたんだろうか。いや、付き合ってすらなかったんだろう。


 そう思いたい。


 なぜなら彼女の話す過去からの引用が、暖かい思い出が、僕の知るものと少しずつズレていたからだった。


 同じように思い出を積み上げていたはずなのに、致命的に違っていた。


 その事実に、僕の心が軋むのがわかる。


 多分あいつとの思い出だったんだろう。


 僕は吐いた。


 見上げた彼女は、笑いながら、何故か泣きながら喋り続けていた。


 その涙を拭ってあげたいと、止めてあげたいと思った。


 でも、今までを見抜けなかった僕みたいな間抜けには、どんな感情がその涙を流させているのかわからない。


 結局、頼りない僕に、頼られない僕に、自分自身で落胆した。


 僕は何も言わず立ち去った。


 小さく呟くごめん。


 それだけが聞こえて。


 その幻聴だけが聞こえて。


 その事実に、心がばきりと折れたのだ。

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