僕に我慢は効かない。@柏木裕介
金木犀の近くまで来たと思う。
来たが、見えないのだ。
なぜなら僕は画材を小脇に抱え、両手で顔を覆っていたからだ。
なぜなら森田ドライバーに青春引き回しの刑に処されたからだ。
「しくしく…」
タイムリープ君。
これ……強制イベかい?
だとしたら大したものだ。
我が社に大ダメージだ。
青春恥ずかしいよぉ。
大人だって恥ずかしいものは恥ずかしいんだよぉ。
大人になったらわかるんだよぉ。大人だからって何でもいけるってわけじゃないんだよぉ。寧ろ客観視できる分タチ悪いんだよぉ。
もうパワハラしないからさぁ…もうやめてくれよぉ…僕が悪かったからさぁ…懲役素直に受けるからさぁ…
内臓痒いよぉ。
「あんまり照れるとこっちまで照れるんだよ?」
泣いてんだよ! 恥ずかしくて!
青春ツラいよぉ。しくしく…
◆
なるほど。イケメンだ。
気を取り直し、改めて金木犀を見上げる。と言っても車椅子だからこその視点だが。
丁寧に職人の手が入ってる。
季節でもなかろうに。
グルリと周ってもらったが、遠景でも近くでも、いい面してる。
桜梅桃李…今の花も香もない推しウッドくんには似合わないかもしれないが、そう感じる。
「どう? 遠くと近く、どこで描く?」
「んー、今は子供の目線くらいだから…こんなに近寄ると描きにく…いや、それもいいか」
「…ふふ、やっぱり。じゃあここ、良くない?」
「…だな」
車椅子に座る僕は、小学生の目線になる。
確かに。僕の好きな配置で構図だ。真ん中より右にはみ出す金木犀。奥にブランコ。
実際はブランコの方が大きくてもここなら自然と対比する。
絵のタッチって特徴的だからな…今僕ょぇーし。なら写実はやめよか。だいぶん崩そう。
そうだな…
柏木裕介15歳。まだまだ成長途中で、感情的には天井知らず。俺すげー感で包まれ、世を知らず海を知らず、ただただケツの青いクソガキ。この後地獄が待ってるなんて、つゆ知らずに踊り踊り踊り続ける間抜けなピエロ。
そいつがこの推しウッドを見た。
………
お前の全てを暴くぜ…?
いや、ちゃう。
僕はそんなじゃない。そんなじゃなかったはずだ。
でも描いてる時は脳汁出てただろうしな…
この時代にあったのはやる気と体力と集中力だけだった。この今の大人の価値観…お金の動かないことに、どれだけの力を発揮できるのか。
未来じゃ最短ルートばっか気にしてたしな…力を出し切らないことに全力を注いで…
いかんいかん。仕事じゃないんだ。
「まあ、ここで描いてみるよ」
「はーい。到着〜っと。この向きでいいよね」
「ああ」
まあ、適当に描いて見ようか。
適当。つまり、適切に事に当たる、だ。いやなんか違うな。
10代でドロンしたから、紙の選び方、鉛筆、消しゴムの使い方、そして描き方の基本テクニックぐらいしか正直覚えてない。
だから気楽だ気楽。せっかく小学生くらいの目線なんだ。
作り、遊び、壊す。
あの毎日を思い出すかのように、楽しんで描こう。
柏木裕介15才と30才は捨てるんだ。
金木犀か…描いたことないな。
花も香りも無いから、イマジンするか。
……
お前の全てを晒してやるぜ…!
この真っ白いスケブになぁ!
タイムリープ覚悟しろや!
10才くらいに勝手に戻ってやる!
このダボが!
「あ、私ちょっと飲み物買ってくるねってもう聞いてないし……ふふ」
◆
「寒っ…」
ある程度描けた。こういう時間は久しぶりだ。なんだか長い休暇に出掛けてるみたいだ。
ストレス発散に、良いかもな。
……急に仕事が気になってくるな。
確か…次の案件は…女優、伽耶まどかの美顔グッズだったか。あっちは一体どーなってんのか…というか、僕はいるのだろうか?
しかし、手、意外と動くな…いや、未来で退化していただけで、この時の僕の積み上げたものか。
「自転車か…ほんとかな」
あの先生の言う、ある一定のラインまで描けていたとするならば。未来では趣味にしても良いかもしれない。
絵を描くのに最低二、三時間はとりあえず欲しい。そんな時間は…作ろうと思えば作れるな。
彼女とか趣味とかないしな。
しかし、描くの、やっぱ嫌いじゃない。
けどさみぃ。
これ以上は無理無理。
大人になると寒さ暑さに過敏になる。
冬も夏も嫌いだ。
「これもトラウマかね…」
いや、トラウマではない。寒いのと暑いのが嫌いなだけだ。
おじさんに我慢は効かないのだ。
おじさんか…たまに見るアニメのまあまあおじさん役が、自分より歳下だと結構くるよね。
「タイムリープして、初めて感謝したな」
というかアニメとか漫画っておじさんに描き過ぎだろ。誇張がデフォルトだとしても、30なんてまだピチピチだぞ。永遠のお兄さんだぞ。
いや、この思考こそがおじさんなのだ。そしておじさんは人の青春は遠く遠巻きに眺めたいものなのだ。
当事者はキツいってぇ。
新卒の子と飲みに行くのもまあまあ緊張するのに。それおじさんか。全然お兄さんじゃないな。
丁度いい上司、それなりの上司。そうやって自分をデザインしてきた。28辺りからか…着せられてた感のスーツもいつの間にか馴染んでたな…
「15年か…」
15歳の僕をデザイン…出来るかな…
いや…いいか。
この頬を刺す冬の冷たさが、全てまるっと包んで何とかしてくれるだろう。
なんだかよくわからないけど、白く吐く息がそんな気にさせてくれる。
「というか、森田さんどこ行った」
いつの間にか消えてたな。帰ったのかな? まあ、大丈夫だろう。なら帰ろう……って車輪冷た!
寒いのは毒だってぇ。ひぇぇ。さむさむ。
◆
「ん?」
何か…言い合い…してる? 公園のトイレの方から聞こえてくる。
耳をすませば…森田さんと…華…?
二人は知り合いなのか…?
あ…もしかして…あいつを巡ってとか…? だとしたら合点がいく。
多分そうなんじゃないかと思ってたんだ。
あの幼馴染ズに紐付く関係は、丸ごと無理矢理忘れたのだ。
森田さんを忘れてるのも無理はない。
「あったかコーヒー欲しい」
戻ろ戻ろ。さむさむ。
キィコキィコと鳴る車椅子の軋む音。
冷たく不気味で、嫌な音だ。
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