推しウッド。@柏木裕介

「こんにちは、柏木くん。時期じゃないけど、あの木は金木犀だよ」


「よ。そうなんだ」



 声の主は森田さんだった。いつもより全然早い時間だ。テストじゃあるま……また嫌な現実に気づいてしまった。


 過去嫌い。


 森田さん曰く、うちの学校は前回の期末テストから何割か引いた点数になるらしい。


 受けないでいいならまだましか。


 というか担任からのプリント全然見てなかったな。



「ところで…寂しそうって?」


「ああ、何か他の木から随分と遠いなって」



 金木犀は近くのブランコとか遊具より少し小さいくらいのサイズ。そして随分と周りから離されている。



「ああ、それは成長が早いからだよ。多分もっと大きくなるはずだったんじゃないかな?」


「ああ、なるほど…」



 周りの木々の大きさに比べて確かに小さすぎる。しかも遠い。まるで親とはぐれた子供みたいだ。



「にしても、あんな長玉にしなくていいのにね」


「長玉?」



「長玉作り。細長く整えるの。ああいう刈り方なんだ。のっぽりした感じの」

 

「詳しいな」



 のっぽりか…いや、それめっちゃ高いって意味じゃなかったか? 響き的には何となく似合うけど。

 僕にはキノコな山とたけのこな里をくっつけたように見えるけど。

 


「そりゃね。この病院長くてさ。ずっと見てきたから。彼のこと」


「あんだって?」



 さっきは聞き違いかと思って流してしまったが…何、擬人化? 彼氏なの? 紹介されても困るんだけど。


 確かに公園に生えてるからお金のかからない公園デートには最適彼氏くんだけど。


 でも散髪代えぐそう。



「ああ、違うよ。金木犀ってオスしかいないんだ〜。だから、彼」


「そうなんか。そう言われたらポツンと孤高を貫く一匹狼に見えてきた」



 なんか月とか夜空とか似合う気になってくるな。寂しい側に気取って見える。


 あのキノコたけのこの木。



「でしょでしょ! 花言葉は……気高い人、だよ。そう見えない? 興味湧いた? ね? ね?」


「お、おお…? う、うん…まあ…かなぁ…?」



 森田さんの金木犀推しが熱いな…言われてみれば、確かに周囲を寄せ付けない凛とした佇まいが気高く見えてくる不思議。


 キノコたけのこの木って雑に言ってすんません。



「わー嬉しいなー。あの子寂しがり屋だし、友達になってあげてね!」


「…お、お? うん…うん?」



 君は木の精か何かなのか? こんなメルヘンな子なんて知らないぞ。でも何か自然に話せるんだよな…



「あ、そうだ、写生しない? 柏木くんの私見たい」


「あー、それもいいかも。病室にずっといると滅入る」



 美術部員なのは知ってるのか…まあ、華の幼馴染、イケてないほうのメンズ、略してイケメン(笑)とは僕のことだ。


 まあ知ってるか。


 母の持ち込んだ荷物の中に、スケブと鉛筆ケースはあった。


 この鉛筆ケースは今でも、いや未来でも使っている。シャーペンなんか苦手なんだよ。


 部下にたまに突っ込まれてしまう。


 これには2H〜8Bまでの深緑色の鉛筆が入っている。


 コンクールに落ちた時、買ってもらったやつだ。


 今思えば、他の鉛筆ブランドよりまあまあ高いし、母に申し訳なく思うな。


 まあ、あるんだし、使ってなんぼ、だろう。


 昨日の夜、病室でなんか無心でカッター使って尖らせていた。それはもう全部ピンピンに尖らせた。


 何にも考えたくなかったとも言う。


 くそタイムリープを、鉛筆五本くらい握って刺したかったとも言う。


 持ってきてなんて頼んでなかったけど、せっかく母が気を利かせてくれたんだし。


とりあえず現実逃避…もとい、気分転換に写生でもしますか。


 車椅子貸してもらえないか聞こう。


 勉強? 知らん知らん。

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