翌る日。@柏木裕介

 僕は病院に来ていた。


 医者曰く、負傷部位につながる筋力、関節の可動域の安定がリハビリのコツなのだそうな。


 そんなもんかと納得し、今までリハビリに励んできた。


 自己判断でリハビリ計画を変更しないこと、そう強く言われた。また折れちゃうからね、とも言われた。


 一見関係のない箇所に見えて、実は繋がっている、なんてことは解剖学、アナトミーの本を見ればわかる。いや、ちょっと無理。グロい。


 そして、ケガの中でも本人の心身のダメージが多いのが「骨折」だそうだ。


 森田さんの言うとおりだった。


 しっかりリハビリを行うことで元の健康な生活や歩行に近づけることが可能になると言われた。


 昔はギブスが取れてからリハビリを始めるのが一般的だったそうだが、今は負傷後数日、もしくは処置をした後からが最適らしい。


 今も昔も未来すら、骨折なんてした事ないからなぁ…



「つまり焦らず、医師や理学療法士・作業療法士と連携しながらリハビリを行うことが大切なんだよ…激しい運動はしてないよね?」


「う、あ、は、はい…」



 激しい運動と聞いて、まさかすぐにあんなことを思い出すとは思わなかった…思春期か…いやこれが思春期なのか。


 そういえば年頃のそんな話題なんて僕はした事なかったな…凄く微妙な気持ちになるなこれ…



「焦っては元も子もないよ。経過は順調なんだから。大丈夫、受験には間に合うよ」


「…はい…」



 違うんすよ…いろいろあったんすよ…


 ほんますんません…





「どうだった?」


「一応無事。包帯がずれただけだった。次で一応ギプスは最後みたい」


「なんかグズグズだったもんね。いったい何があったのかなー?」


「な、なんもねーよ」


「えー怪しー」



 付き添いについて来てくれたのは、森田さんだった。


 華はあれから寝ていた。


 なんでなのかはわからないが、白目だった。


 ぐっすり寝てるし、起こすのもなと思い、書き置きを残して、一人で病院に向かった。


 今日はリハビリデーだった。


 その途中で森田さんに出会った。


 それから二人で病院に向かい、診察を受け、包帯を巻き直してもらった。見るも無惨な状態だったのは、致し方ない。


 その理由は…よそう。





 その帰り道、森田さんが聞いてくる。



「僕の昔…?」


「うん。そうだなー…10歳までのこと。大体のことは三好くんに聞いたけど、柏木くんにちょっと聞きたくて」


「いいけど、あんまり覚えてないんだよ」


「覚えてない…?」


「ああ、父さんの記憶も…実は曖昧で」


「…お父様、亡くなってるもんね…」


「ただ…最近見た昔の夢でおかしなことがあった。信じてもらえるか分かんないけど」


「信じるよ。何でも教えて?」


「そっか。まぁ一つ一つは言葉にしづらいんだけど…現実のような現実じゃないような…デジャヴみたいな…赤と紫みたいな…そんな二種類の夢。といってももう終わったことだし、考えたところで仕方ないんだけど」


「そう……ところでさぁ、越後屋さんなんだけど、昔はどうだった?」


「越後屋…? それも最近見た夢だな。なぜかあいつ僕の後をついてきてた。ものすごく。それに愛嬌があった。でも僕にはそんな記憶は無い。願望が見せてるのか…絶対嫌だけど」



 夢の中の越後屋は、第三者目線で見ると恋に恋する女の子だった。



「嫌な記憶を忘れるのは自己防衛の一種。そんな言葉を思い出すね」


「忘れるのは、忘れたいからである。だったか…でも愛嬌良かったら普通覚えてないか?」


「……ふふ。姫に夢中だったから忘れてたんじゃない? でも、多分…ううん。さ、帰ろ? 今日は私が晩御飯作ってあげる」


「いや、あの、そのお申し出は大変ありがたいのですが、今日はちょっと…」


「なぁに? 何か見せられないとか〜? ふふ、冗談。お母様に頼まれてたの。姫が多分動けないからって。ほら合鍵。ふっふー」



 時々、母と森田さんが怖い。何か企んでないか怖い。


 気のせいだろうか。





 家に着くと、森田さんが鍵を開けてくれた。


 と思ったら、出迎えてくれた華に森田さんがアイアンクローをぶちかました。



「裕くんおかえりなさ〜い! ふぎゃ?!」


「…柏木くん、ちょっと待っててね」



 そんで、なんか玄関閉められてもた。


 森田さんの後ろだったから状況はわからないが、どうやら起きてたみたいだ。



『姫…なんてベタな格好を…そういうのは創作なの! 男の子は繊細なの!』


『そ、そうなの? だって明日香さんが…』


『はー…あの人は考えが古いの。草食男子は見せればいいってもんじゃないの。こっちからの攻撃は繊細に行うの。恥じらいとかチラリとか…ねぇ…ちょっと…聞いてる? ッ…その蕩けた顔…ああ、イライラする…このおバカ姫!』


『あにゃ?! 痛い…だって〜』


『だってじゃない! まさかと思うけど…昨日…無茶苦茶してないよね…?』


『ぅえっ?! あはは…途中から記憶ないくらい…かな…』


『…私言ったよね…? 〜〜これか! これに詰まってんの! この駄肉に!』


『か、薫ちゃんもおんなじ位でしょ!』


『私のケアは年季が違うの! 一緒にしないで!』


『同い年でしょ!』



 なんか…説教されてたと思ったらバトり出したぞ…


 そんなにダメな格好だったのか…というかどんな格好だったか気になるだろ。


 というか誰が草食男子だ。


 いや…否定できないか…僕はサバンナでは無力だ。


 すると、森田さんが玄関から顔だけ出して言う。



「柏木くん、寒いけど…ちょっとだけ待っててね。仕立ててくるから」


「お、おう…仕立て…? あ、いや待っ…て……鍵かけなくても…いいだろ…」



 というか、ここ僕の家なんだが。せめて玄関には入れてくれよ…寒いだろ。おじさんは敏感肌なんだよ。



「はぁ…さむさむ…」



 鍵はあるが…仕方ない。


 座って待つか…


 何か振り回されてばかりだな…


 これが若さか…


 昨日も振り回された結果、医者に怒られるし。この歳で怒られるとか嫌なんだが…


 でも昨日のせいか、あまり感情に起伏がない。これが本当の賢者タイムなのか…なんか懐かしいような、それでいて違うような気もするが。


 それにしても…記憶なかったのか…じゃああの時の目は…言葉は…


 そんなことを考えながら地面を見つめていたら、目の前に影が差した。



「…柏木…先輩」


「なんだ、越後屋…か?」



 そこには、越後屋ののが、今にも泣きそうな顔で立っていた。

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