凶悪な幼馴染。@柏木裕介
そんな僕の心配を他所に彼女はまるで飛び付かんばかりに身体のバネを使って近寄ってきた。
ああ、恐怖しかない。
だが折れた足を見て、ピタリと止まった。どうやら思い止まったようだ。
僕も喉に手を当て我慢に徹する。
これ以上、母に心配はかけれない。
不意じゃなけりゃあ耐えてみせる!
吐きそうな案件もいっぱい手掛けてきたのだ!
こいつはただの贋作だ!
改めて見る。
まるで清楚可憐を体現したかのような、学区一の美少女。
黒髪ロングのストレート。ぱっつん気味の前髪に大きな目。長いまつ毛と少し茶色の瞳。鼻はキリッとしていて、唇は薄く儚げ。可憐に見えてその実、誰とでも仲良くなれるコミュ力の高さに、抜群のスタイル。
そこには、僕の心を焼き尽くす前の、あの頃の君がいた。
「良かったよぉ…心配したんだよぉ…」
はぁはぁと息を荒げ、へなへなと安堵し椅子に座る、元幼馴染で元彼女。
そして裏切りの女の子。
彼女は頬の赤さも流れる汗も乱れた制服も玉のような青春に変える凄腕錬金術師。
初めて仲良くなった子がこれか…あー、過去の僕、そりゃやられるわ。
凄いの引いたな、僕氏。
もはや兵器だな、こいつ。
しかし、キッツい。結構キッツい。まだ彼女はやらかしてないだろうし、今更文句はないけど、会話するのがキツい!
「良かった…ほんと良かったよぉ…ごめんね、ごめん。付き添ってあげたかったのに…」
「そ、そう? き、き、気持ちだけで…う、嬉しいよ……」
いかんな。
どもっとる。
まるで初営業時の未来の自分だ。
付き添い…ってもしかして気絶見てたのか…
しかし…今思えば、ただの過保護だったのかもな。
兄妹みたいな。
これを僕も彼女も恋や愛だと勘違いしていたのだろう。
しかし、照れる…違うな。よくわからないムズムズとよくわからない痺れと寒気が身体中を走る。
しかも人の青春見てるみたいでキツい。なんで30のおっさんが照れムズしなきゃいけないんだよ!
しかも同時にやっぱりえずきそう!
照れムズしながらえずくとかそれなんて地獄?
てれムズえずく? 今時のバンドみたいな響きだな…いや15年前で今どきもおかしいか。
ああ、僕、今混乱してるんだな。
心構え、超大事。
彼女は、僕とは違う悲壮感漂う表情で、ポロポロと泣き出しながら言ってくる。
「…裕くんが、死んじゃったら、どうしようどうしようって、本当に、怖かった、怖かったよぉ…ぐすっ、ぐすっ…」
……ああ、彼女は優しい。優しくて美しくて、とても綺麗な女の子だった。
何とかしたくなる。その手を握りたくなってしまう。
「…華ちゃ───」
『──裕くん、みたいな、ん"、ヘタレなんて、ぁん、死んだ、ほうが、ましだよ、は、は、あ、ひゃぁん…もぅ、えっちぃ』
唐突に、遠くない未来の地獄の蓋が開き、飛び出してきた過去にぶん殴られた。
「ぅおえッ…」
「裕くん!? 大丈夫?! だっ、…裕…く、ん…?」
心配して近寄ろうとする彼女に、左手を突き出し牽制する。
君は夢の中まで僕を殺す気か。
「…ご、ごめん、華、ちゃん…今日は、帰ってくれないかな…」
「…え? え? あ、え? な、なんで…なの…?」
「ちょっと…ごめん」
やっぱ…無理だわ。気の利いた柔らかい台詞とか出てこない。拒絶しか選べない。
彼女の悲しそうな顔、二度と見たくなかったな。
僕に向ける眩しい笑顔も。
そして、あの淫らな顔も。
はよいね、は言い過ぎか。
「……わ、わかっ、わかった。すんっすん、ひっく、でも、すん、また、来るね…ひん、ぐすっ、ぐすっ、うっ、う…」
「………」
今の君には心の中で謝るよ。
ごめん。
そう、僕には多分無理なんだ。
だって心の中も掌も一瞬で冷たく硬くなってんだ。
多分握れば伝わってしまう。
嫌いだということが。
絶対に結婚出来ると思っていた幼馴染。
でもそれはただの理想で幻想で妄想でしかなかった。
彼女はただの寝取られ女。
吹っ切れたと…思ってたんだけどな。
ただシールを貼って隅に置いていただけなのかもしれない。
ほんと厄介な初恋と走馬灯だ。
「この病院何階建てだっけ」
屋上開いてるっけ。
これ、もっかい空…飛ぶしかないな。
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