寝ても覚めても。@柏木裕介
「駄目だったか…」
「何が駄目だったのよ」
母は目の前の僕と話すのが楽しいのか、すぐに対面既読がつく。ポンポン返ってくる。
まあ僕も楽しいけどさ。
年近いし。
結論を言うと、飛べなかった。
華が帰った後、病院の屋上で町を見渡した。
誰もいないし、沈む夕陽に頬を刺す風の痛さがアイキャンフライにいい感じだった。
絶好のロケーションで、格好のシチュエーションだった。
そんなイケてる夕日をバックに僕は言った。
これたけぇ。
無理無理。
2階でも失神したのに。
万が一助かるとかキツいし。
いや、アルバムを持ってきてくれる母を思うと、飛ぶ案は取れなかった。
そうだ。僕はそう思ったのだ。
そうに違いない。逃げちゃ駄目だ。いやなんか違うな。
なので尻尾を巻いて寝た。いやなんか違うな。
そして起きても未来に帰れない。やっぱりどうも現実っぽい。過去が現実ってどうなのそれ。これやり直すしかないの? 嫌すぎる。
正直なところ、華の件だけじゃないんだ。
まあ、あれだけ無様を晒してなんだと言う話だが。
よくある話だと、大人無双や知識無双や株価無双や陽キャ無双でもするんだと思うけど、正直そんなの興味ない。
それに一度プレイした人生をはみ出すなんてしたくない。
15歳の僕は社会的レベルで言うと、1みたいなもんだ。
これを30歳が100レベルだとすると、超億劫。
社会的レベルは周りの評価が必ず付随するもんだ。知識無双したとしても、それは未来で僕が頑張って手探りで勝ち得たものとは比べものにならない。自分がその時その時噛み砕いて得た血肉ではないのだ。絶対に後で虚しくなる。
タイムリープ主人公ってよく自分の人生否定出来るよな…これは価値観の違いか…後悔なんて言葉自体が存在する意味を考えろよ。
なんてのは偉そうか。
後悔塗れは僕だった。すんません。
でもだからこそ僕はあの日に帰りたい。
過去で未来に後悔す…前悔する? くそ、なんだかよくわからなくなってしまった。
でも、それか…目一杯走ってきたからのんびりするのもアリか…未来を諦めたらそうしようか。
まあ、屋上フライを躊躇した時点で心が夢から傾いてんだけどさ。
流石に自殺は嫌だしな。
あの辛い時でも自殺しなかったんだし。
母がそこそこ元気で居てくれりゃあいいか…
病室に差し込む美しい夕日、これだけは未来でも変わらない姿を見てそう思った。
そんな遠い目をした僕に母が言う。
「あんた、華ちゃんになんかしたの?」
「…何も…ちょっと吐きそうになってさ。でもそんな姿見せたくないだろ」
「…泣いてたわよ。華ちゃん、昔から脆いんだから。ちゃんと仲直りしなさいよ」
「ああ…?…うん、まあ、はい」
確かに昔の彼女は引っ込み思案で、大人しい性格だった。
だけど今は大丈夫、大丈夫。彼女は変わったのだ。今のあいつはそれはもう強い子だ。それこそ心の殺人などはお手のもの。
ソースは僕。
僕も彼女の中にある苛烈で激烈な感情なんて知らなかったから…ずっと隣にいたのにな。知らないことばかりだ。
結局のところ膝を突き合わせ、心で殴り合い、原始的な主張をぶつけ合わない限り、知り得ないのだろう。
それはもうわかってる。
でも、もしこの世界から未来に戻れないとするならば。
今世は是非ごめん被りたい。
吐くし。普通に吐くし。
綺麗な花には棘がある。
いや、華だったか、毒だったか。
どうやらその綺麗な華の毒は、時空を超えても僕を苦しめるらしい。
まあ、でも告んなきゃ良いんだし。
よゆーよゆー。
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