すごい不思議。@柏木裕介

「これ、プリント」


「ありがと、森田さん」



 今日も健診だったのか、森田さんがやってきた。課題のプリントはありがたい。


 暇が潰せる。


 暇だと連鎖的に思い出して頭ぷよぷよだ。


 いや、受験受験。受験だ。そんな暇はないのだ。暇を潰すのだ。暇を埋め尽くすのだ。


 家に赤本はあった。


 だからなんだってんだ。


 くそっ、タイムリープ許さんぞ!



「ど、どうしたの? そんなやさぐれて…」


「…いや、何でもないんだ」



 15も下の子に流石に当たれまい。


 まあ、広告を打つ際にいろいろと読み込む作業はしていたからな…商品の背景や成り立ちなど知らねば売れるものも売れない。慣れてるとはいえ受験は2月か…


 はぁ。


 溜息が未来を遠ざけるな。


 いかんいかん。


 それと、この前は咄嗟に呼び捨てにしてしまったが、確か中高と女の子はさん付けで呼んでいたと思う。


 だから森田さん。


 その森田さんは遠慮がちに聞いてきた。



「…あの…こんな事聞いていいのかわからないけど…姫と何かあった?」


「…あんだって?」



 誰のことかはわかるけど、そんな呼ばれ方してたのか。まあ、姫っちゃ姫か…



「…学校が…沈んでるんだ…暗いの」


「比喩的な…?」



 コクリと頷く森田さん。元気のない華が無造作に振りまく悲しみは、どうやら学校全体を巻き込んでいるらしい。


 これ多分僕のせいだよな…自惚れではなく、まだこの当時は好いてくれてた…というか、勘違いしていたはずだし…


 ゲロ吐きそう。


 僕氏、学校行ってたら死ぬし。これ。


 もうすぐ冬休みで良かった。


 骨折って良かった。


 アイキャンフライして良かった。


 いや、飛べないんですけど。


 未来帰りたいんですけど。



 まあ、あいつ…一つの完成されたデザインだもんな…本物っていうか。


 全然贋作じゃなかった。


 解像度違い過ぎ。


 広告に使えそう。


 ゲロるから無理だけど。



「多分誤解だ。ちょっと吐きそうになって…つい格好悪いとこ見られるの嫌だなって拒絶したって、あ…」



 そんな嘘をついたせいか、プリントを落っことしてしまった。


 森田さんは何も言わず、拾って手渡してくれた。


 まあ内心はどうあれ、吐きそうだったのは確かだしな…ん…? 森田さんは僕の方を向いたまま固まっていた。


 手に手が触れたまま。


 なんだ?



「……あ、あ、ご、ごめんなさい、何かボーっとしてた。あはは。そ、そうそう、その時…姫は?」


「?…泣いてたな…いや、最初から泣いてたな。というか泣いてない?」



 森田さんはポロリと左目から小さな涙を流していた。それは眼鏡の下から現れた。



「え? あ、な、なんか目が乾燥しててさ! 私の事はいいの! 姫ね、姫。姫泣いてたんだね。……結ばれないのにね…」


「…まあ、そうだな」



 ボソリと森田さんは呟いたが、聞こえてる。これはよく言われた台詞だ。お前とは絶対に無理だ、釣り合わない、円谷が可哀想だ、円谷を解放しろ、結ばれるはずがない、だったか。これは学校内の公然の事実みたいなもので、否定すれば全校生徒を敵に回す。


 何せ学内ほぼファンクラブみたいなものだしな。


 YES!華 NO!タッチ。だっけか。


 なんだそれ。


 中学では周りの圧力に僕は勝てなかった。そばにいることしか出来なかった。というか家隣だしな。


 だから彼女と付き合ったのは高校に入ってからだ。


 最も、彼女とは幼稚な付き合いでしかなく、何にもなかったが。



『───裕くんが、あん、いけないん、ん、だよ? あ、いい、そこ、こんなに、エッチな、わたしを、放っておく、から』



「ォォえッ」


「えええ!? 柏木くん?! 大丈夫!?」



 フラッシュバックか…お前! というか僕よ! これはこの身体の脳の記憶じゃないだろ!


 そうだ! どこにこの未来の記憶を保存してるってんだ!


 タイムリープものは世の中にたくさんある。けど、どうもその手のは苦手だった。


 その違和感の正体はこれか!


 脳だけが…入れ替わってんのか…?


 いや待て……違和感も何も過去に戻ってる時点で! 同じことか…って何言ってんだ僕は。


 すごい不思議、つまりSFだ。


 はー…なんか苦手なんだよな…デザインソースとしてならアリなんだが…


 どうせならそういうの好きなやつに降り掛かればよかったのに。


 あ、記憶ないとまた同じ目に合うのか。


 あざます! 神様!


 感謝するから未来に戻して!


 カニカマあげるから!



「な、何で急にお祈り…? えずきながらお祈り…? ほ、ほんと大丈夫?」


「ああ、もう大丈夫、ほんと大丈夫だから。拭いてくれてありがと。ちょっと…寝るよ」



「…ま、また来るね。でも…一回診てもらおうよ、ね?」



 多分今青い顔してるだろうし、この子にも心配をかけたくない。だから布団を頭から被り、足を注意しながら背中を向け、無言で意志を伝える。


 僕は正気で、平気だ。


 平気じゃなかったら…死ぬ。



「そういえば…森田…さんって、どこ小? 梅小?」



 同じ小学校じゃなかったんだよな、この子。小学校のアルバムには載ってなかった。


 僕の中学はうちの北里小学校全員と隣の梅園小学校の半数がそのまま上がってくる。


 後は転校生とかの一部だったはず。


 少し待つが、返事がなかった。


 どうやら帰ったみたいだ。


 それにしても、あまりにも違和感なく話すから何も思わなかったけど、この子はいったいどこの子なのだろうか。


 少しも思い出せない。

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