暗く綻ぶ華。@柏木裕介

 自宅に戻ってこれた。


 なんだかわからないが、どうも回復が早かった、というわけではないらしい。


 病院が近いからと、暗に退院を促してきたのだ。病床には限りがある、どうもそういう事らしい。


 そういうもんかと納得し、流された。


 何せ、怪我などしたことはないのだ。


 それにずっと同じ病室は飽きる。まだ家の方がマシだ。マシかな? いやピザを食うのだ。


 あの日、タイムリープしてきた日は夕方だった。姿形に気を取られ、太陽に吠えるように叫び、飛び降り気絶。そのまま救急車で病院へゴーだったから部屋の造形なんてあまり見ていなかった。



「おー、やっぱ懐いな」


「馬鹿言ってないで、横になってなさい。お茶は?」



「ありがとう。要らない。でもありがとう」



「ほんとどうしたの…まあいいわ。私は昼から仕事戻るからね。後で先生と華ちゃん来るから」


「ああ、うん…あ、ボウルかタライかバケツちょうだい。どこにあったっけ?」



「あんたイタズラ過ぎでしょ。何歳よ、まったく」


「一般家庭で頭に落とすやつがいるか。というか、母さんに言われたくない」



 それに母よ、それは伝説のバラエティーで予算がエグいやつだ。



「てへ」


「やめろやめろ」



 インハイ高めやめろ。


 



 今日の終業式には出席出来なかったが、担任の先生は来てくれた。


 その男の先生は覚えていた。


 少し白髪混じりの谷川先生。確か数学の先生だった。


 大層心配してくれていたが、どうも何か違うことを探ろう探ろうとしてきていた。多分学校のことだろうが無駄である。


 だって未来人でこの頃の記憶ないし、骨折で学校知らないし、それにスマホないから全く情報がないし。


 骨折を考慮して、玄関で話すこと20分。


 何か…何かを諦めたような顔して帰っていく……上手く営業出来なかった営業さん、といった感じの疲れた背中だった。哀愁漂ってる。ついポンとしたくなるが、この年齢差はドツいたように感じられるかもしれない。やめよう。



「あ、先生。終わりました?」


「ッ、ああ、円谷さん。終わったよ。まだ柏木くんは安静にしておかないといけないから。ほどほどに…ね。柏木君、お大事に…さようなら」


「はぁい。さよぅなら〜」


「…さよなら。華ちゃん…いらっしゃい」



 そして、入れ替わりで爆弾娘がやってきた。


 フワリとした白の膝丈スカートに、濃いグレーの緩いスウェットを合わせ、そこにはトゥギャザーフォーエバーと不吉な英字が踊ってた。長い黒髪は高めのポニーテールでまとめている。


 彼女は僕の土手っ腹を撃ち抜く死神だ。フリッカーなら累積ダメージでトイレまで駆け込む猶予あるのに…この子即落ちリバーブローなんだもん…コワ〜。



「…裕くん、いらっしゃっちゃった…えへへ。あんまり大丈夫って聞くのもあれだから聞かないけど、わたし心配してるから!」


「あ、うん…そうね」



 なんかそのあざとい感じやめてほしい。どストライクでキツい。


 そうか…僕の好みはここから始まってたのか…知りたくねー。


 一応胃薬服用してるから大丈夫だと思うけど…ゆっくりと部屋に戻るが、歩く振動が胃を揺する。



「ゆ、裕くん…? だ、大丈夫? いつもみたいに膝枕しよっか…? 好き…だよね? わたしも……えへへ…安心したいし…?」


「……今は…いいかな…」



 なかなか良い角度で脇腹エグってくるな…こいつ。

 いや、この後に控える鬱(笑)イベントを考えると、仲良く…しておくべきか…うーむ。


 というか、いつその同時告白とやらはやるんだろうか。良い顔してたあいつはどうする気なのだろうか。


 スマホないんだが。



「…あ、それと裕くん、何かして欲しいこと……ない? 遠慮なく言ってね!」


「…あ、ああ。うん。ありがとう。というか、僕は平気だからせっかくの冬休みなんだし、遊びに行ってきたら? 寝てるだけだし。打ち上げとか」



 今更スマホ要らないしな…そうか、華が連絡係なのか。そりゃそうか。 



「…やだ。どーせ遊びに行っても絶対裕くん心配して上の空になる。だからいや。冬休みはずっといるもん」



 俯き拒否する華。目元見えないからこの子マジ死神。それ、多分母性とか依存とかだよ。



「確か…翔太とか誘われ、うぶっ、はー、はー、てた、だろ?」


「裕くん?! 顔真っ青だよ?! 全然大丈夫じゃないよ! 一人に出来ない! 何か…あいつのこと知ってるの…?」



「…はは、見てたらわかるよ…うぶっ」



 こいつの前で名前出すとかうっかりしてた。


 しかし、あいつ呼ばわりか。結構わかりやすいヒント、あったんだな。


 ほんとに僕ってやつは。


 しかし、プレゼンとか営業で強メンタルだったのに無様だな。えずきと寒気が止まらない。


 早いうちに胃に穴開きそう。


 また病院か。


 それも良いかもな。


 あ、森田さんに香水借りてたんだ。気休めでも使おう。



「…ねぇ、裕くん。こんなこと聞くの…聞きたくないけど…わたしって……迷惑…なのかな…?」



『───は、華ッ! 僕の気持ちは! め、迷惑だったのか!?』


『───当たり…前だよ。気づかなかったの…? 翔太が言うから仕方なく、だよ?』



 …ほんとポンポン思い出すな。



「……いや…その…ごめん」


「…わ、わたし何かした…? ちゃんと言ってくれなきゃ、わかん、ないよ…」



 ですよね。


 まだ何にもしてないだろうに。


 罪悪感で胸が痛い。


 思い出して胃が痛い。


 いや、病室で思い出したけど、飛び降りた日だ。


 あの日に初めて翔太とキスをしていたはずだ。


 覚えてるとか僕も大概気持ち悪いな。


 覚えてるとかあいつも大概だがな。


 まあ、カレカノじゃないんだし、好きにすれば良いけどさ。こうやって家に来ることを止めたり拒絶したりも考えたけど、母の病気が先決だ。


 それに僕がこの町を出て行くことには変わらないんだ。


 一応ポリープが取れたとはいえ、またポンポン出てくるかわからない。


 もしかしたら運命は変えられず、お隣にお世話になるかもしれない。未来…では葬式の時は実際いろいろとお世話になった。だから拒絶はしにくい。


 その時、僕は22歳だったか。華のおじさんもおばさんも裏切りがあったからか、それとも何も聞いてないのか、華のことは特に何も言わなかった。


 華も実家を出ていたのか、いなかった。


 そういえば…何故かやたら伽耶まどかのポスターがあったな…?


 ていうか脳よ! 何回でも言うがなんで覚えてんだよ! 心に記憶でもしてんのか!


 あ、やば。



「ぅげぇェぇッ!!」


「裕くん?! どうしようどうしよう! そうだお風呂! タオル! 待ってて!」



「ま、待て、待って華ちゃん、華ちゃん、華ッ!」


「ゆ、裕くん…な、何?」



 なん、その焦りと照れ混じり態度…きもい。じゃない。



「正直に、言う、今の、僕は、今、普通じゃない、正気、じゃない、華を、見ると、駄目、なんだ、だから、冬休みは、そっと、して、欲しい、折り合い、つけるか、ら、がん、ばる、から、翔太と──」



 仲良くやれよ…あれ、これ…意識が…落ちる…


 本当なんなんだよ…


 もっかい飛び降りよかな…未来に、あの未来に帰り、たい…


 タライでも…頭に落としたら…戻んないかなぁ…ガビーンって…ンガクックって…感じ…で…ないか…


 意識が落ちる瞬間、華に抱き抱えられた。


 トゥギャザーフォーエバーは僕のピザに濡れてしまった。


 そして華は何かをボソリと呟いた。



「裕くん…やっぱり…そうなんだね」



 そして…なぜか華が…夜に花が綻ぶように、暗く笑っている気がした。

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