暗く綻ぶ華。@柏木裕介
自宅に戻ってこれた。
なんだかわからないが、どうも回復が早かった、というわけではないらしい。
病院が近いからと、暗に退院を促してきたのだ。病床には限りがある、どうもそういう事らしい。
そういうもんかと納得し、流された。
何せ、怪我などしたことはないのだ。
それにずっと同じ病室は飽きる。まだ家の方がマシだ。マシかな? いやピザを食うのだ。
あの日、タイムリープしてきた日は夕方だった。姿形に気を取られ、太陽に吠えるように叫び、飛び降り気絶。そのまま救急車で病院へゴーだったから部屋の造形なんてあまり見ていなかった。
「おー、やっぱ懐いな」
「馬鹿言ってないで、横になってなさい。お茶は?」
「ありがとう。要らない。でもありがとう」
「ほんとどうしたの…まあいいわ。私は昼から仕事戻るからね。後で先生と華ちゃん来るから」
「ああ、うん…あ、ボウルかタライかバケツちょうだい。どこにあったっけ?」
「あんたイタズラ過ぎでしょ。何歳よ、まったく」
「一般家庭で頭に落とすやつがいるか。というか、母さんに言われたくない」
それに母よ、それは伝説のバラエティーで予算がエグいやつだ。
「てへ」
「やめろやめろ」
インハイ高めやめろ。
◆
今日の終業式には出席出来なかったが、担任の先生は来てくれた。
その男の先生は覚えていた。
少し白髪混じりの谷川先生。確か数学の先生だった。
大層心配してくれていたが、どうも何か違うことを探ろう探ろうとしてきていた。多分学校のことだろうが無駄である。
だって未来人でこの頃の記憶ないし、骨折で学校知らないし、それにスマホないから全く情報がないし。
骨折を考慮して、玄関で話すこと20分。
何か…何かを諦めたような顔して帰っていく……上手く営業出来なかった営業さん、といった感じの疲れた背中だった。哀愁漂ってる。ついポンとしたくなるが、この年齢差はドツいたように感じられるかもしれない。やめよう。
「あ、先生。終わりました?」
「ッ、ああ、円谷さん。終わったよ。まだ柏木くんは安静にしておかないといけないから。ほどほどに…ね。柏木君、お大事に…さようなら」
「はぁい。さよぅなら〜」
「…さよなら。華ちゃん…いらっしゃい」
そして、入れ替わりで爆弾娘がやってきた。
フワリとした白の膝丈スカートに、濃いグレーの緩いスウェットを合わせ、そこにはトゥギャザーフォーエバーと不吉な英字が踊ってた。長い黒髪は高めのポニーテールでまとめている。
彼女は僕の土手っ腹を撃ち抜く死神だ。フリッカーなら累積ダメージでトイレまで駆け込む猶予あるのに…この子即落ちリバーブローなんだもん…コワ〜。
「…裕くん、いらっしゃっちゃった…えへへ。あんまり大丈夫って聞くのもあれだから聞かないけど、わたし心配してるから!」
「あ、うん…そうね」
なんかそのあざとい感じやめてほしい。どストライクでキツい。
そうか…僕の好みはここから始まってたのか…知りたくねー。
一応胃薬服用してるから大丈夫だと思うけど…ゆっくりと部屋に戻るが、歩く振動が胃を揺する。
「ゆ、裕くん…? だ、大丈夫? いつもみたいに膝枕しよっか…? 好き…だよね? わたしも……えへへ…安心したいし…?」
「……今は…いいかな…」
なかなか良い角度で脇腹エグってくるな…こいつ。
いや、この後に控える鬱(笑)イベントを考えると、仲良く…しておくべきか…うーむ。
というか、いつその同時告白とやらはやるんだろうか。良い顔してたあいつはどうする気なのだろうか。
スマホないんだが。
「…あ、それと裕くん、何かして欲しいこと……ない? 遠慮なく言ってね!」
「…あ、ああ。うん。ありがとう。というか、僕は平気だからせっかくの冬休みなんだし、遊びに行ってきたら? 寝てるだけだし。打ち上げとか」
今更スマホ要らないしな…そうか、華が連絡係なのか。そりゃそうか。
「…やだ。どーせ遊びに行っても絶対裕くん心配して上の空になる。だからいや。冬休みはずっといるもん」
俯き拒否する華。目元見えないからこの子マジ死神。それ、多分母性とか依存とかだよ。
「確か…翔太とか誘われ、うぶっ、はー、はー、てた、だろ?」
「裕くん?! 顔真っ青だよ?! 全然大丈夫じゃないよ! 一人に出来ない! 何か…あいつのこと知ってるの…?」
「…はは、見てたらわかるよ…うぶっ」
こいつの前で名前出すとかうっかりしてた。
しかし、あいつ呼ばわりか。結構わかりやすいヒント、あったんだな。
ほんとに僕ってやつは。
しかし、プレゼンとか営業で強メンタルだったのに無様だな。えずきと寒気が止まらない。
早いうちに胃に穴開きそう。
また病院か。
それも良いかもな。
あ、森田さんに香水借りてたんだ。気休めでも使おう。
「…ねぇ、裕くん。こんなこと聞くの…聞きたくないけど…わたしって……迷惑…なのかな…?」
『───は、華ッ! 僕の気持ちは! め、迷惑だったのか!?』
『───当たり…前だよ。気づかなかったの…? 翔太が言うから仕方なく、だよ?』
…ほんとポンポン思い出すな。
「……いや…その…ごめん」
「…わ、わたし何かした…? ちゃんと言ってくれなきゃ、わかん、ないよ…」
ですよね。
まだ何にもしてないだろうに。
罪悪感で胸が痛い。
思い出して胃が痛い。
いや、病室で思い出したけど、飛び降りた日だ。
あの日に初めて翔太とキスをしていたはずだ。
覚えてるとか僕も大概気持ち悪いな。
覚えてるとかあいつも大概だがな。
まあ、カレカノじゃないんだし、好きにすれば良いけどさ。こうやって家に来ることを止めたり拒絶したりも考えたけど、母の病気が先決だ。
それに僕がこの町を出て行くことには変わらないんだ。
一応ポリープが取れたとはいえ、またポンポン出てくるかわからない。
もしかしたら運命は変えられず、お隣にお世話になるかもしれない。未来…では葬式の時は実際いろいろとお世話になった。だから拒絶はしにくい。
その時、僕は22歳だったか。華のおじさんもおばさんも裏切りがあったからか、それとも何も聞いてないのか、華のことは特に何も言わなかった。
華も実家を出ていたのか、いなかった。
そういえば…何故かやたら伽耶まどかのポスターがあったな…?
ていうか脳よ! 何回でも言うがなんで覚えてんだよ! 心に記憶でもしてんのか!
あ、やば。
「ぅげぇェぇッ!!」
「裕くん?! どうしようどうしよう! そうだお風呂! タオル! 待ってて!」
「ま、待て、待って華ちゃん、華ちゃん、華ッ!」
「ゆ、裕くん…な、何?」
なん、その焦りと照れ混じり態度…きもい。じゃない。
「正直に、言う、今の、僕は、今、普通じゃない、正気、じゃない、華を、見ると、駄目、なんだ、だから、冬休みは、そっと、して、欲しい、折り合い、つけるか、ら、がん、ばる、から、翔太と──」
仲良くやれよ…あれ、これ…意識が…落ちる…
本当なんなんだよ…
もっかい飛び降りよかな…未来に、あの未来に帰り、たい…
タライでも…頭に落としたら…戻んないかなぁ…ガビーンって…ンガクックって…感じ…で…ないか…
意識が落ちる瞬間、華に抱き抱えられた。
トゥギャザーフォーエバーは僕のピザに濡れてしまった。
そして華は何かをボソリと呟いた。
「裕くん…やっぱり…そうなんだね」
そして…なぜか華が…夜に花が綻ぶように、暗く笑っている気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます