僕はここから始める。@柏木裕介
「…ん……ん…トゥ…トゥギャザ──!…って暗っ! 何?! 何これ、何これ?! こわ、怖い! うぉ、う、うりゃあッッ!!」
目が覚めると、なんか目隠しされてた。
無理矢理引き剥がし投げた。
そしてどれくらい眠っていたのか、辺りは暗くなっていた。
「はぁ、はぁ、はぁ、ってなんだ、はぁ、はぁ、これ…華がやったのか…?」
目隠しはあの長いマフラーだった。
そして華はいなかった。
殺す気だったのか…?
いや、緩いし口元開いてたし首絞まってないし…ないか。
それにいたずらと言えば母だ。
しかしいたずらが過激だな…普通グレるんじゃないか…これ。長いものに顔ぐるぐる巻かれると流石に怖いよ。
僕はベッドに寝かされていた。枕元に松葉杖があり、その先っちょにはタオルがぐるぐると雑に巻かれている。
これは母ではない。華だ。そういうところ、大雑把のくせに細かいよな…仕上げが大雑把だけど…というかゴム先なんだから逆に滑るんじゃ…ははは、そういうところが…いや、よそう。
それにしても…目隠しか…
その発想はなかった。
確かに視界に入れなければ吐く確率が減る。格段に減る。嘘告白ドッキリでしたジャンジャンまではなんとか耐性を…って何を後ろ向きな。
自分のことで、自分のためだろ。
思い出せ。思い出すんだ。社会人時代を。
袖にされても諦めなかった営業時代を。
「ってなんか…人の為とか会社の為なら迷わず頑張れるんだがな……自分の為か…」
そういう意味でタイムリープは発動したのかもな…
あの燃え尽きた日から自分の為に頑張るということがどこか抜け落ちてる。もちろんこの町を去ったのは自分の意志だし、会社も自分で決めた。
必死だったし、当時の気持ちはあんまり覚えてないが。
でもあれは、現状から逃げるための選択だったんじゃないかと問われたらそんな気がしてくる。
ゲロる、いやピザるとそんな気がしてくる。
「じゃなくて…ピザは…」
心配してくれていた幼馴染にピザを食らわせ気絶。そして誰もいないこの暗くてやらかした部屋にいると、情け無い自分に凹む。
まるで四方の壁が少しずつ迫ってくるような。
まるで天井の真ん中から少しずつ垂れ下がって落ちてくるような。
まさに凹む。
やり直しか…
はあ…結局タイムリープ主人公にはならないんじゃなくて、なれないのかもしれないな…黒い歴史を着実に積み上げてる。
いや、バランス調整か。
しかし…さっきからなんか妙に賢者感があるな…まあ吐いたし、すっきりしたんだろうが…
脳内物質的なやつがドバドバ出たんだろうか。何せトラウマにぶっ掛けたんだし。
いや、そうだ。トラウマを克服するだけだ。
でもまずは謝ろう。
やらかした相手に謝るのは慣れているんだぜ? 慣れたくなどないが。
ピザを本人にぶっ掛けたからトラウマ無くなってないか? ないか…
目がだんだんと慣れてきた。しかし…綺麗に…なってるな。というか、着替えさせられてるな。
目隠しはこれの為だったり…逆…だよな?
まあいい。
上はトレーナーが長袖シャツでボタン一段ズレに替わっていた。
下はギプスが引っかかると不味いからと母が持ってきていたワイドなパンツだった。確かに腰はゆるゆるで脱がしやすいが、それも脱がされ、ゆるゆるのハーフパンツに雑に履かされ替わっていた。下は…ピザ避けたような?
「…倒れた拍子に付いたか…流石に母さんだよな?」
気にはなるが、気にしても仕方ない。とりあえず謝ろう。何せ彼女はテロルの被害者で人命救助のナイチンゲールなのだ。
体を起こし、隣の円谷家を透けたカーテン越しに見る。
「明かりが…ついてるな。帰ったのか」
華の部屋からも、一階のリビングからも暖色の暖かい光がぼんやり漏れていた。冬の透き通った夜には、気持ちがほっこりしていいやつ。こりゃ今夜はシチューだなって感じの。
確か華の父さんは白熱球…特にエジソン球が好きな人だった。
昼白色のような自然光も良いが、夜は料理が美味しそうに見える。
うちの家、と言っても未来の家だが、場所ごとにケルビン…色を変えて配置していた。
いわゆる空間デザインだな。なんちゃってだが。特に明かりは奥が深いから少し詳しい後輩に任せて…懐いな。
そんな今更どうしようもないことを考えてたら母が入ってきた。
「肩貸すから起きて。ご飯よ」
「うん、これ…着替え…母さんが?」
「…どうでしょう? 聞きたい?」
「……あーお腹空いたー空いたわー」
それもう答えてんだろ。そうか…やっぱり華だったか…雑だし。まあ華にとっては兄妹みたいなものだし、ノーカンにしてもらおう。すまんな性悪純愛組の三好。
……まさかあいつに心の中とはいえ、謝るなんて日が来るとはな…
だからここからだ。
この部屋からだ。この部屋からこのやり直し世界、今世の僕は始まるのだ。
アイキャンフライはシール貼って片隅だ。
そしてあのエジソン球のように、時代を超えて証明するのだ。あの未来に辿り着くと。
「華ちゃんの顔、薔薇みたいに真っ赤だったわ。可愛いかったわ〜。アワアワして、あせあせして。ドジっ子みたいに走って帰っちゃった。ウブよね」
「ウブ言うな。なんかソワソワするだろ」
「照れちゃって。ハートに棘でも刺さったのかしら? なーんちゃって。今日は焼き魚よ。小骨は噛み砕きなさい。お父さんと同じで胃が弱いんだから。積むのよ」
「…そうするよ」
積むか…懐かしい響きだ。そういえば母は修練や修行は、何かしながらでするがモットーの人だった。
何言ってるかあんまりわからなかったし、集中しないと意味ないだろって思ってた。
今言ってたような話、別に骨を噛み砕いて胃が強くなる根拠など母には多分ないのだが、よく言っていた。
僕は単純にエールだと思うことにしていた。
懐いな。
でもその棘は毒だって。胃に刺さるんだって。耐毒修行を投げ出した僕には笑えないんだよ、ママン。
それとなーんちゃって言うなママン。
「それと鼻血はもう平気?」
「…? 大丈夫…平気…かな…?」
鼻下を触るが、別にカピってない。意識失った時にでもぶつけて、華が拭いてくれたってことか…余罪追加か…
それも含めて華にいろいろ謝ろう。
つーか華がドジっ子ってことはないだろ。身体能力めちゃくちゃ高いんだし。
あ、来んなって言ったっけか。
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