この世界、やっぱ嫌いだ。@柏木裕介
時刻は16時頃。
また爆睡し、暇だったので売店に向かってみた。松葉杖の使い方を身体に染み込ませるように歩いてみる。
安静にと言われたが、のらりくらりと交渉した。足首だったし。
ガチガチに固定してるしいけるだろ。
女性の看護士さん、年下で割と融通効きそうだったし、口説き倒した。
怪我らしい怪我なんてしたことなかったからこの不自由さが、少し楽しい。
夢ならもっと楽しいのに…はー…ブルーだ。
〜夢を信じて生きていけば良いさと〜
違うか…夢が今で未来も今で過去も今で夢と信じたい…何がなんだかわからなくなってしまった。
あんま適当に歌うもんじゃないな…
そんな自問自答している僕に一人の女の子が話しかけてきた。
「…あれ、柏木くん…? え?! その足どうしたの?!」
「………はは…久し、ぶり…?」
誰だっけか…歳の頃から見るに、同級生っぽい。というか、ああ、この制服、懐かしいな。母校のだ。
黒髪天パのショートボブ。太縁黒メガネの可愛い顔。
眼鏡っ子…? んー…んー? お、尾木…違う。しっくりこない。というか見覚えも…ないな。
「…昨日あったし話したよ…? え、記憶飛んでるの…? その…怪我とかで…?」
あ! その手があったか…
記憶喪失だと言えば楽だったな…駄目だ。もう母と会話してしまった。後で小学校のアルバム持ってきて貰おう。
しかし、昨日会った…?
幼馴染ズ以外で?
誰だろう…?
「ちょっと…ね。ただの骨折だよ。君は?」
ちょっとだけ暗い雰囲気を作って心の壁ありますよ風にしよう。記憶ちょっとありませんくらいの。
「君?! どうしちゃったの…? …定期検診だよ。私昔から身体弱くてって柏木くん知ってるじゃんってやっぱり記憶が…わ、私、森田、
「ああ、もちろん…?」
やっぱり覚えがない。
そしてこの子チョロい。
けど多分、いい子だな。この子。
森田…森田か…あんまり記憶がないのは、この子のせいじゃなくて、裏切られる前のことを忘れようと、なかったことにしようと、地元を飛び出したせいかもな。
しかし母が居た時も思ってたけど、この感覚は嫌だな。
一枚一枚、心のシールが剥がれていくような。
治らない瘡蓋をペリペリと引っ掻いて捲るような。
しかも自分の意思でもなく。
いや結構ツラいな。
これからボッチ街道、アリだと思う。
いや、幼馴染ズがいなきゃボッチか。
つーか、僕は一人冬眠したい。
そして未来で目覚めたい。
こうなりゃコールドスリープ一択か。
ないか、そんなの。
「そして君は柏木裕介くん! あの有名な!」
「ちょっと待て。何だって?」
有名…? 僕がどのジャンルで…? そんな記憶は本当にない。あまり言いたくないが、ごくごく普通のモブ中学生だぞ。
その劣等感から…いや、よそう。
これは僕の意志でも剥ぎたくない。
「幼馴染偏愛主義者の…柏木くん。有名だよ?」
「やめろやめろ。そんなイズムは持ってねーよ。アホか」
なんだそれ。僕そんな風に思われてたのか…。だが、それは今日をもって破棄する。
本当は10年以上前に破棄してるけど。
「アホ…? 酷い…というか…そんな言葉を柏木くんが使うなんて… いや、ほんと、大丈夫…? 昨日と真逆過ぎない? よ、良かったらまた相談乗るからね…?」
「あ、ああ。ごめん。言い過ぎた。ありがとう、森田」
顔引き攣ってんな…確かにアホはないか。女の子に。こっちじゃアホはキツく感じるんだったな。忘れてた。
つーか、もっかい寝たら戻ってないかな、未来に。
「ううん、悩んでる理由知ってる。幼馴染のことでしょ? 二人ともハイスペックだときついよね〜あははは」
「…そうだね…はははは」
ちげーよ。
未来人で困ってんだよ。
帰りたくて困ってんだよ。
タイムリープ主人公はよく過去をやり直そうと思うな…もっかい積み上げるとかメンタル強すぎて吐きそう。
けど、そんな時こそ笑とけ笑とけ。
そうそう、笑ったらだいたい元気が向こうからやって来るからな。
よく失敗した部下を慰めたもんだ。
でも例え元気が出たところでこの世界…やっぱ嫌いだ。
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