嘘だと言ってよ、バーニィ。@柏木裕介

「嘘だろ…」



 目が覚めた僕は、開口一番にそう呟いた。


 ここは小さな病院で、未来ではとっくに廃業していた実家近くの病院だ。


 窓から見える景色からわかる。


 母さんが入院してたからわかる。


 時刻は…朝だろうな。


 左足はギプスで固定され、吊られている。


 ……頭からいけば良かったか。



「それで…何が嘘なの? この馬鹿息子」


「…ご迷惑をお掛けしまして…誠に申し訳ございませんでした」



 多分夜通し付き添ってくれてたのだろう、母がいた。


 僕の家は母一人子一人の母子家庭だ。父は幼い頃に事故で死んでしまった。


 そして僕も多分事故だと、申し訳ないけど思いたい。


 でも…最後の…記憶より随分と健康的で…眠そうだ。


 すんません。仕事ありますよね。



「…ほんとどうしたの? 頭大丈夫? 打ちどころ悪かった? 素直なのも気持ち悪いんだけど。もう一回診てもらおうかしら。主に頭を」


「…返す言葉はないけどさ。多分今言っちゃいけないと思う」



 普通優しいこと言わないか?


 何せ、飛び降りたてなんだし。


 理由はまだ言っていないし、落ちたか飛んだかで違うと思うが、まだ母は聞いてこない。まあ、どっちだって完全に奇行だもんな。そりゃクドクド責めたくもなるか。


 たしかこの頃は反抗期真っ只中。母を疎ましく思っていたっけ。


 当時の僕は素直さが皆無だったから単純に心配したのだろう。


 頭を。


 しかし口悪いな。まあ母っぽいか。


 …懐かしいな。


 8年ぶり…か。



「いや、月が綺麗でさ、見惚れちゃったんだ」


「…言い訳それ? 落ちたの夕方よ? ほんとに大丈夫?」



 …あんま適当に言うもんじゃないな。


 しかし、僕自身も混乱して困惑してんだよ。許しておくれ。



「…華ちゃんの部屋、ほんとは覗こうとして落ちたんじゃないの…?」


「ねーよ」



 んなわけある…か。え、母の顔マジなんですけど…そんな風に思われてんの? もしかしてそれを確信してるからこそ聞いてこないのか。


 お宅の息子さんきっちり飛びましたぜ。


 一度目は地元から。二度目はベランダから。


 ははは。


 そしてここは未来には存在しない病院で、僕の未来も目覚めてない。


 嘘だろ。ははは。


 嘘だと言ってよ、バーニィ!


 古いか…ってちゃうちゃう、ちゃうねんちゃうねん。


 てかおいおい。まだ母氏、黙ってまだ見つめて来るんですけど…確かにお隣同士。頑張ったら覗けると思うけど…もしかして…そんなこと…してたのか僕は…?


 盲目的だったしな…


 駄目だ、覚えてないけど自信がない。


 無理矢理忘れたからいろいろ思い出しそうで怖い。


 自分が怖いよ。



「…あんたも女の子への興味を隠さなくなる年頃か…大丈夫。ママわかってる」


「やめろやめろ。ママ呼びもやめろ」



 そのわかった顔やめろや。ママって自分で言ってから少し照れてんのが腹立つな。



「でもまだやめておきなさい。ちゃんと男らしく告白してからにしなさい」


「その覗いてる前提もやめろ」



 告白したし、何だったら付き合ったよ。そして裏切られたんだって。いや、それは今はいい。今は無駄だ。でも付き合っても覗きやっちゃ駄目だろ。男らしくもないだろ。



「素直じゃないんだから。まあ、安心したわ。学校は心配しなくていいから、安静にしてなさい。もう行くから。夕方また来るわ」


「…ありがとう。あ、そうだ母さん」



「なぁに?」


「絶対検査受けて。絶対だから」



 夢か現かまだ材料が足らないとはいえ、母の死をまた体験するのは嫌だしな。


 



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