第一章 海賊の港ポルト・リガート
第6話 所持スキル "新いきいき君プラス"と"記憶量子"
広い内陣には、いつまでも人気がない。この聖母を擁する大聖堂は古く、もうほとんど打ち捨てられているのだと、二人は早々に推測した。
「ここが異世界ということは、もしかするとステータスウィンドウが見られるかもしれません」
「あ、ゲーム的なやつか」
「私はゲームはしませんが、知識として知っています」
「って言っても、この状態でどうやって見るんだろ。コマンドねえし」
その時、背後から強い光が差した。二人が振り向くと、聖母の腰に下げられた鏡から白色の光線が発され、空中にスクリーンが浮かび上がっていた。
「マ、ママ……!ママぁ…!」
「あなたのママではないと思いますが、さすが聖母様です」
聖母像に縋り付くエリヤを尻目に、高野流星はスクリーンに手を伸ばす。
“ タカノリュウセイ 女 17歳 職業 白魔道士
HP 485 MP 888 ATK 735 DIF 315
所持スキル> (レベル上限99)
交渉術 レベル82
傷害保険「ケガあんしん君プラス」 レベル58
個人年金保険「プライムライフ65」 レベル39
死亡保険「新いきいき君プラス」 レベル62
損害保険「エブリデイあんしん君」 レベル91
フリーオプション(帰宅特約)レベル99 ”
「おいこれ、ほんとに異世界で見る所持ステータスか?なんかどう見ても保険会社の広告にしか見えないんだけど」
「職業は白魔導士のようなんですが」
顔を上げて呆然とするエリヤだけでなく、高野流星自身もあっけにとられたように光のスクリーンを見渡していたが、やがてそれに小さく手を触れて頷き始めた。
"傷害保険「ケガあんしん君プラス」 物理攻撃・攻撃魔法によってもたらされた傷害を回復する。回復が不可能なときは、傷害の程度に応じたボーナス効果を味方パーティにもたらす"
「どうやら種類としては回復魔法ですね。効かない時もあるけれど、その際も不発にならないように追加効果が出るとなれば、まあ悪いスキルでは無いかと。一応、死亡時蘇生もあるようですし」
「蘇生魔術の名前が『新いきいき君プラス』なのダサすぎない?」
「どうやら私の中での『回復魔法』の認識が現れてしまったようですね。魔法は専門外なので、外部的なメカニズムで損害が補填されるというざっくりとした認識しかありませんでした」
「保険の認識も独特すぎない?」
納得顔の高野流星を前に、エリヤは心配になってきた。校内だけで言えば、彼女はトップクラスの強キャラだ。彼女の戦闘力を前にすれば、ただの帰宅部など束になっても一ひねりだ。そんな彼女の所持スキルがクソダサ名称の回復魔法だけ(それも微妙なレベル)というのは、パーティの戦闘力にかなり不安が残ることになる。
「……チートスキルってほどじゃないな」
エリヤは疑念を控えめに表明した。
「エクストリーム帰宅を何だと思ってるんですか?チートが罷り通るような競技はスポーツとは呼べません」
「スポーツだったことを今知ったわ」
高野流星は、ほっそりとした指を光の中に伸ばして、最後のスキルにタッチした。
”フリーオプション(帰宅特約) エクストリーム帰宅部の活動において既に取得しているスキルは、異世界においても全て問題なく常時発動する。ただしこれらのスキルは、帰宅途中以外は発動しない"
「ああ、これがあれば十分です」
高野流星は、深く満足したように微笑んだ。これまでの自分の努力を、異世界に十分に認められたとでもいうように。そのまま振り向いて、エリヤにスクリーンの前に立つよう促す。
“ アザミハラエリヤ 男 17歳 職業 剣士
HP 612 MP 350 ATK 520 DIF 890
所持スキル> (レベル上限99)
ぶん殴り レベル16 ”
再び二人は茫然とスクリーンを見た。
「なんで俺剣士なの?」
「身長だけで機械的に割り当てられたんじゃないですか」
「クソシステムだな」
「私のスキルと方向性がだいぶ違いそうですが」
エリヤが長い腕を伸ばしてスキルに触れると、解説が開く。
"
ぶん殴り 手にした棒状のものを振り回し、相手を殴る。"
「――俺自身、所持スキルの意味が分かんねえ。これチートスキルか?」
「チート級の強さはありそうですが、本人に意味がわからないならどうしようもないですね。手にした棒状のものを振り回す点については理解が及んでいますか?」
「ぶん殴りはさすがに分かってんだよ」
高野流星は溜息をついた。
「私は攻撃力は高いですが低防御、おまけに攻撃系のスキルをほぼ持ちません。あなたは防御力が高いだけであとは並、強そうなスキルを使おうにも魔力がない。あので、基本的にはあなたの『ぶん殴り』のレベルを上げつつ私が『ケガあんしん君プラス』で回復、面倒になったら私が素手で相手を殴る、という方針でしょうか」
「その方針じゃないでしょうか。何と戦うんだか分からないけどな」
異世界転生してスキルを手に入れて、戦法が『ぶん殴り』一択というのはさすがに悲しい。傷害保険で回復するというのも聞いたことがない。そう思いながらも、エリヤはそもそも誰に文句を言えばいいのかさえ分からなかった。
なんにせよ、ここは帰宅するために通り過ぎるだけの世界なのだ。
「それじゃ、聖母様にお礼を申し上げて外に出ましょうか」
「そうだ。ここで『ママ』に巡り合ったのも何かの縁だ」
二人は聖母像の前に立ち、この世界のしきたりでどう拝めばいいのかわからなかったので適当に手を合わせて頭を下げた。聖母像は光を放ち、穏やかな笑みを浮かべたままだった。
それから、がらんとした大聖堂の中を抜けていく。
「……なんか俺、腹減ってきたわ」
「ということはここは、食事の概念のある世界ですね」
高野流星の顔色は変わっていない。
「お前は腹減らないのかよ」
「エクストリーム帰宅の訓練中は食事を摂りませんので、多少の空腹であれば耐えられます。実はレーションも携帯していますが、できれば緊急事態に取っておきたいですね」
「腹自体は減るんだな。なんか安心したわ」
高野流星は鼻で笑った。
両側に並んだ木製の長椅子の間を抜け、ついに二人は大きな両開きの白い扉に辿り着いた。金属の蝶番は端が錆び、門の周囲の柱に施された美しい彫刻も、年月の前に丸みを帯びて崩れかけている。エリヤは力を込めて扉を押した。明るい外の光が、どっと聖堂の中に流れ込む。
外は異世界。誰かが作り出した、『ポルト・リガト』という街。
「とりあえずは、食料の調達です。私の『交渉術』レベル82がどの程度のものか試してみることにしましょう」
そう言って、先に一歩を踏み出したのは、高野流星の方だった。
ママ・アイムホーム―EX帰宅部長とマザコン男子、異世界から帰宅します― @mrorion
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