第5話 諦めたくない
萌が遭難して行方不明になってから、俺も萌も、瞬までも、みんなその時から時間が止まってしまっていた。
俺は高校は卒業したものの、あれだけ熱中していたサッカーは辞めてしまった。瞬は、卒業と同時にどこかへ引越してしまって、そのまま疎遠になってしまった。
萌こそ探しはしたがそれも、時が経つにつれ、喪失感と諦めが交錯して、無気力な毎日を過ごしていた。
それでも、親に萌が帰った時のためにも、しっかりしなきゃいけないんじゃないかと言われ、大学に進学、大手ではないが、スポーツメーカーに就職もした。
萌が帰ってからは、俺自身が萌を繋ぎ止めておくのに必死な毎日だった。今考えると、不誠実な男になるのが嫌で意地になっていた気がする。
「俺が守るんだ。守ってやらなきゃ。」って、自分でかけた呪縛。
そこから解放されて、今やっと自由になった。
自由になって始めて、自分がどれだけ無気力に生きて来たのか、ただ時間を無駄にして来たのか、自分をがんじがらめにしたのは自分だった事に改めて気づいた。
自分の人生なのに、舵取りを時の流れに任せてしまっていたことを知った。ずいぶん流されてしまったみたいだ。
凛さんの生き方を知って、改めて思い知らされたよ。自分の足で進む道を決めるって事。
これからは俺の人生、俺が舵を取るんだ。
そして、凛さんにふさわしい男になるんだ。
******
そうは思ってみたものの、俺らしいって?
ただの馬鹿正直なだけの男じゃないか。
それだけじゃあ、何の魅力も無い。
気持ちが焦るばかりで、ヤキモキしていた。
そんな時、チャンスが舞い込んできた。
「営業の小林さんって、どこですか?」
営業フロアに3人のガタイのいい男達が俺を訪ねてきた。
「ああ、私です。」と手を挙げると、
「俺たち、うちの会社のサッカーチームのメンバーです。小林さん!お願いがあります!一か月後の試合に出てくれませんか?」と頭を下げられた。
「え?」
「高校時代にサッカーの強豪校でキャプテンをされてたと聞きました。実はメンバーの1人がアキレス腱を怪我をしてしまい、大会に出られなくなったんです。うちのチームは、人数もギリギリなので、棄権だけは、避けたくて。」
3人の必死な様子に、押されたが、
「いやぁ、俺を買ってくれるのは嬉しいけど、現役じゃ無いし、サッカー辞めてから、もう10年近くになる。戦力にはならないよ。力になれなくて、すまない。」と、俺が頭を下げた。
3人は、がっかりした様子で帰って行った。
「小林って、そんなに強かったのか!」話を横で聞いていた同期が、声をかけて来た。
「いゃ〜、当時はね。もう辞めて長いからさ。もう走れないよ。多分。」
「でも、人数足りなきゃ、あいつら出場もできないんだろ?スポーツメーカーだから、勝ちにこだわる気持ちはわかるけど、勝つか負けるかより、闘わずして退くってのは、泣くに泣けないよな。」
「……。」
同期の言葉が俺の胸を刺した。と同時に弾かれるように、俺は走り出し彼らを追いかけた。
「待ってくれ。」
彼らに追いつくと、息を切らしながら、
「ハアハア…運動不足で、このザマだ。期待しないでくれよ。足が使えないなら、頭が使える、今までの試合で培った戦略や攻略方法が頭に入ってる、頭脳戦ならできる。きっと俺の役割があると思う。だから…今、諦める必要はないよな?」
「はい!よろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしく。」
4人でガッチリ手を重ね、握手を交わした。
それからの俺は、毎朝早起きして、ジョギングとストレッチを始めた。
退社後は、3時間のチーム練習。
体はすぐに悲鳴を上げた。
くそっ、相当なまってんな。
久しぶりだよ。この感覚。体は若い頃とは全然違う。全く言うことを聞かない。だけど、体の奥からふつふつと湧き上がるこの闘志。
俺は、両手の拳を握りしめ、お腹の底から吠えた。
「よーし!やってやるぞー!」
「おー!!」
周りの連中が、それに反応した。
そうして、サッカーの練習に追われているうちに、二週間が経った。
******
今日は瞬の退院だ。
俺は車を走らせ、病院に向かった。
「よお!瞬、迎えに来たぜ。」そう言って病室に入ると、萌と凛さんも来ていた。凛さんに会うのは、千秋楽以来だ。俺の心臓は高鳴った。
「快。来てくれたんだ。」
瞬がにこやかに笑った。
「おお、当たり前だろ。荷物は?これだけか?」と、持ってみると思いの外重くて、筋肉痛の体が軋んだ。
「痛っ」
「どうしたの?」萌が、俺の顔を覗き込んだ。
「いゃ〜ただの筋肉痛。」
「筋肉痛??」その場にいたみんなが同じように驚いた。
「風見さん。そしたら、受付で退院の手続きお願いしますね。」
看護師にそう言われ、話は途切れ、一同は病室を後にした。
******
結局4人はそのまま瞬の家で、退院祝いをする事になった。
病院からの帰り道、4人で、まるで部活の合宿みたいに、何を作るか揉めて、騒いで、なんとか買い出しを済ませ、瞬の家へと到着した。
まるで、学生に戻ったようだった。
「瞬と快は、座ってて。」と2人リビングに追いやられ、萌と凛さん2人でキッチンに並んで、ご馳走の支度をしてくれた。
その様子を幸せそうな顔で見つめる瞬。
「お前、良い顔するようになったな。」と俺が言うと、
「良い顔か?でも、こんなに平穏で幸せな日々が続くなんて、予想してなかったな。」
「幸せか?」
「ああ、怖いくらいだ。」と平気で惚気るようになった。
「なんだよ。このヤロー。」と膝で小突きながら、俺たち本当に元の関係に戻れたんだなと改めて実感した。
「で?どうして筋肉痛なの?」と、退院祝いのご馳走を目の前にして、凛さんが聞いて来た。
「いゃ〜、先に乾杯で良くない?せっかくの料理も冷めちゃうし。」
「でも、私も聞きたい。」と萌まで身を乗り出して来た。
「会社のサッカーチームに欠員が出て、助っ人として代わりに大会に出ることになったから、練習を始めただけだよ。」
「えー、サッカーの?すごいじゃん。」
「何にも凄かないよ!試合を棄権するよりマシってだけな話さ。」
「でも、やってみる気になったんだな。」と瞬に肩を撫でられた。
「ああ、俺も久しぶりに闘志が湧いてきたよ。」
「みんなで応援に行くね。」
萌が嬉しそうに笑った。
「いや、やめてくれ!絶対に。な。」
「それで、せっかくの退院祝いなのに、烏龍茶で乾杯ってわけか?」
「ああ、今、体作ってるところだからな。やっぱり10代の頃とは訳が違うからな。」
「やりきってこいよ。」瞬が俺の背中をポンと叩いた。
「ああ。」
帰りは、俺が凛さんを車に乗せ、送って行くことになった。凛さんの事が好きだと自覚してから、2人っきりになるのは、初めてだ。
それだけで、俺の鼓動はいつもより早かった。
「なんで、またサッカーやる気になったの?」凛さんは、興味津々の顔で聞いてきた。
「こんな俺でも必要としてくれてるんなら…頑張ってみようと思って。」
「そうなんだ。頑張ってね。」
「おう!」
俺は照れから、言葉少なに返事をした。
待っててくれ。俺が凛さんと正面から向き合えるようになるまで。と心の中で呟いた。
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