第4話 けじめ
何だったんだ!あれは!
俺は昨晩の出来事を思い出し、頭を抱えていた。
最後に2人でキスをして、いい雰囲気になったと思った途端に、手のひらを返すように、凛さんが、
「明日も公演があるから、身体を休めなきゃ。適当に鍵閉めて、帰ってね。おやすみ。」と1人あっさりと寝室へ入って行ってしまった。取り残された俺は、テーブルの上を綺麗に片付けて、黙って帰ったんだけど。
あのキスの意味は何だったんだ?
「小林さん、大丈夫ですか?」
社内では、未だに腑抜けになった俺の噂が飛び交っていた。
「もう大丈夫です。完全復帰しましたから!」
俺!しっかりしろ!こんなんじゃ、情けなさすぎるぞ!
ともかく、今は凛さんの事は置いといて。
仕事に打ち込もう。幸いなことに、休んでいる間に取引先との仕事や打合せが溜まっていたために、2、3日闇雲に働いた。
そして、金曜日。
今日が、凛さんの舞台の千秋楽だ。最後の舞台くらい観に行ってあげないと。
そう思っていたのに、こんな日に限って、
「ああ、小林さん!担当の会社の課長さんがどうしても小林さんに直接会って話がしたいって!」
「え?今からですか?」
もう時計は18時を過ぎていた。
「イベント進行の説明を聞きたいって。」
仕事じゃ仕方ない。タクシーを飛ばして、相手方の会社に伺い、仕事を済ませると、もう腕時計は20時を指していた。
俺はタクシーを飛ばして、凛さんの舞台の会場に向かった。
しかし、すでに舞台は終わり。カーテンコールの最中だった。
たくさんの拍手の中、スポットライトが凛さんを照らしていた。
頬には汗なのか、涙なのか、光って見えた。
そして、深々とお辞儀をすると、凛さんは舞台の袖へと消えていった。
「また痛みで苦しんだりしてないだろうか?」心配しながら、楽屋を訪ねると、
「あらっ快。来てくれたんだ!」と和やかな凛さんの顔が見えた。そう言った途端、
「あはははっ」とお腹を抱えて、凛さんが大笑いした。
「え?」
「快ー、なにそれーうけるー。」と言って指差した先を見ると、
俺がタクシーに乗る前にギリギリで買った花束が、会場に向かうまでの間に全速力で走ったおかげで、ほとんどの花が抜け落ちていた。最後に俺が掴んでいたのは、たった一輪のひまわりだった。
それを愛おしそうに、受け取ると、
「可愛い。最後に残ったのはあなただけだったのね。可哀想に、花を散らしながら、走ってる快が目に浮かぶわ。でも、私にピッタリよね。ひまわりなんて。」と言って、ひまわりの花に顔を寄せてニッコリと笑った。
俺の鼓動がドキンと大きな音を立てた。
「ありがとうね。快。」
「ああ。」俺は照れ臭くて、無愛想な返事をした。
「家まで送って行こおか?」
「今日は、千秋楽だから、盛大に打ち上げよ。快も来る?」と言われたが、大勢に囲まれる気分ではなかった。
「でも、凛さん!飲み過ぎんなよ!」
「わかってるよ。」と言ったが、俺は心配でたまらなくなって、
「この前みたいに飲み過ぎて、俺以外の男と朝を迎えたりなんかするなよ!」と大きな声を出した。
そんな俺を、
「どうしたの?快?そんなに飲んだりしないよ。」と背中をトントンとなだめるように叩かれた。
「じゃあね。」と言って、その日は別れた。
******
どうしよう。もうだめだ。完全に凛さんに心持ってかれちまったよ。
なんて、可愛いんだ!
綺麗だし、セクシーだし、男前だし、カッコいいし。
こんなの男なら、好きにならない訳ないじゃないか。
でも絶対、瞬と同じ。弟くらいにしか思われてないよな。いや、待てよ。キスもしたし、ワンチャン記憶にないけど、一夜を共にしたよな。いやいや、凛さんのことだ。犬のハチと一緒に寝たくらいにしか思ってないかも。
どうしたら、凛さんに振り向いてもらえるんだ。
******
「よお!久しぶりだな。瞬。」
俺は、瞬の病室を訪ねていた。
「もう松葉杖で歩けるようになったのか。」
「ああ、若いからな。奇跡的な回復力だって、先生に褒められたよ。」
「お前はそんなとこまで優等生なんだな。本当は愛の力なんだろ?!」と、自然に2人の事を茶化す事が出来ていた。
「快…」まだ俺に遠慮するような口ぶりで話すから、
「無理なんかしてないって言うか…」と話しかけて、
「俺自身信じられないんだけど、好きな女が出来た。どうしても、振り向かせたい。」と、照れ臭くてボソボソとつぶやいた。
「え?何?」と、瞬が聞き返すから、
「好きな女が出来た!どうしても振り向かせたい!」と大きな声を出した。すると、
「え?そうなの?」と聞いてきたのは、背後に立っていた萌だった。
******
俺の話は相当2人を驚かせた。
「姉貴と、快が?そんなことになってたのか。」信じられないと言った口調で、瞬が言った。
「でも、確かに!女の私でもドキッとするほど魅力的な人よね?」と萌が言うから、
「そうだよな!」と、嬉しくなって萌と顔を見合わせた。
ああ、なんだかすごい久しぶりに真正面から萌を見た気がする。
「俺今、マジで恋してるよ。」と穏やかな気持ちで話せた。
「良かったね。」萌がニッコリと微笑むと、
「いやいや、俺としてはいろいろと複雑だね。」と瞬が間に入ってきた。
そうこう騒いでいるうちに、いつのまにか、昔の兄弟のような3人に戻っていた。
******
病室を後にして、萌と2人で帰り道を歩きながら、
「結局、瞬のやつ、なんのアドバイスも無しかよ。」と俺が怒ったように言うと、
「案外、瞬はシスコンかもね?」と言って、笑った。
「でも、アドバイスになるかどうかわからないけど、やっぱり快は真っ直ぐ正直に相手にぶつかって行くのが似合ってるわ。頑張って。」
こんなに早く穏やかな気持ちで、瞬と萌に会えるとは自分でも思ってもみなかった。
凛さんのお陰だ。
俺!凛さんにふさわしい男になるよ。
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