第3話 帰国の理由

ダンスの公演なんて俺は初めての事で、座席についてからもソワソワして落ち着かず、少し緊張していた。


ステージの幕が上がると、見慣れた舞台セットの街並みが並んでいるのが見えた。その街並みを眺めているうちに、自然と緊張が解けてきた。

場内の照明が落ち、照らし出されたステージは、本当に異空間がそこに存在するかのようだった。

そこへ、1人の女性が音楽と共に、跳ねるように出てきた。

「凛さんだ!」

シルクハットにタキシードと男装の出立ちだが、スタイルの良さで、凛さんだとすぐわかる。

華麗に踊る凛さんの姿に釘付けになった。

シルクハットを颯爽と投げ捨て、凛さんの長い綺麗な黒髪がまるでスローモーションのように宙を舞いながら、ほどけていくのが、とても綺麗で見惚れていたが、すぐに場面展開して、集団ダンスへと変わって行った。

セリフはなく、ストーリー仕立てで、ダンスのシーンが展開して行く。モダンダンスに、タップ、ひいてはヒップホップまで、次々と見事に踊りこなす舞台に観客のみんなが見入っていた。

アンコールでは、光輝くティアラに、薄いピンクのチュチュを身に纏った凛さんが現れた。

まるで妖精のような美しさ、儚さ、切なさで、情感豊かに踊り、最後まで観客を魅了した。


そして、会場はわれんばかりの拍手に包まれた。

俺は、初めて観る凛さんの姿にただただ呆然としていた。

「凛さん、本当にあなたは凄い人だなぁ。」


******


俺はこの興奮を、凛さんと分かち合いたくて、楽屋へと急いだ。

風見凛と貼り出されている楽屋の部屋をノックした。

トントン。返事も待たずに、ドアを開けると、

そこには先程とは打って変わって、痛みに歪む凛さんの顔が見えた。

「凛さん!」

「大丈夫よ…騒がないで。みんなに…気づかれたくないの。」

「何かできることある?」

「水を…」と言って、凛さんはカバンから錠剤を出して口に放り込んだ。

俺は慌てて、そばにある水のペットボトルの蓋を開け、凛さんに渡した。

ごくん。と飲みきって、少し安心したのか、だんだん呼吸が落ち着いてきたのがわかった。

「驚かせたわね。」といつもの凛さんに戻った。

「ああ、色んな意味で驚いたよ。」

「この事は、スタッフのみんなには内緒にしていてね。絶対よ。」

「訳を教えてくれないと、内緒には出来ないな。」意地悪でそう言うと、

「悪いヤツに見つかったなぁ。」と言っていつものように笑った。

その笑顔を見て、俺は少し安心した。


******


結局、疲れていた凛さんを俺がタクシーで自宅まで送って行った。

部屋に入ると、靴を脱ぎながら、

「先に、シャワー浴びてきてもいい?」と、上目遣いで、凛さんが俺に言った。

ドキッとしたが、深い意味がないことに気づき、

「ああ…いいよ。」と、平静を装った。

ホント俺ってバカ!


シャワーから上がると、バスローブ姿に頭にはタオルを巻いた凛さんが、冷蔵庫をゴソゴソと物色して、ワインとチーズを運んできた。

「はい。快!お疲れでしたー!」

チーン。2人で乾杯した。

「ワインなんか飲んで、体の方は大丈夫?かなりつらそうだったけど?」

「それね。そう、その話。」と言うと、凛さんは深呼吸をしてゆっくりと話し始めた。

「私がフランスに留学してたのは覚えてるよね?それで、16歳の時、国際コンクールで入賞して、私は一躍有名人になったわ。バレエ団のプリマドンナとして、たくさんの舞台にも立ったわ。名誉と名声を手に入れた代わりに、心無い批判や批評に私は時間が経つにつれ、心身共に疲れ果ててしまったの。そんな時に、事故が起きたのよ。」

黙って耳を傾けていたが、そんな事があったとは全く知らずにいた。

「え?事故?」

「そう。舞台セットが倒れてきて、私は下履きになったの。その時、足を怪我したのよ。

故意の事件だったのか、事故だったのか、うやむやなまま、バレエ団に悪評が植え付けられのを嫌った上の人達が、事故として処理したの。けど、実際は…。」と言いかけて、凛さんはワイングラスをクルクルと揺らして、一気に飲み干した。

「それで、私はバレリーナとしては、もう一舞台を通しで踊り切れなくなって、それで、帰国したのよ。」

「そんな…」俺は言葉に詰まった。

「でも、私は夢を捨て切れなかったから。日本で信頼のできる人達を集めて、自分のダンスチームを結成したの。でも、きっとこの演目が私の最後の舞台になるわ。見たでしょ?もう痛みで最後まで踊るのが無理なのよ。だから、ダンサーはこれで引退する。そして、このスタッフとメンバーで新しい舞台を作って行く!プロデューサーになるの。それが、私の次の夢よ。」

俺は言葉を無くしてしまった。

本当に凄いよ!凛さん!やっぱり世界と戦ってきただけあって、色んな事を一人で乗り越えてきたんだな。カッコいいよ!


「凛さん」

「ん?」俺は振り向いた凛さんに思わず、キスしてしまった。

目をまん丸にして驚く凛さんの顔を見て、我に返り、

「あ!ごめん!つい…凛さんがあんまりにも魅力的だったから…」と言い訳めいた事を言いながら、

「俺って男が信じられないよな?まだ破談になって1週間くらいしか経ってないのに…」と言うと、

「それが、恋に落ちるって言う事なんじゃないの?」と言って、凛さんの顔がゆっくり近づいてきて、2人長いキスをした。

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