第2話  凛

あー、昨日は久々に楽しかった。快ったら、ホント昔っから全然変わってないんだもん。

でも、逆にそれが安心するわ。

私は快の背中を見送ると、部屋のドアをゆっくり閉めた。


私は中学の時、13歳でフランスへ1人留学した。友達もいない。もちろん、言葉もわからない。誰1人頼る人がいない中で、厳しいバレエのレッスンを続けるのは、本当につらかった。

ある日、耐えきれなくなって、ママに国際電話をかけたら、

「あなたは才能を見出されたの。特別な事なの。何も心配しないで、レッスンに励めば良いのよ。」と言って、ママはフランスへ生活の拠点を移し、あらゆる面でサポートをしてくれた。

ママを独り占めして、瞬やパパには申し訳なかったし、慣れない土地で、通訳から、レッスンの送迎に、私の身の回りの事まで尽くしてくれたママにはとても感謝したわ。

だからこそ、バレエのレッスンにも打ち込んで、16歳の時には国際バレエコンクールでは、3位に入賞した。思えば、あれが私のピークだったのかもしれない。


******


仕事前に、瞬の病院に立ち寄った。

病室を覗くと、瞬の姿もなく、車椅子も無かった。

リハビリかな?と思い、花瓶の花を生け替えに、給湯室へ向かって歩いていた。ふと廊下の窓から、下に視線を落とすと中庭で、瞬と萌ちゃんが幸せそうな笑みを浮かべて、散歩をしているのが見えた。

「本当、2人とも飽きないわね。」

微笑ましい姿に、私も笑みが溢れた。

殺風景な病室に、綺麗に咲き誇った花を飾り、私もしあわせな気持ちになった。


トントン

病室のドアがノックされた。

ガラッ。

「あ!」

2人、顔を見合わせた。快は途端にバツの悪そうな顔をした。

「快。どうしたの?会社に行ったんじゃなかったの?」

「行ったよ。行って帰ってきたんだ。」

「何それ?暇なの?」

「もともと有給もらってたしな。」

「はあはあーん。」

私はニヤリと笑うと、快の腕を掴んで病室の外へ歩き出した。

「何するんだよ!見舞いに来たばっかなのに。」

「それは、いいから。私についてきて!」


******


結局、俺は凛の車の助手席に押し込まれて、15分ほど車を走らせると、海の近くの大きな倉庫の前で車を降りるように言われた。

「ここよ。」

「なんだ?ここ?」

ガラガラーー。

大きな扉を押し開けると、そこはまるで異世界にでも飛び込んだような空間だった。

建物の中なのに、薄暗くて古い外国のような街並みに、暖かい色の街灯が綺麗に並んで灯っていた。

そして、その前ではストレッチをする人たち。その横では、トンカチやノコギリを持った人たちが、DIYをしているような様子で、たくさんの人が所狭しと動き回っていた。

「まあ一応、稽古場…かな?!」

「稽古場?」

「そう言っても、舞台セットも作るし、小道具から衣装までなんでもここで作業できるようにしてるの。」

「え?なにそれ?」俺は珍しさのあまりキョロキョロしていると、

「大ちゃん!」凛さんが、大きな声で叫ぶと、舞台セットと思われる大きな壁の後ろから、背の高いがっしりとした体格の男が現れた。

「大ちゃん!今日から3日間だけど、舞台セットの手伝いをしてくれる快よ。よろしくね。」

「おお、それは助かるよ。よろしく!快!」と握手を求められ、

「初めまして、小林快です。」と雰囲気に飲まれ、自己紹介をしたものの、

「え?凛さん!俺そんな事、全然聞いてませんけど?…無理ですから!」

と慌てて断ると、

「まあまあ、いいじゃない。どうせ暇なんでしょ?会社だって居ても気まずいだろうし。」

「いやいやいや、なんで知ってるかなぁ?」

「そりゃー、新婚旅行に行ったはずの人が…」と言いかけた凛さんの口を塞ぐと、

「わかりました。3日だけ。3日だけ、手伝えばいいんですね?」そう返事をした。

もうこうなりゃ、ヤケクソだ!


それから、俺は大ちゃんさんに指導を受けながら、セットの組み立て作業を手伝った。


休憩時間になり、パイプ椅子に腰掛けて、深くため息をついた。

「これじゃ、ホントに工事現場の肉体労働と一緒だ。凛さんにバイト料弾んでもらわなくちゃ。」とつぶやいていると、

「ほら、新入りさん。」と言い、大ちゃんさんが缶コーヒーを投げてきた。受け取ると、いただきますとジェスチャーで応えた。

「舞台セットって言ってもな。その前では、飛んだり跳ねたり、みんなが踊ってるんだ。セットがしっかりしたものじゃないと、倒れてダンサーが怪我をしたりする可能性もある。だから、本物と同じようにしっかり組み上げないといけないんだよ。わかるな?」

「あー、はい。」

「快は、凛の彼氏か?」

と言われ、コーヒーを吹き出した。

「まさか!」と言うと、大ちゃんさんは意外そうな顔をして、

「違うのか?凛が男なんて初めて連れてきたから、よっぽど信用してる奴なんだなと思ったんだけどな。」

「え?」

俺が聞き返すと、

「お前、知らないのか…凛がなんでフランスから帰国したのか。」

「え?帰国の理由?なんかあったんですか?

活動拠点を日本に移したって訳じゃないんですか?」

「知らないのか…。なら、俺からは勝手な事は言えないな。」と話を切られてしまった。

そう言われると、ますます気になってしまう。

帰国の理由?その頃は、萌の事で、瞬とも疎遠だったからな。考えてはみたが、何も思い当たる事はなかった。と言うか、俺だけが知らなかった。


「快ー。お疲れ。助かったよ。やっぱりサッカーやってただけの事はあるね。大ちゃんが体力があるって褒めてたよ。」

「いつの話だよ。もう、高校以来、全くやってないよ。」俺は少し拗ねたように言った。

「体づくりが出来てるって事だよ。また、やれば良いじゃん。」

「萌が行方不明になって、俺の生活は一変したんだ!サッカーなんかやってる場合じゃなかったんだよ。」なぜか、イラついて凛さんに当たるような言い方をした。

「そうなんだ。でも、やるかやらないかは、本人が決める事でしょ?」

その一言が胸を刺した。


そうなんだよ。わかってるんだよ。結局、俺はその時、行方不明になった萌を言い訳に、サッカーを辞めたんだ。あれだけ好きだったのに、やる気を無くしてしまった。もちろん、萌のことがそれだけショックだったからなんだけど、萌が側で見守ってくれてたから頑張れたんで…。あれ?俺、サッカーは誰のためにやってたんだ?萌のため?


「疲れたね。送って行くよ。」

凛さんは、そうポツリと言った。帰りの車の中では2人とも無言だった。俺もなんだか頭が混乱していた。


******


翌日、家の前に凛さんの車が止まっていた。

パッパー!

クラクションの音で、やっと俺は出て行った。

「おはよう!今日もよろしくね。」いつもと変わらない笑顔だった。


そんな日が約束通り、3日続き。やっと舞台セットが全て出来上がった。

「快。ありがとう。開演に間に合ってよかったよ。明日からの公演、観にきてくれよな。」と、大ちゃんさんに言われた。

「了解です!」


そして、翌日の公演で俺は度肝を抜かれた。

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