ふたりのわたし Another story

カナエ

第1話  快

病院のロビーを出たところで、

「快ー!」

後ろから凛さんが手を振りながら、追いかけてきた。

「凛さん!」

「瞬のお見舞いにきてくれてたんだ。」

「あー、きっちり瞬と話しつけてきたよ。」

と言って苦笑いをすると、

「偉い、偉い。よく頑張ったね。」そう言って、凛さんは俺の頭をぐしゃぐしゃっと撫でた。

「いつまで、俺のこと子供扱いするんですか!もう、俺27ですよ。」

俺は真顔で凛さんの手首を掴んだ。

カッコよく大人の男として決まった!と、思ってたのに、凛さんはその手を振り払って、

「何、気取ってんの!快だって、私にとったら弟みたいなもんよ。」と言われた。

「凛さん、ここは俺に手首を掴まれてドキッとするところですよ〜。全く!どうせ俺はいつまでもガキですよ。」

「そうやって、拗ねるところが可愛んだよね。」

と言うと同時に、凛さんは俺の背中にジャンプして、おぶさってきた。

「おわっ。」

「飲みに行こおか?」

「そうっすね。」

俺は凛さんをおぶったまま、走り出した。

「いやっほー。」


俺たちは童心に帰って、久しぶりにハメを外して、2人で飲んで騒いだ。

「いゃ〜、久しぶり俺!って感じ。」

「何それ?」

「俺、萌のふさわしい男になろうと、無理に背伸びして、理解あるフリしたり、大人な俺を演出したり、頑張ってきたんすよ。瞬と結婚しようとしてたなんて、ホントは嫉妬で怒り狂ってたし、高級なレストランなんて、俺には窮屈で、凛さんとこうしてビール片手に居酒屋で焼き鳥食ってる方がよっぽど俺らしいし。やっぱり所詮、俺にとって高嶺の花だったんすよ。萌は。」

って自分で言いながら情けなくて涙が出てきた。

「自分を卑下するなって、バカ!」

スパーン!と後頭部を平手で叩かれ、俺はブハッとビールを吹き出した。

「凛さん!酔ってる?かなり酔ってますよね?」

「酔ってないわよ。快、あんたってホントバカ!」

「そんなに念を押さなくていいじゃないっすか。これでも俺かなり落ち込んでるんですから。」

「だーかーらー、落ち込む必要ないって!快は、良くやったよ。ホント!萌ちゃんの事、愛してたし、努力もした!ただ運命じゃなかったってだけだよ。

本来の自分を捻じ曲げてまで、相手に合わせてて、幸せなわけないじゃん。それに、快!あんたには瞬とは違う良さがあるんだよ?良いとこなんて、人それぞれよ。快はバカがつくくらい真っ直ぐで自分に正直なところが一番良いんだよ。人と比べて優劣つける必要なんてないんだよ!」

「姉さんはやっぱり良いこと言うなぁ。さすが、年の功!」と言うと、肩をバシッと叩かれた。

「そこは、そんなに正直に言わなくて良いんだよ。バカ快!」

2人で豪快に笑った。ホントに久しぶりだ。

「じゃ、仕切り直して、快の失恋にカンパーイ!」

「そこは、失恋じゃなくて、新たな出発で良くない?凛さん、ホントハッキリしてるわ〜。好きだわ〜。そう言うとこ。」

本音でぶちまけて、泣いて笑って、騒いで、2人でその日は一晩中飲み明かした。


******


「あいてて、頭いてぇ。やっぱり、流石に飲みすぎたなぁ。」

頭を押さえながら、ベットから起き上がると、目の前の光景を見て、俺は一瞬で酔いが覚めた!

「え?マジ?」

見たことのない大きな部屋。そして、真っ白なシーツのかかったクィーンサイズの大きなベッドの上には、艶めかしい下着姿の凛さんがまだすやすやと寝ていた。そして…俺はパンツ一枚。

「マジか?」

俺は血の気が引いて行くのを感じた。


昨夜、凛さんと2人で飲み明かしていたのは覚えていたが、途中からの記憶が無い。いつの間に、こんなことになったのか、全然状況がわからない。

俺、もしかして…やっちゃった?!

ベットに腰掛けたまま、頭を抱えていると、

「起きたの?」と凛さんが目を覚ました。

俺が言葉もなく驚いていると、

「昨日…楽しかったね…」と凛さんが意味深に笑った。

「俺…俺…失礼しました。」と言って、慌てて床に脱ぎ捨ててあった自分の服を拾って、部屋から出て行った。


顔を洗って、着替えて洗面所から出てくると、凛さんは大きめのTシャツに楽なゆるいズボンを履いて、キッチンに立っていた。

そんな姿でも、凛さんの姿勢の良さやスタイルの良さは隠せてなかった。


食卓の上には、トーストと淹れたばかりのコーヒーの匂いが漂っていた。

「買い物へ行ってないから、何にも無いけど…」と言って、座るように促された。

落ち着いて見てみると、タワーマンションの一室のようだ。高層階から眼下に街並みが広がっているのが見える。

「凛さん、こんなところに住んでたのか。」

「え?なに?意外?」

「いや、相変わらず凄いなぁと思って…」

「何もすごくなんかないわよ。気に入ったなら、一緒に住む?」

と言われて、真っ赤になってしまった。

「からかわないでくださいよ。」

「昨日、何があったか、覚えてないんでしょう?」

そう言われて、心臓が飛び出しそうになった。

「そっ…それは…。」 

うろたえて目が泳いでいると、

「え?8時?会社に遅刻する!」

壁にかかった時計が目に入り、急に現実に引き戻された俺は、挨拶もそこそこに、凛さんの部屋を飛び出した。

「本当、昔と全然変わらないわね。」

俺の背中を見送りながら、凛さんは嬉しそうに笑っていた。


俺、本当に凛さんとやっちゃたのかな?確かに、めちゃくちゃ盛り上がってたしなぁ。

あー、瞬になんて言えばいいんだ?


会社には、なんとか間に合って出社したものの、仕事が全然手につかない。

俺はデスクの上に突っ伏して、頭を抱えていた。

凛さんの事で頭がいっぱいだった。

だから、周りの視線にも全然気づかずにいたんだ。


「あのー、小林さん。体調悪い?大丈夫?」

課長や周りの社員が心配そうな顔で、俺を覗き込んでいた。

そうだ。忘れてた!俺、破談になって、新婚旅行返上で出社してたんだ!

みんな、それを知ってるから、心配してたんだ。

「あー、すいません。ちょっと頭痛くて。」

「無理しないで。休んでくれて良いからね。」

「ありがとうございます。大丈夫です。」

そう言ったものの、結婚式に来てくれたみんなには申し訳ないし、俺自身、社内での腫れ物扱いが嫌で、結局その日は早々に退社した。


ホントいつまで経っても俺ってカッコ悪いなぁ。

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