第5話 秘密
「ま、マリア…………?」
なんとジェイドの後ろにいたのは死んだはずのマリアであった。
マリアはジェイドの首に向けてナイフを突き立てている。
「動かないで」
「なんで君が……!? 死んだはずじゃ……」
「そうね。それについては詳しく話すと長くなる。それより、ここでなにを……?」
「それも話すと長くなるな……。とりあえず、刃物を置いて落ち着いてくれないか?」
「それは無理ね……。今は誰も信用できる人がいないもの」
「そうか。それは残念だ」
「…………!?」
ジェイドは話し合いをあきらめて、攻撃に出た。といっても、決着は一瞬でつく。
マリアにはジェイドがその場から消えたように見えた。まったくもって反応することができなかった。
一秒後には、マリアはジェイドに後ろをとられ、地面に組み伏せられていた。
「ど、どういうこと……!? あなた、コックじゃないの!? どうしてこんなに強いの……!?」
「いや、俺はコックだよ。ただ君らよりも強いだけさ」
形勢逆転。ジェイドはマリアからナイフを取り上げ、安全を確保すると、自分もその手を緩めた。
どうせ抵抗しても勝てやしないと悟っているのか、マリアもそれ以上は反撃に出なかった。
「ひとつ……約束をしてほしい。俺がここで情報を集めていたことは誰にも言わないでほしい。そのかわり、こっちも君が生きていることを誰にも言わない」
「…………わかったわ」
二人は契約の握手を結んだ。それから、お互いの手の甲に軽く傷をつけて、そこにキスをする。暗殺者にとって、これは絶対を意味する。
ジェイドは、マリアの様子や、彼女が生きていたことから、大体の想像をつけていた。
マリアは誰かの陰謀によって殺されかけ、そしてそれをすんでで逃れた。つまり、ギルドの誰かが彼女の命を狙っているということだろう。マリアが生きていることを、犯人が知れば、また命を狙われるはずだ。
そんな彼女が資料室に身を潜めていたのも、おそらくはその犯人を探るためか。
「君は、なぜここに? ラインワルトに関する情報を調べにきたのか?」
ジェイドは、もしかしたらマリアがラインワルトに関する資料を持っているのではないかとも考えた。
「まあ、それもあるわね。でも、ラインワルトについての資料は見つからなかった」
「そうか。君もか……」
つまり、マリアを罠にかけたなにものかが、意図的に資料を隠したということになる。
「あなた、何者なの……?」
「だから、ただのコックさ」
「嘘。あなた、特殊な鑑定スキルをもってるでしょう」
「はは……なにを根拠に……」
ジェイドは少し動揺していた。たしかに、ジェイドには特殊な鑑定スキルが備わっている。しかし、そんなこと誰にも話したことはないし、マリアが自分に勝る鑑定スキルを持っているとも思えなかった。
それにジェイドは自分には鑑定スキルがきかないように、専用の結界も張ってある。この世界中の誰にも、ジェイドの本性はわからないはずだった。まさか、どこかでつまらないミスをしたのでは、と思い返してみるも、そんなはずはない。ジェイドはこれまで、完璧なまでにただの料理人を演じてきていた。
「私の本名。フルネームで」
「だから、前も言っただろ……。マリア・ローズ」
「それよ」
「は……?」
「資料室で私のファイルを見なかった? そこにはマリア・リーベと書かれていたはずよ。それに、仲間たちにもマリアとしか教えていない」
「くそ……偽名か」
「普通の鑑定スキルでも、マリア・リーベと出るようにカモフラージュもしてある。だから、このギルドに入るときもバレなかった。それなのに、どうしてあなたは私の本名がわかったのかしら?」
ジェイドは自分のつまらないミスに頭をかかえた。そんなの、少しマリアについて資料を見ればわかったはずだ。それをおこたった自分をのろった。こんなことでは、ジェイドの目的を遂げることも危うい。もっとしっかりしないとと自分に言い聞かせるのだった。
「しょうがない。白状する。たしかに俺には特別なスキルがある」
「話して」
「契約魔法って、知ってるか?」
「なんとなく……うん」
契約魔法というのは、自分を制約でしばりつける魔法だ。いわば自分との約束事のようなもの。
まず自分をある条件で縛って、なにか他の魔法とむすびつける。魔法の効力は、条件が厳しければ厳しいほど、増すというものだ。
「俺の鑑定スキルの発動条件、それは相手に飯を食わせることだ。それで、美味しいと思わせること」
「なんでそんな条件……」
「そのほうが多くの情報が得られるからだ。例えば、多くの人間は鑑定スキルの発動条件として、相手に触れるだとか、目を見つめるだとかの簡単なものを選ぶ。だが、それだと大した情報は得られない」
「でも、だったら普通は相手を殺すとか、相手を攻撃するとかっていう条件にするものよ」
鑑定スキルの発動条件として、相手を殺すというのを選ぶものも多い。だが、それだと暗殺者としては二流だ。本当に相手の情報が必要になるのは、相手を殺したあとよりも殺す前のほうが多い。
たしかに相手を殺すというのは、そうとうにハードルも高く、発動条件としてはかなり適切に思える。実際、けっこうなまでの情報を鑑定でもぎ取ることが可能だ。術者の魔力によっては、相手の記憶までも。
「暗殺者にとって、誰かの料理を食うとういうのは、かなりの信頼の証だ。それに、素直にうまいと思える状況は、かなりリラックスもしていて、こちらに気をゆるしている証拠だからな。人間、飯を食う時と寝てるとき、それから性行為をしているときが一番無防備になるもんだ」
「なるほど……それだったら、たしかにかなりの重い条件といえるかもね……」
「普通は料理なんかしないし、鑑定相手にものを食わせたりなんかしないからな。俺以外のやつらはまずそんな条件にはしない。はじめは俺も性行為を条件にしようかとも思ったが、いろいろ考えた結果料理がベストだと思った。おかげで、俺の鑑定スキルはかなりのところまで読み取れる。まあ、そのせいで君の本名までよみとってしまって、怪しまれたわけだが」
「それで、あなたのその鑑定スキルはどこまでの性能なの?」
マリアは単純な興味もあってきいた。
「すべてさ」
「え……」
「相手の記憶から、相手の能力まで、すべてを読み取れる。それに、相手のスキルを奪うことだって」
「すごい……ありえるの……そんなの……」
「だから俺は、この仕事を選んだ。暗殺ギルドに料理人として入って、あらゆる情報にアクセスするために……!」
「でも、いったいなんのために……? そこまで」
ジェイドはしばらく黙って考えたあと、マリアには話してもいいかと決意した。お互いに秘密を共有する中になってしまったわけだし、弱みを握りあっている。なにもかも隠して話をすすめるよりも、あらいざらい話したほうが、お互いに話がスムーズだと思ったからだ。それに、今までジェイドは自分の秘密を誰かに知られたことなんてなかった。かかえこんできたものを、一度だれかにぶちまけて、きいてもらいたかったのかもしれない。ジェイドは、せきをきったように話はじめた。
「妹を……救うためだ――」
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