第4話 陰謀


「それで……誰が死んだんだ……?」


 だがこれだけの噂になるということは、それなりに有名なメンバーや、人望にあついメンバーが死んだのだろうに違いなかった。

 仮にドガスが死んでも、ここまでの騒ぎにはならない。

 皮肉なことに、ドガスの場合は何度失敗してもしぶとく生き残る。そういう男だった。

 ジェイドの疑問に、掃除係の同僚が答えた。


「知ってるかどうかはしらんが、マリアという女性暗殺者らしい」

「は…………?」


 その名前をきいて、ジェイドは足元が崩れるような感覚になった。

 まさか、自分が昨日話をした相手が、こうもあっさり死ぬなんて。

 別に、ジェイドがマリアのことを特別に思っていたわけではない。だが、昨日自分の作った飯を食い、喜んでくれていた女性が死んだ。そのことは、ジェイドの胸に深く突き刺さった。

 マリアはジェイドと年も近く、非常に美しい女性だった。


「気の毒にな。まだ若かったのに。しかも新人だ。たまたま他の暗殺者が殺る予定だった案件を、代わりに割り当てられたそうだよ。運命って残酷だよな」

「あ……ああ…………」

「どうした? 気分が悪いのか?」

「ああ、ちょっとな……。昨日、その女と話した」

「そうか、そりゃあ辛いな。今日は休むか? 料理なら、俺もできないことはない」

「いや、いい。大丈夫だ。ありがとう……」


 ジェイドは吐きそうになりながらも、ふらふらとキッチンへ向かって行った。

 こういうときは、仕事でもしていないと余計に気が滅入る。

 そのあとはひたすら、黙々と目の前の食材と無心で向き合った。




◇◇◇◇◇◇◇





「ふぅ……」

「ひどい顔だな、大丈夫か?」

「まあな……」


 仕事を終え、寮に戻る。気の抜けた同居人に迎えられ、ジェイドは少し気が楽になった。

 キムはたばこに火をつけ、ジェイドに話しかける。

 ジェイドは荷物を棚にしまいながら、だるそうにそれに応えた。


「それで、今日もいくのか?」

「当たり前だろ。情報収集は欠かせない。俺の目的のためにはな」

「まあ、気をつけろよ。最近、きな臭い噂も立ってる」

「どんな噂だ?」


 興味のある話題になったので、ジェイドはキムに向き直った。いつになく、真剣な顔になる。


「今朝死んだっていう、マリアに関してだ。どうも、あの件にはいろいろあるみたいだ」

「そうなのか……?」

「だっておかしいだろう? あの子は代打で入ったんだ。まだ新人で、普段はミスのリカバリーを専門にしていたっていうのにだ」

「つまり、誰かに消されたっていうのか?」

「さあな。そこまでは言ってない。ただ、きな臭いって話だ」

「そうか……」


 言われてみて、ジェイドは気づく。昼間はまだ動揺のせいで、気づかなかったが、たしかによく考えてみると、いろいろとおかしな点がある。

 そもそも暗殺対象がラインワルトという強敵だった。なぜマリアがそれの代打に選ばれたのだろうか。

 暗殺対象を知っているのはギルド内でもごく一部の人間だけだ。資料室にはそれが記されているが、ほとんどの人間はそれを知らない。

 そのことを知っているジェイドには、今回の件が余計に違和感をもって感じられた。


「たしかに、きな臭い……」


 そうつぶやきながら、ジェイドは部屋から出ようとする。


「あ、おい……! どこへいく? まだ夜中じゃないぞ」

「ああ、だがちょっと。どうしても確認しなきゃいけないことがある」

「まったく……巡回がきたらどうすんだ……」

「適当に誤魔化すか賄賂でも渡せ」


 いつもより少しはやく、ジェイドは資料室を目指した。大丈夫、透明化を使えば、この時間でも見つからずにすむ。ジェイドの技術は一流だった。




◇◇◇◇◇◇◇




「あの資料はどこだ……」


 資料室に着いたジェイドは、まずマリアの件に関する資料を探した。

 昨日見ていたのと、同じやつだ。

 マリアが代打で入ったのなら、その前、本来誰がやるはずの仕事だったのか、それがわかるはずだった。

 別にジェイドは探偵でもなければ、暗殺ギルドの治安を守る仕事をしているわけもない。ただの料理人だ。

 マリアの敵討ちをしたいわけでも、犯人捜しがしたいわけでもなかった。ただ、純粋に気になっていた。無視することはできなかった。

 ジェイドの目的にも、なにかつながっている気がしていたのだ。

 決して、マリアが自分の妹に似ていたからでも、その妹と歳が近いからでもない。


「くそ……ない……!」


 しかし、いくら探しても、昨日あったはずのファイルが見つからない。


「やはり、きな臭いな」


 ジェイドの見立てでは、誰かが隠したにちがいなかった。そして、わざわざ証拠となりうるファイルを隠すということは、なにかやましいことがあるということだ。おそらくは犯人が隠したのだろうか。


「まあいい、今日の分の資料を見よう……。それから、バックナンバーもだ。過去の資料を当たってみよう」


 過去にも、ラインワルト暗殺は何度か企てられていたはずだ。それらの資料を当たれば、なにかわかるかもしれない。

 それに、今日は時間にも余裕がある。まあそれは、キムがうまく巡回をやりすごせていたらの話だが。


「くそ……なんでだ。なんでない!」


 しかしいくらジェイドが探しても、ラインワルトに関する資料だけが見つからない。その部分だけが、ごっそり抜けていたのだ。


「ますますきな臭いじゃないか……」


 基本的に、資料室には専門の係以外はめったに立ち寄らない。そもそも禁止されている。

 専門の係でさえ、過去の資料をいちいちチェックしたりはしないものだ。

 これは、明らかになにかある。ジェイドはそう確信していた。

 しばらく資料を夢中になって漁ってると――。

 突然、ジェイドの後ろから声がした。


「動くな……!」

「………………!?!?!?!?」


(は…………? 人!? なんで……!?)


 ジェイドは最善の注意をはらっていた。資料室には内側から鍵をかけてあるし、誰もこの時間には立ち入らないはずだった。

 可能性があるとすれば――。


(くそ……もとから中に誰かいたのか……!?)


 だとしても、誰が、なぜ……?

 ジェイドは手を上げて、恐る恐る振り向く。

 するとそこには、ジェイドの知っている人物が立っていた。


「ま、マリア…………?」


 

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