第3話 事件の朝
寮を抜け出したジェイドは、暗殺ギルドの資料室までやってきた。
ジェイドの忍び足は、その実、暗殺ギルドの誰にも引けを取らないレベルであった。
いつものように、誰にも気取られずに難なく資料室までたどり着く。
ジェイドは足音だけでなく、その姿も消すことができた。
もちろん、資料室の鍵を開けることも造作もないことだ。
「さて、今日の分を確認するかな」
ジェイドはこうして、ほぼ毎日のように資料室で情報集めをしていた。
資料室には、暗殺ギルドで請け負っている仕事の内容が細かくまとめられたファイルがあった。
誰がいつどこで、誰を暗殺する仕事を、誰から請け負ったのか。また、それでいくら儲かったのか。費用はいくらかかったのか。
ジェイドがしばらく資料を漁っていると、ふとマリアの名前をみつけた。
上級貴族の暗殺任務に、ちょうど今夜からマリアがとりかかるという予定になっているようだ。
しかし、そのターゲットとなる貴族というのがくせものだった。
「ラインワルト卿か……」
ラインワルトはこれまでにも何度か暗殺を企てられている、悪徳貴族だ。
しかし、そのどれもが失敗に終わっている。
それだけラインワルトという男は用心深く、警備も厳重だ。
私兵に堅く守らせているだけでなく、ラインワルト本人もかなりの手練れだという噂。
なぜマリアがそんな危険な任務についているのかは謎だったが、とにかくジェイドはそのページが気になってしばらく眺めていた。
「ま、俺には関係ないか……」
マリアのことを心配する気持ちが、ないわけではなかった。しかし、ジェイドの達成すべき目的からすれば、どうでもいいことだった。一度食事をおごっただけの仲だ。暗殺ギルドのメンバーに、特に肩入れしないのが、ジェイド・アルフォンシーノという男だ。
「さて、そろそろ帰らないとな。今日もめぼしい情報はなかった」
資料の確認を一時間ほどで切り上げ、ジェイドは部屋を出る。あまり長いすると、リスクばかりが増える。
それにジェイドの本職は料理人。料理人の朝ははやい。
適当に倉庫から酒と薬を盗み出し、寮へと戻る。
「ほら、持ってきてやったぞ。巡回はこなかったか?」
「ああ、大丈夫だ。ありがとよ」
キムに酒と薬を投げ渡して、ジェイドは眠りについた。
しばらくの間キムがスナック菓子をボリボリと食べながら、晩酌をしているので、ジェイドはそれが気になって寝つけずにいた。
キムもジェイドがまだ起きていることに気づいていた。
「なあ、まだ続けるのか……?」
「もちろんだ」
「もういいんじゃないか? お前のやろうとしてることは、あまりに危険だぞ」
「関係ない。俺の命は、そのためだけに使うと決めたんだ。大丈夫、お前に迷惑はかけないさ。お前も酒を飲んだらもう寝ろ」
「ああ……だが、くれぐれも無理はするなよ……」
その後、たわいない会話が続いて、知らぬ間に二人とも眠っていた。
◇◇◇◇◇◇◇
翌朝、騒がしい声で、ジェイドは目が覚める。
なにやら暗殺ギルド内であったようだ。
暗殺者たちが噂をしていて、それが人づてに雑用係たちにまで伝わってきた。
まだジェイドが料理の仕込みをするより前、かなりの早朝だというのに、人だかりができている。
「どうしたんだ……?」
人だかりの適当な人物に向かって、ジェイドが問いかけると、
「人が死んだらしい。暗殺失敗だ」
「そうか……」
暗殺者が暗殺に失敗するのは珍しいことではない。
しかし、彼らも素人ではない。
普通であれば正体を知られずに帰還するなどすることは難しくない。
そもそも、失敗といっても、殺されるようなリスクまではとらないのがプロだ。
だから、暗殺失敗で人が死ぬなんてことはめったにない。
よっぽどのへまとして、暗殺ギルドではとらえられる。
だが、命を扱う仕事だからこそ、その命に対する敬意もまた大きかった。
暗殺ギルドの連中は基本ドライだし、仲間意識も薄い。
しかし、仲間の死にはひどく心をいためる。
失敗のリカバリーをするのも、仲間だからだ。
「それで……誰が死んだんだ……?」
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