第2話 ジェイドのオムレツ
ジェイドの作るオムレツは他と一味違っていた。ふんわりと焼き上げた卵に、バターたっぷり。しかもソーセージとチーズが入っている。なによりその焼き加減が最高だった。
おかげで、暗殺ギルド【黒雲の落雷】のギルド食堂一番の人気メニューだった。
「さあ、食べてくれ」
出来上がった特製オムレツを、女性のもとへ差し出すジェイド。女性は卵の輝きに目を奪われ、今にもよだれが出そうなくらいだった。
「ありがとう。じゃあ、せっかくだからいただくわ」
女性がフォークを卵に差し入れると、一気にバターの香りが食堂中に広がった。チーズをフォークで絡めとって、ソーセージを突き刺し、口に運ぶ。
「すごい……とっても美味しい。こんなオムレツ初めて食べた」
「だろうな。君はいつも食堂に来ない」
暗殺ギルドの中で、ジェイドの食堂を利用するものは一部のものだけだった。特に新人は利用しない。暗殺者というものは、用心深く、自分の口に入れるものにも自分で責任を持ちたがる。もちろんみんな毒への耐性は訓練により身に着けているが、念には念を入れよが暗殺者の心得だった。
例にもれず彼女も、普段は外で、自分で用意したものを食べる。外食なんてのはもってのほかだ。暗殺者たるもの、いつ命を狙われるかわからない。それだけ、多くの恨みを買う仕事だし、情報の漏洩などにも最新の注意を払う。
「ごめんなさい、別にあなたの料理が信用できないというわけじゃないの。ただ、私の仕事は後片付け専門だから、ギルドを離れてることが多くてね」
「ああ、わかるよ」
「今日はちょうど、あの男に文句つけてやりたかったから」
「なるほど」
それからオムレツをあっという間に平らげると、女性は席を立った。暗殺者は食べるのが早い。
「そういえば、まだ名前をきいてなかったわね?」
「ジェイドだ。ジェイド・アルフォンシーノだよ。マリア・ローズさん」
「私の名前……知ってたの? 名乗った覚えないんだけど」
「俺は料理人だ。料理人は事情通。これ、世界の常識な」
「そう。知らなかった。ま。なんでもいいけど、とりあえずこれからよろしくね? 美味しかった。また食べにくるから」
「ああ、ぜひ」
マリアが立ち去ると、ジェイドは洗い物をしながら独り言ちた。
「彼女も違ったか……ま、当然だろうけど」
◇◇◇◇◇◇◇
暗殺ギルドでの料理人の仕事は薄給で、ほぼ奴隷同然の扱いだった。
実際、ジェイドがここに来たのも奴隷として売られていたところ、その料理の腕を見込まれて料理人として雇われた。
普通のギルドの料理人であれば、もっと待遇はいい。しかし、ここは暗殺ギルドだ。
暗殺ギルドには様々な情報が眠っている。顧客のリストや、なにより暗殺者たちの顔や名前。
ジェイドにはそれを口外できないように、契約魔法がかけられていた。
もし彼が暗殺ギルドについてなにか話そうとすると、自動的に首が閉まる仕組みだ。
他にも、ここで働く掃除夫や補充係なんかにも同じ魔法がかけられている。
実はもっと簡易的なものだが、暗殺者たちにも似たような契約魔法がかけられている。暗殺者にとって、裏切りは絶対にご法度だった。
「おいジェイド、今日も行くのか?」
「ああ、もちろん」
ジェイドと同室の薄汚い恰好の男が、彼に問いかける。男の名はキム。同じく暗殺ギルドで雑用をこなす契約魔法で縛られた薄給奴隷だ。
暗殺ギルドの雑用係たちは、みな外出を厳しく管理されていて、基本的にはみなギルド内の寮から出られない。しかも暗殺ギルドは地下にあるものだから、ほぼ囚人のような生活だ。
「9時以降の外出は禁止って知ってるよな?」
「まあまあ、いつもの酒と薬を持ってきてやるから」
「っへへ、頼むよ。相棒」
「わかってる。あんたのような男が同室でこっちも助かってるよ」
ジェイドは部屋の鍵を器用に内側から外すと、寮を抜け出した。いつものことだった。
残されたキムは、開いたままの扉をうらめしそうに睨んでいた。そして「そうだ」と立ち上がって、試しにドアから外を覗いてみようとする。だがその瞬間――。
「いてててててて……!!!!」
キムの首にかけられた契約魔法がわずかに反応し、彼の首がほんの少しだけ締まる。たまらずキムは首をひっこめた。
「やっぱあいつだけか……」
悔しいが、ジェイドの帰りを待つしかない。彼が帰りにとってきてくれる酒と薬だけが、キムのわずかな楽しみだった。
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