暗殺ギルドの料理人~実は料理人が最強の殺し屋だって知ってた?

月ノみんと@成長革命2巻発売

第1話 ジェイド・アルフォンシーノという男


「おい、料理はまだか!」

「はい、ただいま」


 暗殺ギルドの先輩連中に急かされ、ジェイド・アルフォンシーノは必死に手を動かしていた。

 さっきからドガスの機嫌が悪い。おそらくまた暗殺に失敗したのだろう。

 ジェイドが心の中で悪態をつきながら、ドガスに頼まれたオムレツを焼いていると――。


「てめえ、もういっぺん言ってみろ!」


 食堂から、ドガスのききなれた怒声がきこえてきた。しかし、どうも今回はジェイドに向けられたものではないようだ。

 ジェイドは魔道具の火を止め、厨房から顔をのぞかせた。

 テーブルを挟んだ反対側に、大男のドガスとは打って変わった身綺麗な女性が立っている。暗殺ギルドには不釣り合いなほど、華奢で無垢な感じの女の子だ。

 どうやらドガスの怒号は、その女性に向けられたものだったらしい。二人はものすごい剣幕で睨み合っており、今しも喧嘩がはじまりそうな予感だ。

 ジェイドは「はぁ……またか……」とため息をついて、二人の間に割って入る。


「あのなぁ。なにがあったかは知らんが、ここは飯を食う場所なんだ。あんたらが血なまぐさい商売をしているのは百も承知だが、食う時くらは静かにしてもらいたい」


 暗殺を仕事としているこのギルドのメンバーたちが、本気で喧嘩をすると必然、流血沙汰に発展する。料理人としても人間としても、ジェイドは止めざるを得なかった。ドガスのような荒くれものに、歳の近い女の子が絡まれているのを、どうしても放ってはおけなかったのもある。

 急に厨房から出てきたコックがそんなことを言うもんだから、ドガスは驚いて、さらに怒りをあらわにした。その怒りは、今度はジェイドに向けられる。


「この女が俺の仕事に文句をつけてきやがったんだ! 悪いのはこの女だ!」


 ドガスは女性に指をさして非難する。しかし、女性のほうも負けじと言い返す。


「ふん、その程度の仕事しかしてないからでしょ。あんたの失敗の後片付けをするのはいつもこっちなんだから!」

「なんだとこのアマ……!」


 勢い余って、ドガスが女性に殴りかかる。しかしそこをすかさず、ジェイドが止めに入る。ドガスの鉄球ほどある拳から繰り出された強烈なパンチを、ジェイドは涼しい顔で受け止めた。


「ぐぬぬ……なに……!?」

「そのへんにしないか?」

「てめぇ、調子に乗るな……!」


 ――ドゴ!


 ドガスの蹴りが、ジェイドの腹に炸裂する。ジェイドはわずかによろけると、近くにあった壁に寄りかかるようにして耐えた。


「ぐぁ……!」

「ふん、料理人は大人しく飯だけつくってろ。どけ雑魚が。今回はこれで許してやるよ。今夜の飯が食えないと困るからな。俺を憎んだからって毒だけは入れないでくれよ? まあ、俺たち暗殺者はみんな毒耐性を持ってるから意味ねえけどな! がっはっは!」


 ドガスはそれだけ言うと、とりまきを引きつれて食堂から出て行こうとした。腹を抑えながら、ジェイドが大声を振り絞って呼び止める。


「おい! オムレツはいらないのか!」


 ドガスは一度だけ振り向くと、めんどくさそうに、


「てめえのせいで飯がまずくなった。今日は他で食う。野良犬にでもくれてやれ」


 と、それだけ言って出て行ってしまった。

 ジェイドは気が抜けたように、壁から地面へと体重を移し、座り込む。

 そこにさっきの女性が、申し訳なさそうに、駆け寄って来た。


「だ、大丈夫なの……? あなた……」

「ああ、俺なら大丈夫だ。それより、食堂でもめごとはやめてもらいたい」

「それについては、ほんとごめんなさい。でも……助けてくれたのよね? その、ありがとう」

「問題ない。俺は自分の職場を血で汚されたくなかっただけだ」


 ジェイドはふらふらと立ち上がると、何食わぬ顔で女性に問いかけた。


「なあ、ここにオムレツがひとつ余ってるんだが、あんたいらないか? なにかの縁だ。サービスするよ」


 さっき蹴りを喰らったばかりだというのに、オムレツの話か。と、女性はあきれて笑ってしまった。ただの料理人のくせに、身体を張って自分を守ってくれた。そんな彼に、どこか不思議な魅力を感じてしまっていた。


「ふふ……変な人ね」

「そうか……? 俺はただの料理人だが」




◆◆◆◆




 不機嫌をそのまま体現したような態度で、ドガスは街に繰り出していた。

 その様子は暗殺者というよりも、ほとんど街のチンピラに近い。

 珍しく荒れているリーダーに見かねて、とりまきの男が口を開いた。


「どうしたんですかドガスの兄貴。なにもそこまでお怒りになることねえでやんす。あんなクソみてえな料理人、歯牙にもかけないのが普段の兄貴でやしょう?」

「この期に及んでまだそんなのんきなことを言っているのかお前は」

「はい……? なんのことで……?」

「お前、見ていて気付かねえのか? あの男、料理人だと!? ふざけるな!」


 言いながら、ドガスは目の前の壁を蹴ってみせた。

 ――ドゴーン!!!!

 すると、壁には大きな穴が、いとも簡単にぽっかりと開いてしまう。


「さすが、ドガスの兄貴! すごい威力でやんす!」

「ああ、だがあの男……傷一つないどころか、気絶せずに立っていやがった。俺の蹴りをまともに喰らっておいて、だ。なにもんだ……? あいつ」

「さぁ? ただの料理人でやんしょ?」

「だといいがな。ふん。いけ好かない野郎だ」

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