六〇七年 夏の二節

 二節になった。水祷祭が迫り、大人たちの緊張が子供たちにも伝わる季節だ。ついてこないようにと、大人たちは正確な日を子供に教えない。

 とある店の物置で、数人の子供たちが額を付き合わせ相談していた。


「去年はナガレの週だったよ」

「じゃあ今年は流にはやらないな」

コゴリの週にやるかな?」

「凝じゃ遅いよ。タマリトマリの週終わりにはするんじゃないか?」

「一昨年は溜にやってた気がする」

「それなら今年は止かな」

「じゃあ、その日に」

「決まり」「決まり」「決まり!」


 好奇心の抑え方を知らない子供たちは、「止の週に」と約束し合って物置を出た。彼らの相談を知るのは、床下で息を潜めていたネズミだけだった。




 その日は雲一つない青空だった。

 父エオロからあるものを譲ってもらったユノは、ユピトと遊べる時間を心待ちにしていた。早く家を出られるようにと、いつもより早起きし、父の薬草畑に水をやり、母の料理の手伝いをし、忙しく働いた。

 いつもなら「遊びたいときだけ張り切るんだから」と腰に手を当てる母も、「またユピトと遊ぶのかい?」と心配そうに眉を下げる父も、今日はどこか上の空だった。

 今日は、両親ともに予定がある日だとユノは聞いていた。母は卵屋のラグおばさんに卵料理を教わりに、父は木こりたちと森に入って薬草の採取をする予定だと。それが楽しみなせいで上の空なのかな、と気にしつつ、ユノはあえて尋ねたりしなかった。


「今日は森に入っちゃだめよ」


 家を出る母が、ユノにそう言い含めた。

 水祷祭が近い今、子供が森に入ってはいけないなんて今更言われるまでもない。なぜそんなことを言うのかな、と首を傾げるユノに、父が慌てて「今日は暑いから」と言い訳のように付け加えた。


「今日は暑いから、水浴びしたくなるだろう? だからって森へ行っちゃいけないよって、そう言いたいんだよ、僕のヘーゼルアイは」


 そう言われれば、納得できなくもない。だがユノは、今まで森で水浴びなんてしたことがなかった。ますます訳がわからず首を傾げるユノに、父と母は頬へキスをすると再度「森へ行かないように」と言い聞かせた。


「最近、ユノはお転婆だからね。ユピトの影響かな?」

「そんなことないもん。ユピトは悪くない」


 膨らんだ頬に、父エオロは笑いながらもう一度キスした。母オセルも、両頬にキスをする。


「私たちの可愛いヘーゼルアイ。いい子にしててね」

「わかった。いってらっしゃい、お父さん、お母さん」


 ユノにはあと一つ、事務室兼書斎の掃除が残っていた。それさえ終わればユピトのところへ遊びに行ける、とユノは大急ぎで――けれど帰ってきた母に叱られないよう丁寧さを忘れずに――掃除を済ませた。あとは、換気をしていた窓を閉めれば完遂だ。

 開け放した鎧戸を閉めようとして、ユノは遠くからやってくるユピトの姿に気づいた。大きく手を振ると、ユピトからも見えたようで、ぶんぶんと手を振るユピトが駆けてくるのが見えた。

 ユピトはあっという間に窓辺に着くと、眩しい笑顔をユノに見せた。


「ユノ、おはよう!」

「おはよう、ユピト! あのね、お父さんからこれをもらったの」


 ユノが父エオロから譲ってもらったのは、包帯一巻きだった。ただの包帯ではなく、最近ルベルの町で売り出されたという、風通しの良い生地を使った包帯だった。いつも包帯を巻いたユピトが暑そうだからと、父に頼み込んで一巻きだけ譲ってもらったのだ。

 不思議そうに包帯を眺めるユピトに風通しの良さを説明すると、ユピトはパッと表情を輝かせた。


「これ、おれが使っていいのか?」

「もちろん! ユピトに使ってほしくて、お父さんからもらったんだもん」


 きょろきょろと周りを気にするユピトに家へ入るよう言って、ユノは玄関へ回った。

 遠慮がちに家へ入ったユピトに、ユノは「はい!」と包帯を手渡した。大事そうに包帯を受け取ったユピトは、台所の隅っこで包帯を取り替えた。壁を向き、決して誰にも額の傷跡を見せないようにして、ユピトは包帯を解いていく。それを見ないように、また誰かが覗かないように、ユノは扉の外に注意していた。


「できた」と声が聞こえるまで、それほど時間はかからなかった。真新しい包帯を巻いたユピトは、笑顔でユノに礼を言った。


「ありがとう、ユノ。これ、軽いんだな!」

「前のは重かったの? 軽くなって良かったね」


 にこにこ嬉しそうなユピトを見て、ユノも嬉しくなってにこにこしていた。しばらく互いににこにこ笑い合っていたが、ユピトは何か思い出したようにハッとした。


「そういえば、ユノ」

「なぁに? 何か忘れ物?」

「ユノんちに来るとき、小さい子たちが何人かで塀沿いに歩いてたんだ。おれんちの方を向いて歩いてた」


 塀沿いに歩いていたくらいで、何か問題があるわけではない。だが、ユピトはその方角に何があるかを知っていた。


「おれんちの近く、畑のすぐそば……塀に、ちっちゃい穴が開いてる。大人じゃ気づかないし、通れない。でもおれたちくらいなら……」


 ユノの顔がさぁっと青ざめた。ユピトの顔からもサッと血の気が引く。どうしよう、とおろおろしながら、二人は外へ出た。カルウィンに相談するか、ダナンに相談するか、二人は迷った。しかし迷わずとも、相談すべき相手は二人の前に現れた。

 息を切らせたダナンが、二人を見つけて駆け寄ってきた。


「あのっ、さぁ! ちびたちが何人か、固まってるの、見なかった!?」


 ぜぇはぁと息を切らすダナンに、ユピトは先ほど見たもの、そして畑のそばにあるものについて話した。ダナンの顔も、二人同様青くなる。


「塀に穴なんて……いや、そうか。前に怪物が塀にぶつかったことがあったっけ。そうか、そのときのひびが穴になったのか……」


 水祷祭が執り行われる日は、まさに今日だった。三役の息子であるダナンとカルウィンは、子供たちの見張りを頼まれていたそうだ。勘のいい子供たち数人は今日こそが水祷祭と気づき、二人の監視の目から逃れて森へ向かったというわけだ。がっくりと膝をついたダナンだが、すぐに立ち上がった。


「今の話、カルウィンにも話してくれる? おれは森に行くから」


 そう言って走り出そうとするダナンを、ユピトが止めた。


「お、おれが、森に行く。ダナンは疲れてるし、おれのが、足速いし……」

「それならっ、わたしも!」


 ダナンは「そんなわけには」と首を振ったが、二人は頑として譲らない。言い合う時間も惜しく、ダナンは「わかった」とうなずき踵を返した。


「おれもカルウィンも、すぐ追いかける。危ないことはしちゃだめだよ、二人とも」


「わかった」とうなずき、ユピトはユノの手を引き駆け出した。

 ユピトの家を通り過ぎて畑へ行くと、確かに、塀に小さな穴があった。ユピトが先にくぐり抜け、ユノも穴を通った。カルウィンは通れないかもしれないなと思ったが、伝えるすべがないので、二人はそのまま森へ入った。

 いつもは、マナズに見守られながら森の入り口で遊ぶだけだ。だが今日は、初めて森の奥へ入る。緊張するユノの手を、ユピトは安心させるように強く握った。

 ユピトは何か目印でも見えているかのように、まっすぐに進んだ。迷いも躊躇もない足取りにユノが尋ねると、ユピトは自分の鼻先をちょんとつついた。


「においで、わかる。知ってるにおいだ。大人たちのにおいもする」


 いくらユノでも、今回ばかりは半信半疑だった。だが、脱走した子供たちに見事追いつくと信じるほかない。ユピトに追いつかれた子供たちが驚きに目を丸くする。


「ユピト、何でここがわかったんだよ!?」

「しっ! ばか、でかい声出すとバレる!」

「ユピト、何でおれらがここにいるってわかったんだ?」

「に、においで……」

「においぃ?」「うっそだー」「ばっかでー」


 子供たちにわらわらと群がれながら、ユピトは「帰ろう」と促す。最初は渋った子供たちも、ダナンがカルウィンを連れて追いかけてくると聞くと諦めた。


「ちぇー」「短い冒険だったなぁ」「水の神様、見てみたかったのになー!」


 好き放題言いながら、帰り道がわかるユピトを先頭にしてぞろぞろと歩き出す。ユノは最後尾だった。また誰かが逃げ出さないよう、見張るためだ。

 大人たちに見つかる前に帰ることができそうで、ユノはホッとしていた。少し、気が緩んでいた。


 ――何で、においなんてわかるんだろう。こうやって並んで歩いてても、木や草の匂いのほうが強くてわからないはずなのに。


 すんすんと鼻を鳴らしてみても、やはりユノには彼らのにおいも大人たちのにおいもわからない。ううん、と不思議がりながら歩いていたユノは、足下に注意を払っていなかった。

 中に放り投げられたような感覚とほぼ同時に、ユノの視界からユピトたちの背が消えた。代わりに見えるようになったのは、土肌だけだ。

 どうやら、ユノは穴に落ちてしまったようだった。不幸中の幸いか、罠として作られたものではないらしい。穴の狭さは子供二人分ほど。底には土と石ころしかない。もしも狩猟用の罠だったらと考え、ユノは背筋が寒くなった。

 遅れて、ズキズキと不快な痛みが足首に走る。小さく呻くユノの頭上から、誰かが「ユノが落ちた!」と言う声が聞こえた。見上げると、歪な丸に切り取られた空を背景に、子供たちが心配そうにユノを見下ろしていた。その中には、ユピトの顔もある。「ユノ!」と呼んで下りてこようとするユピトに、ユノは「大丈夫!」と空元気を返した。


「わたしは大丈夫だから、ユピト、先に戻って! カルウィンたちが来るまでに、頑張って這い上がるから!」


 ユピトは悩んでいるようだった。背中を押すように「大丈夫」と繰り返すと、ユピトは「わかった」と声を絞り出した。


「すぐ……すぐ戻る! 待ってろ、ユノ!」


 ユピトがそう言ったのを最後に、ユノの周りから人の声が消えた。ユノは穴の底にひとりぼっちになった。

 土の壁に手をつき、何とか立ち上がる。強かに打ちつけた尻が痛かった。捻ったであろう足首が痛かった。這い上がろうにも、足の痛みが邪魔をした。土に背をつけ、ずるずるとへたり込む。


 ――一人じゃ、上がれない。


 じりじりとした焦燥感がユノを襲った。泣きだしそうになるのを堪え、穴底で膝を抱えてユピトを待つ。頭上で音が聞こえるたびユピトかと期待し顔を上げたが、動物すら通りかからなかった。


 ――誰にも見つけてもらえなくて、このままずっとここにいなきゃいけないのかな。


 そうなれば自分は干物になってしまうのだろうか、とユノは想像した。からからに干からびた自分を想像すると、ユノの榛色の目に涙が浮かんだ。さっきは堪えられた涙も、今度は止められなかった。

 ぽろぽろ、ぽろぽろと、次から次へと涙が生まれては流れ落ちる。ユノは膝に額を押し当てた。誰にも聞こえない小さな声が、ユピトの名前を呼んだ。

 それが聞こえたかのように、ユピトが穴の上から顔を覗かせた。


「ユノ! 大丈夫か? あれっ? 泣いてるな。どっか怪我したのか!?」


 自分を心配する金色の目を見て、ユノはまた新しい涙をこぼした。それを拭い、「大丈夫」と首を振った。


「ユピトが来てくれたから、もう平気」


 うなずいたユノに、ユピトは「おれもそっちに行く!」と言うやいなや、止める暇もなく穴に飛び降りた。ユノの隣に軽やかに着地したユピトは、太陽のような眩しさで笑った。


「ゆ、ユピト、どうして……」


 どうして下りてきたの、という意味だったが、ユピトはそう受け取らなかった。


「カルウィンとダナンが来たから、小さい子たちは預けて引き返してきた!」


 穴の中に二人でいても上れないよと思ったが、ユノは何も言わなかった。たとえ這い上がれない穴の底でも、にこにこ笑うユピトがいるだけで、ずいぶんと明るい気持ちになれたからだ。


「じゃあ、二人で待ってよっか」


 足の痛みのせいで力なく笑うユノを見て、ユピトは悩むように首を捻った。んん、と唸ったユピトは、穴の高さを見て、土を触った。それで何かわかったのか、確信したようにうなずいたユピトは、ユノに向き直った。


「おれ……このくらいなら、ユノを背負ってよじ登れる。……と、思う」


 でも、とユピトは目を伏せた。


「ユノには、目、閉じててほしい。目を閉じたまんま、おれの背中にしがみついててくれって言って……ユノ、そうしてくれるか?」


 ユピトの頼みを、ユノが断るわけがない。ユノがうなずくと、ユピトはしゃがんで背を向けた。乗れ、ということだ。ユノは恐る恐る背中にしがみついた。ぎゅうと目を瞑り、ユピトに合図する。

 急に、森を流れる空気が変わった。雲一つない青空だというのに、雨の気配が漂いだした。目を閉じるユノの鼻を、今にも雨が降り出しそうな空気がくすぐる。

 ユノの鼻をくすぐるのは、雨の匂いだけではなかった。ユノは、ユピトの髪が急に伸びたのかと思った。毛の感触がユノの鼻をくすぐっていたのだ。うっすらと、ほんの少しだけ、ユノは目を開けた。ユノの目に見えたのは、紫がかった、真っ黒くごわごわした毛並みだった。

 ああ、とユノはため息をつきそうになった。だが、堪えた。ユピトのために、自分のために、何も見ていないふりをした。

 ユノを背負ったユピトは、ぐぐ、と体に力を込めた。振り落とされないよう、ユノは毛皮にすがりつく。

 爪が土塊を掻く音が穴に響いた。がりっ、がりっと小気味いい音を立て、ユピトは跳ぶように穴を這い上がっていく。穴を出て地面に降り立ったときには、二人の体は地面に水平になっていた。

 目を閉じたまま、ユノはユピトの背中から下りた。決して目を開けず、ユピトがいいと言うのを待つ。

 ユピトが迷子になったような声で「ユノ」と呼んだ。目を開けると、そこにはいつものユピトが立っていた。合わせた両手をもじもじさせ、ユピトは泣きそうな顔でユノを見ていた。


「……おれ、親父の子じゃ、ないかもしれない」


 ユピトはぽつりと呟いた。


「おれ、もしかしたら、本当に獣の――」


 それより先を、言わせたくなかった。ユノはユピトの両手を掴んだ。


「ユピトはっ、だよっ」


 目を丸くするユピトを正面から見つめ、ユノは「恩人だよ」と繰り返した。声が震えるのは、泣きそうだからだ。ユピトが言いたくもないことを、自ら言おうとするからだ。


「ユピトはわたしの友達だよ。穴に落っこちたわたしを助けてくれた、恩だよ。ユピトは、困ってる人を助けられる優しいだよ。ユピトは、ユピトはっ……ユピトだよ、それ以外の何でもない!!」


 最後は、泣きながら叫んでいた。ユピトの金色の目に、きらきら光る涙が浮かぶ。

 ユノに手を握られ、ユピトは涙を拭うことができない。だから肩で涙を拭い、照れ笑いを浮かべた。


「ありがとう、ユノ」


 ユノはぽろぽろと涙を落とし、何度も首を横に振った。ありがとうは、ユノの台詞だ。

 ひとしきり泣くと、二人はそっと手を離した。ユノはユピトに約束した。


「ユピトがどうやって穴から出してくれたか……言わないよ。カルウィンにも、ダナンにも、秘密にするから」

「うん。……帰ろう、ユノ」

「帰ろう、ユピト」


 二人は手を繋ぎ、迷いもせずまっすぐにウィリデの町へ帰った。秘密の穴からウィリデに入ると、カルウィンとダナンにこっぴどく叱られながら、先ほどの子供たちが二人を出迎えた。


「ユピトすげーな! 大人たちに一回も会わなかった!」

「ダナンもユピトくらい鼻が良かったら、おれたちのこと見失わなかったのになぁ?」


 ニヤニヤする子供たち相手に、ダナンは苦笑する。反対にカルウィンは「ああん!?」と眉を跳ねさせた。


「だったら次からユピトに見張らせるからな!? そうすりゃお前ら逃げらんないだろ!」

「あっ、それだめだ! 絶対見つかる!」

「ユピト、ユピトは次もユノと遊んでて!」

「おれたち来年こそ水祷祭見たいんだ!」

「子供は見に行くなって言われてんだよ!!」


 カルウィンに怒鳴られても、子供たち聞く耳を持たずユピトにまとわりついては「においってどうやってわかんの?」「どうすれば嗅ぎ分けられるようになんの?」「どうしたらユピトみたいになれんの?」と離れない。

 困り果てるユピトと怒り狂うカルウィンを、ユノとダナンは少し離れたところから見ていた。ダナンはユノの顔をちらと見て、「大丈夫?」と手巾を差し出した。ユノの顔には、まだ泣いた跡が残っていた。


「穴に落ちたんだって? 怪我は?」

「くじいちゃったけど、歩けるから平気」

「そっか、よかった。ユノに何かあったら、エオロ先生が倒れちゃうだろうから」


 慌てふためく父を想像し、ユノはふふっと笑った。ダナンも小さく笑う。

 ユピトがウィリデに来なければ、ユノはこんな風にダナンたちと話すこともなかっただろう。ダナンを先生に勉強会をしようなんて、誰も言い出さなかっただろう。

 ユノは神獣の話を思い出した。声を潜め、「ねえ」とダナンに尋ねる。


「神獣って、悪いものなの?」

「ええ? どうしたの、急に」


 ダナンがそう聞き返すのも当然だ。突然過ぎたかと後悔しながら、ユノは「ちょっと気になったて」と口を濁した。はっきり言わないユノの様子を訝しみつつ、ダナンは「神獣といえば」と以前約束していた勉強会のことを話題に上げた。


「今度の勉強会で、神獣の話を扱おうと思ってたんだ。ユノも、挿絵がついたものなら読んだよね? あれでユピトに読み書きを教えようと思うんだけど、どうかな」

「絵がついてるなら……内容も頭に入りやすいし、いいと思う」


 でも、とユノは顔を伏せた。神獣の話を、ユピトはどう感じるだろう。そう思いながら、ユノは先を続けられなかった。ダナンが「どうしたの」と尋ねても、ユノは「何でもない」と首を振った。

 カルウィンが、未だユピトにまとわりついて反省の色を見せない子供たち一人ひとりにゲンコツを落として回る。子供たちは頭を押さえ「痛い!」「横暴!」「暴君!」と逃げ回る。「何だとぉ!?」と子供を追いかけようとするカルウィンを、ユピトが懸命に宥める。それを見て、ダナンが「しょうがないなぁ」と仲裁に加わる。

 ユノは立ち尽くしていた。足がズキズキ痛むから、怒るカルウィンの仲裁が怖いから、泣いた顔をほかの子たちに見られたくないから、と理由を挙げればいくつもある。だが、そのどれも、少し違った。


「……もしもユピトが人じゃなかったら、どうなっちゃうんだろう」


 神は、祀られる。

 怪物は、討伐される。

 神獣は、神のような力を持ちながら、怪物と同等の扱いを受け、討伐された。

 ユノの脳裏に、先の節に「ユノがいなくなったら」と泣いたユピトの顔が浮かんだ。

 乾いたはずの涙がまた滲む。


 ――わたしだって、ユピトがいなくなるのは、いやだ。


 ユノの胸に、誰にも言えない秘密がごろり、ごろりと転がった。

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