六〇七年 夏の一節
夏が来た。雨期も折り返しとなる。
ヤラィの弟子は節をまたいでも滞在し、彼らの身の回りの世話を任されたダナンは、毎日忙しそうにしていた。
家の手伝いに客人の世話にと忙しそうなダナンに勉強会の催促なぞできず、二人はダナンに余裕ができるのを待っていた。そうして待っていたら、彼らは日数でいうと一つの節まるまるヤラィ宅に滞在した。
弟子たちがヤラィとの別れを惜しみながらウィリデを発ったと聞き、まずユピトがユノへと知らせに走った。ユピトからの知らせを聞き、ユノが「じゃあダナンのところに行こう!」とユピトを誘った。待ち合わせ場所は、二人の家の中間地点、中央広場にした。
二人は一度別れ、大急ぎで家の手伝いや仕事を終えると、広場へ走った。二人が到着したのは、ほぼ同時だった。
「ユピト、汗かいてる!」
「ユノも、顔が真っ赤だ!」
指摘し合って、二人は顔を見合わせ照れ笑いを浮かべた。二人は互いの小さな手をぎゅっと握って、ダナンの家へと急いだ。
だが、広場を出る前にフェオに捕まってしまった。
「やあやあ、ユノ嬢にユピト。きみたち、おうちのお手伝いは終わったのかね」
「お、終わった。……ました」
「ちゃんと終わって、お父さんにもお母さんにも遊びに行くって伝えてあります」
「そうかそうか。ユノ嬢はしっかりしてらっしゃる。さすがはエオロ先生の娘。感心感心」
顎髭をつまみ、フェオがうんうんとうなずく。ユノはユピトの手を取り、丁寧にその場を辞去しようとした。だが、フェオは決して二人を離さなかった。
「うちの倅はまだ手伝いが終わってなくてね。どうだい、友のために手伝ってやろうという気概はないかい?」
ユピトが首を傾げる。フェオの言い回しは、ユピトには難し過ぎた。だが、ユノには伝わった。ユノが渋々「はぁい」とうなずくと、ユピトも訳がわからぬまま「わかった!」と元気よく返事をした。
にこにこ笑うフェオは、二人を自宅兼店舗の裏庭へ連れて行った。裏庭には大きな荷台が停められ、カルウィンがせっせと荷物を下ろしていた。
荷台で荷物を抱えたカルウィンは、しょんぼりしながらフェオの手を握る二人を見ると、呆れ顔になった。
「悪いこと言わねえからよ……親父を見たら逃げちまえよ。次からはそうしろ。いいな?」
「わしが無理矢理手伝わせてるような言い方だなぁ」
「無理矢理だろ。見ろよこいつらの顔。しおれた野菜みたいになっちまってんじゃねえか!」
二人のしょんぼりと元気をなくした顔を見て、フェオは腹を抱えて笑った。
ひとしきり笑ったフェオは、帳簿をつけるからと家の中に引き上げていった。残されたのは子供三人のみだ。そのうち二人は、荷物の扱いを心得ていない。カルウィンは「何だってこいつらを連れて来んだよ……」とぼやきながらも、二人に的確な指示を出し、荷物の置き場を采配した。
手伝い出すと、あれだけ元気のなかった二人の目がきらきらと輝きだした。今回の荷物は日用品ばかりではない。二人の目に初めて映る不思議な品も多く積まれていた。
例えば、真ん中でキュッとくびれた透明な瓶。中は砂と水で満たされていて、きらきら光る細かい砂が、水の中と思えないほどゆっくり落ちる。
例えば、刃の部分が緑色の鎌。金属のように固くひやり冷たいのに、驚くほど軽い。持ち手の重さしか感じない鎌ならば、腰に下げていても苦にならないだろう。
例えば、猫の目に似たまん丸な石。
橙がかった半透明の部分は、覗けば向こうもくっきり見える。石の芯の部分は黒く、縦に裂けた傷のよう。
猫の目が呪いにより石になったのだと聞けば、大概の人間が納得するだろう。
これらの品の説明を、二人は目を輝かせカルウィンに求めた。早く仕事を終わらせたいカルウィンは「手ぇ動かせ」と答えなかったが、二人が説明を聞くまでまともに働かないとわかると、渋々説明を始めた。
「カルウィン、これ何だっ?」
ユピトが掲げたのは、猫の目のような石だった。カルウィンは「落とすなよ!」と怒鳴りつつ、石の名を答えた。
「見たまんま、猫の目石だ。手で包んで暗くしてみろ、光るぞ」
カルウィンに言われた通りにユピトが猫の目石を手で覆うと、芯の部分がぶわりと広がり、半透明だった部分がぴかぴかと光り出した。
ユピトが感嘆の声を上げ、ユノもユピトの手元を覗き込むと、はしゃいだ声で「きれい!」と猫の目石のように目を輝かせる。
二人の様子に、カルウィンは得意げな顔になる。ふふんと抑えきれない笑みをこぼしながら、猫の目石の説明を続けた。
「これを火にくべて、灰にして、その灰を水に溶かして光らせたい物に塗るんだ。そうすると、火を焚かなくても灯りがとれるんだぜ。すげえだろ」
「すごいな!」「とっても便利!」
二人が尊敬のまなざしをカルウィンに向けると、カルウィンの唇はますます弧を描いた。笑みを誤魔化すようにそっぽを向き「時間がたつと弱くなるけどな」と付け加えたが、それでも二人の目から尊敬は消えなかった。
「ねえカルウィン、これは?」
ユノが尋ねたのは、砂と水が入ったくびれた瓶だ。掲げてカルウィンに見せると、驚きの答えが返ってきた。
「それは土の神と水の神の二柱がご加護をくださった時計だ。水祷祭で使うから大事に扱えよ」
そんな大事なものだとはつゆほども思わず、驚いたユノはくびれた瓶こと時計を落としそうになった。
サッと顔を青ざめたカルウィンが手を伸ばしたが、それより早くユピトが動いた。ユノの手から離れた時計は、見事ユピトの手に受け止められた。へたり込むユノに、カルウィンが「言ったそばから……」と安堵と怒りの混ざった声で呟く。明るい顔をしているのは、ユピトだけだ。
にかっと笑ったユピトは「落ちなくて良かったな!」とユノの手に時計を戻した。
ユピトから受け取った時計をもう二度と落とさないようにと、ユノはぎゅっと胸に抱き込んだ。
「この……トケイ? って、何に使うんだ?」
首を傾げるユピトに、カルウィンは深呼吸をしてから答えた。
「いいか、水祷祭ってのは、水の神様に水不足にならないようお守りくださいって頼み込む祭りだ。水が不足すると人だけじゃなく畑も困るだろ。だから土の神様からも水の神様にお願いしてもらう。これはな、水の神様と〝話す〟ための祭具なんだよ」
カルウィンは「よく見ろ」と砂時計を指した。
「その中の水と砂、混ざってないだろ」
ユノとユピトが時計を陽に透かして時計の中をよく見ると、カルウィンの言うことが理解できた。時計の中の砂と水は触れ合っていない。薄い膜で隔たっているかのようだ。
「水の神様が了承したら、この水と砂は混ざり合う。混ざったかどうかは、水が光るからすぐわかる。水祷祭が終わればこれは〝ある場所〟に埋められるんだが、その場所ってのが……」
口をつぐんだカルウィンは、たっぷりと間を取った。ユノもユピトも、固唾を呑んでカルウィンが〝ある場所〟がどこか明かすのを待つ。二人の期待を裏切った。
「教えねえ」と言ってにやりと笑ったカルウィンは、次の品をユピトの手に押しつけた。二人が「ずるい!」と抗議してもカルウィンは聞く耳を持たない。
カルウィン曰く、「教えるとお前らもちびたちも見に行くだろ」とのこと。
水祷祭とは、四季の祭りの中で唯一子供が参加できない祭りだった。禁止されるとますます行ってみたくなるもので、毎年のように大人の尾行をしては森の手前でこっぴどく叱られる子供が後を絶たない。
今年のお目付役はカルウィンだった。なおさら水祷祭に関する場所については話せないのだ。
教えない代わりとでも言うように、カルウィンはまた違う荷物の説明を始めた。ユピトの手に押しつけたのは、緑の鎌だ。「これはな」とカルウィンは鎌について語り始める。
「この鎌はな、斧を持つ怪物の斧を加工したもんなんだってよ」
ユピトは斧を持つ怪物を知らないのか、きょとんとして鎌を手に持っている。反対に、隣にいるユノは弾かれたようにユピトから距離を取った。ユノは、斧を持つ怪物の眷属が苦手だった。目のない怪物の眷属ならば、気味悪く思うことこそあれど叫んだりするほどではない。だが、斧を持つ怪物の眷属は別だった。
逆三角形の顔。そこについた丸い目。目の中央の小さな瞳。ちりちりと動く顎。極めつけは羽だ。斧を持つ怪物自体は体が重くて飛べないと言われているが、眷属は飛ぶ。緑の体に隠した羽を伸ばし、羽ばたくのだ。
斧を持つ怪物の眷属が羽ばたく光景を思い出し、ユノは腰が抜けそうになっていた。そんなユノを見て、カルウィンは意地悪く笑う。
「七つにもなって眷属が嫌いなのかよ。あんなの、踏んづければそれでおしまいだろ」
「踏んづけっ……!」
「ユノ、眷属が嫌いなのか?」
「違うの、斧を持つ怪物の眷属が苦手なだけなの」
首を傾げるユピトに、ユノは懸命に言い訳する。その様子をケタケタ笑いながら、カルウィンは鎌の説明を続けた。
「王都じゃ倒した怪物からこういう加工品を作る技術ができたんだってよ。実際のとこ、あの怪物の斧は鎌らしいぜ。斧みたいに振り下ろして使いやがるから〝斧を持つ怪物〟って呼ばれてるけど、それもあいつらがでか過ぎるせいらしいな」
想像してぶるりと震えるユノの隣で、鎌を手放したユピトが「次はこれ!」と木箱を掲げた。ユピトが掲げた木箱は、子供の腕で一抱えほどの大きさだった。蓋に札が結びつけられていて、その札には流麗な字で『ダナンへ』と一言添えられていた。カルウィンは「ダナン宛てだな」と札をひっくり返した。
「王都にいるダナンの姉ちゃんだな。ダナンが先生になるからとかそんなこと言って、本を送ってもらったらしいぜ。親父が言ってた」
ユピトの目がキラッと光った。ダナンは約束を覚えていただけでなく、その準備も進めていたのだ。
ユノを振り返ったユピトは「早くダナンちに行きたいな」とはにかむ。ユノも「そうだね」とうなずき返すと、カルウィンが「おれは仲間はずれかよ」と拗ねた顔をした。珍しく素直に拗ねるカルウィンを見て、ユノとユピトは顔を見合わせ、ふふっと笑った。
「違うよ、カルウィンを仲間はずれにしたんじゃないよ」
「ダナンがな、ヤラィさんみたいになっても何言ってるかわかるように、ダナンに先生になってもらうんだ」
「ユピトが何言ってっかさっぱりわかんねーんだけどよ、おれ」
「えっと、ダナンに先生になってもらって、いろいろお勉強するの。カルウィンも、お勉強する?」
「なーんだ、勉強かよ。じゃあ仲間はずれでいいや」
「つまんねえの」と心底興味がなさそうにぼやいたカルウィンは、荷台から新しい荷物を下ろし、「働け働け」と再び二人をこき使い始めた。
カルウィンの采配の元、荷物をすべて運び終えた頃にはすっかり太陽が高くなっていた。見計らったようにフェオが出てきて「お昼をご馳走しようじゃないか」といつかのように二人に昼食を振る舞った。二人は素直にご馳走になったが、今日は家の中へは入らなかった。
カルウィン、ユピト、ユノの順番に荷台に腰掛ける。ぶらん、と足を浮かせながら、三人はフェオの妻が出したパンとチーズに齧りついていた。青空の下、友と食べる昼食は、三人にはどんなご馳走よりも美味しい食事だった。
「なぁ、カルウィン。ダナンち、ほんとに来ないのか?」
「しつけーな。おれも忙しいんだよ」
「お手伝い終わったのに?」
「ばか、このあとが本番だ」
大きく開けた口でパンにかぶりつくと、カルウィンはこれからしなくてはならない仕事内容を、指折り数えて挙げ始めた。そのほとんどが、二人の耳には初めて聞く言葉だらけだった。二人にわかったのは、店への陳列とウィリデの住民への配達だけだ。
配達と聞き、ユピトがカルウィンに提案した。
「ダナンの荷物、おれたちが届ける」
「いいのか? ちゃんと届けられるんだろうな? 落っことしたりなくしたりしたら、親父の名前に傷をつけるんだぞ。わかってんのか?」
じと、とカルウィンがユピトを睨む。ユピトは一瞬困った顔をしたが、「大丈夫だ」と力強くうなずいた。カルウィンがユピトを通り越してユノを見る。その顔には『本当に大丈夫か?』と不安が現れていた。ユノは苦笑しながら「大丈夫よ」とうなずき返した。声を揃えて「大丈夫」と胸を張る二人に、カルウィンは諦めたようにため息をついた。
ダナン宛ての荷物は、ユノとユピトが二人で配達することになった。
昼食を終えた二人は、フェオとその妻にお礼と別れを告げ、仲良く木箱を抱えて大通りへ出た。中にどれだけの本が詰められているかは二人の与り知らないことだが、ユピトが軽々抱えた割に重く、ヤラィ宅が見える頃には、ユノはすっかり手が痺れていた。
ヤラィ宅は畑のすぐそばだ。
畑に人影があるのを視界の端に認めながら、二人は大きく開け放たれた玄関に向かった。影になって薄暗い玄関前に立った二人は「こんにちは」と声を張り上げる。
少し間を置いて、ヤラィの妻が出てきた。目元がダナンそっくりだった。木箱を抱えた二人を見て、ヤラィの妻は「あら」と口元に手を当てた。
「あら、まぁ、まぁ。重かったでしょう」
ヤラィの妻は木箱を扉の脇に置くよう指示しながら、水が流れるように話し出した。
「ダナンから聞いてたのよ。姉上に本を頼んだんだ、って。フェオさんのお遣いかしら? ありがとうね、運んでくれて。まぁ、ダナンったら勉強会の約束をしてたの? それなのにあの子ったら……ごめんなさいね。今うちの人と畑に行ってるのよ。あの人ったら、お弟子さんが帰ったから今度は自分の研究に張り切っちゃって、今日一日はダナンを離さないつもりよ。ダナンを呼びに行ったら、あなたたちまで手伝わされるわ。その様子じゃフェオさんのところでも手伝いをさせられたんでしょう? お手伝いはいいことだけど、おうちの手伝いをしたほうがいいわ。特にユノちゃんは女の子だし、オセルさんがきっとあれこれ教えたがってるはずよ。お料理、お裁縫、それにお洗濯。お掃除のコツだって教えなきゃ。何せ女の子だもの。私もね、母として娘にあれこれ仕込んだのよ? なのにあの子ったら、学者になるって王都へ行っちゃって。誰に似たのかしら」
流れる水どころか鉄砲水のような勢いで話され、二人は目を白黒させ立ち尽くした。二人の様子に気づいたヤラィの妻は、「あらあら」と恥ずかしそうに笑った。
「そう、つまりね。今日は勉強会が開けないと思うの。また来てあげて」
「はぁい……」
声を揃えた二人は、よろよろとヤラィ宅を後にした。
ダナンと勉強できなくなった今、二人の午後の予定はぽっかり穴が開いている。家に帰って手伝いをするという選択肢は、二人の頭になかった。ユピトが「森で遊ぶか?」とユノに尋ねる。ユノは「うーん」と悩んだ。
「水祷祭が近いし、さっきのあの祭具がウィリデに届いたなら、今日から森に行っちゃだめって言われるかも」
塀の前まで行くと、ユノの言う通りだった。警備兵が立ち塞がり、すまなそうに二人を見下ろす。
「今日から水祷祭が終わるまで、子供はウィリデから出しちゃいけないんだ。ごめんよ」
森で遊びたかったユピトが残念そうな顔で「何でだ?」と尋ねると、気のいい若い警備兵は丁寧に答えた。
「ウィリデの水祷祭は、子供が落ちても助けに行けないような深い泉で執り行われるんだ。泉に繋がる川は深くて流れが急でね。今までに何人も子供が死んでるんだ。俺が子供の頃を最後に、ウィリデじゃ子供を死なせないよう、水祷祭に子供を関わらせないんだ」
初めてきちんと理由を聞かされ、ユノは森へ行けない理由を納得した。だがユピトはどうしても遊びたいのか、外にいる兵長から見える範囲で遊ぶからと食い下がる。警備兵は「困ったなぁ」と頭をかいた。
「ユピト。もしユノが『大人についていく』っていったら、きみは止められるか?」
「だ、だめって、言える」
「ユノがそれを無視して、大人を追いかけていったら?」
「お……おれも、ついてく……」
「ほら、想像でももう大人についてっちゃっただろ?」
「で、でもっ、おれは泳げる! ついてったって、泉に落ちたって、川で流されたって、ちゃんと帰れる」
ユピトの言い訳に、警備兵は少し意地悪な質問を返した。
「じゃあ、ユノが足を滑らせて、泉に落ちたら? 川に流されてったら、どうする? きみの体じゃあ一人で泳げても、ユノを抱えて泳いだりはできないぞ。そうなったら、ユノもユピトも死んじゃうんだ」
ユピトは金色の目を、カッと見開いた。恐る恐るユノを振り返り、そしてまた警備兵に向き直り、ユピトは何度も首を横に振った。
「だ、だめだ。ユノが、し、死ぬなんて、だめだ」
今まで聞いたことのないような、悲しい声だった。今にも泣きそうな、震えた声だった。
「そんなの絶対、だめだ」
ユピトの必死な返事に、警備兵は「俺もそう思うよ」と優しい声でうなずいた。
「そうならないよう、しばらく森は立ち入り禁止。町の中でも十分遊べるよ。ほら、帰った帰った」
ユピトは何度もうなずいて、ユノの手を強く握ると逃げるようにウィリデへ引き返した。
急ぎ足でウィリデの町を歩くユピトの顔を、ユノはそっとうかがった。金色の目の端に、涙の粒が浮かんでいた。ユノの心臓がドキリと跳ねた。
「ゆ、ユピト……」
ユノの声に、ユピトはハッとして足を止めた。ユノと繋いでいない手で目をこすると、恥ずかしそうに笑って振り向いた。
「ユノがいなくなったらって考えたら……涙、出ちまった。男なのに、かっこわるいな」
はにかむ涙声に、ユノの胸はざわざわと落ち着かなくなった。まだ滲む涙を止めてあげたいと思った。だが、そうするとまだ泣いていることを指摘するようで、できなかった。小さな声で「かっこわるくないよ」と返すのが、精一杯だった。
ユピトはにかっと笑うと、「何して遊ぶか悩むな!」と元気な声を出した。ユノは「そうだね」とうなずきながら、空いた手でそっと胸を押さえた。
春の一節に感じた苦しさと似ているが、また別のもののようにも思えた。ユノが今まで意識しなかった不思議な感情が、胸の中に芽生えたのだ。
首を傾げるユノを見て、ユピトも首を傾げる。今日は誰も二人のそばを駆け抜けず、「変なの」と笑ってもくれない。ユノは、胸の中に芽生えた何かをユピトに気づかれたくなかった。
「……駆けっこしよ、ユピト! 広場まで競争!」
「うん!? わかった!」
うなずくが早いか、ユピトが広場を目指して走り出す。その後ろ姿を追いながら、ユノは胸に芽生えた不思議なものについて、母オセルならば答えられるだろうかと考えていた。
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