六〇七年 春の二節

 春の祝祭が終わり、二節が来た。

 ヤラィがルベルの町へ行くため、カンテを護衛として呼んだ。ヤラィの弟子が講演会を開き、特別講師として招待されたらしい。

 これにより、カンテの剣術教室はしばらく休講となった。家に一人きりとなるユピトは、ヤラィの家で寝食の世話になることが決まった。ヤラィの家は、ダナンの家でもある。

 ユピトはダナンの家で手伝いをし、ユノはユノで母の家事手伝いや父の薬草畑の世話に追われ、二人はなかなか顔を合わせることができなかった。


「お父さんも三役なんだから、うちに泊まらせてくれても良かったのに」


 診察を終え一休みしている父エオロにお茶を運んだユノは、そう文句を言った。喉を潤すはずのお茶が気管支に入ったせいで咳き込みながら、エオロはもっともらしい理屈でユノを納得させる。


「三役だから、という理屈じゃないんだよ、ユノ。カンテさんの雇い主はヤラィさんだろう? 雇い主が世話をするのは当然だ」


 エオロの台詞に間違ったところはない。不満はあったが納得はできた。ユノは不満に唇を尖らせつつ、父がお茶を飲み終えるのを待った。




 ある日、ユピトがユノの家にやってきた。剣術教室に誘ったあの日のように、木陰でためらいがちに様子をうかがっている。たまたま図鑑を眺めに書斎へ入ったばかりだったユノは、木の後ろに隠れるユピトを見つけるや否や窓を大きく開け放ち「待ってて!」と言って書斎を飛び出した。

 そのユノを、母オセルが両腕で捕まえる。


「可愛い可愛い私のユノちゃん、どこへ行くの?」

「ユピトと遊ぶの」


 オセルは苦い薬を飲んだかのように顔をしかめた。オセルはユノがユピトと遊ぶことだけでなく、男の子と遊ぶこと自体良く思っていなかった。オセルは、ユノに淑やかな娘として育ってほしかったのだ。それは夫のエオロの家柄とオセル自身の家柄の差のコンプレックスや、エオロとのコイに訪れたピンチのトラウマから生まれた願いだったが、まだ七つのユノには与り知らぬことだった。

 それよりもユノは、卵屋のラグおばさんの言葉に影響を受けていた。


「人生で大事なのは度胸と愛嬌。それさえあれば、何だって乗り越えていけるもんさ」


 今こそ〝愛嬌〟を見せるとき。

 そう判断したユノは、離すまいと抱きかかえる母オセルを見上げ、目一杯の甘えを見せた。


「お願い、お母さん。帰ったらお母さんのお手伝いもするし、薬草のお世話もちゃんとするから。いいでしょう?」


 ユノの愛嬌は、オセルに通じたらしい。渋々だが、オセルはユノを解放した。


「荒っぽい遊びだけはしないでね」


 そう約束させ、オセルはユノの頬にキスをした。ユノも母オセルの頬にキスを返し、元気に「行ってきます!」と宣言して家を飛び出した。

 家を出てすぐのところに、ユピトは待っていた。出てきたユノを見て顔を輝かせるユピトと、ユノは「久しぶり!」と笑い合った。


「ダナンのおうち、楽しい?」

「ん。ヤラィさんの奥さんは優しいし、ダナンも、すげーいい奴」

「そっか。良かったね」


 それから二人は何をして遊ぶか相談を始めた。ああでもないこうでもない、と話した結果、今日は森で遊ぶことになった。

 一節の末に出た怪物は、カンテや警備兵たちが討伐したばかりだ。子供二人で遊びに行っても平気なはず、と判断したのだ。しかし万が一にも怪物が現れては為す術もないので、二人は兵長の目の届く範囲で遊ぶことにした。

 手を繋ぎ、二人は塀の外にある森へと連れ立って歩いた。

 ウィリデを囲う塀に取り付けられた門のそばには、人が一人通れるだけの扉がある。基本的に、少人数の出入りはその扉から行われる。扉の前には若い警備兵が立っていた。


「ユノ嬢ちゃんにユピト。珍しい二人だな」

「森で遊びたいんです。ちゃんと兵長さんの目が届くところで遊びます」

「そう、ちゃんと見えるとこで遊ぶ! ……ます」


 ユノのしっかりした申し出とユピトの頼りない申し出に苦笑しながら、若い警備兵は「楽しんでおいで」と扉を開けた。扉の向こうでは、警備兵長のマナズが待っている。


「兵長さん、こんにちは」

「はいこんにちは。ユノ坊、今日はユピトと遊ぶのか。ずいぶん仲良くなったな」

「おっ、おれたち、友達だから!」

「はは、そうだよな。だから遊ぶんだよな」


 マナズはからから笑うと、すんと鼻を鳴らした。


「風の神様の加護でにおいを追えるが、あんまり遠くへ行くんじゃないぞ。怪物がいつまた出てくるかわからないからな」


 わしわしと頭を撫でてくるマナズに「はぁい」と返事をして、二人は遊ぶ準備を始めた。今日の遊びは、石で作った円から円へ飛ぶ遊びだ。

 二人はまず、小石を集められるだけ集めた。いくつか円を作ったが、小石の数は全然足りない。仕方なく、二人は固い石で地面に円を描いた。そうして指の数より多い円を生み出すと、順番に円から円へ飛んでいく。両足で跳んでもいい円と、片足で飛び出さなくてはならない円がある。それは円の大きさで判断した。

 ユノが一度足をつかなくてはならないような距離を、ユピトは軽々跳んでみせた。ユノも負けじと足に力を込めたが、いくら頑張ってもユピトほどは跳べない。足をついてもう一度跳ぶユノの横でユピトはつたない言葉でアドバイスをするが、感覚的過ぎて、ユノには理解できなかった。

 競えばユピトの勝利だが、二人は競ったりしなかった。どうすれば簡単に次の円へ行けるか、またどうすれば一つ二つと円をまたげるか。試行錯誤しながら、二人は太陽が真上に来るまで円から円へ跳ね続けた。

 遊びに熱中し過ぎて、二人は汗だくだった。ユピトの黒い髪も、ユノの栗色の髪も、しっとり濡れてしまっている。瞼に落ちる汗を拭うユノの隣で、ユピトも包帯越しに汗を拭う。ずるりと、ユピトの包帯がずれた。


「あ。ユピト、包帯……」


 その先を、ユノは言えなかった。包帯がずれたことにより、ユピトの額が露わになった。それは、そこにある傷を露出させたと同義だ。ユノの目に傷跡を晒してしまったことを察し、ユピトは青ざめて表情を引きつらせた。そのとき、ひくりと喉が動いたのを、ユノの目はしっかりと捉えていた。

 ユピトは慌てて包帯を押さえた。だが、現実を覆すことにはならない。ユピトはユノに背を向けて包帯を巻き直しながら、ぽつりぽつりと、傷跡について話し始めた。


「この、傷は……俺の、ははおや? が、俺を産んだとき、サンバってのが、上手に取り上げられなかったから、消えない傷ができちまったって……親父が」


 出産の際にできた傷だ、とユピトは言う。不手際でできた傷だと言われれば、納得できなくもない。医者である父が持つ書物に、そういった傷の事例が載っていた。しかしあの雨の日に見たときも今も、ユノの目には角の折れた跡にしか見えなかった。


「きもちわるい、よな。ごめん……こんなの、見せて」


 振り向かず、ユピトはそう謝った。たまらずユノは「そんなことない!」と大きな声を出してしまった。背中しか見えないが、ユピトが困った顔をしているとわかる。ユノはユピトにそんな顔をさせたくなかった。

 気まずい沈黙が横たわろうとしたそのとき、ぐう、と空腹を訴える音が聞こえた。

 ユピトは振り向かないままだが、後ろからでも見える耳は、うっすらと赤くなっていた。

 きゅ、と包帯を強く強く結びながら、ユピトが「はらへった」と力なく呟く。遅れてユノのお腹からも、空腹だと訴える音が聞こえた。ユノも「お腹空いたね」とうなずく。ユピトがようやく振り向いた。その顔は、はにかんでいた。二人は互いに照れ笑いを浮かべ、仲良くウィリデへ戻ることにした。

 マナズが立つ入り口で、二人は幌馬車と出会した。手綱を握っているのはウィリデの三役の一人、そしてカルウィンの父のフェオだった。ウィリデの職人が作った家具を売る行商から帰ってきたらしい。

 マナズと二、三の言葉を交わしていたフェオは、ユノを認めると「やあ」と帽子を取った。


「エオロ先生んとこのユノ嬢に、用心棒さんとこのユピトじゃないか。わざわざわしのお出迎えかい。嬉しいねえ」


 出迎えたわけではなかったが、二人は声を揃えて「おかえりなさい」と出迎えの挨拶を述べた。フェオは嬉しそうに金色の口ひげを撫でると、親指で荷台を指した。


「もう昼時だろう。どうだい、乗っていかないかい」


 さほど長い距離でもないが、断る理由もない。二人は大きくうなずき、荷台に飛び乗った。行きは家具を積んでいた荷台には、金属質の品物が積まれているようだった。幌で覆われた荷物が、馬車の揺れに合わせてガチャガチャと音を立てる。石に乗り上げては大きく揺れるたび荷台にしがみついたり、フェオの鋭い声で荷物を押さえたり、二人ははしゃいだ声を上げてウィリデの町へ入った。

 フェオが操る荷馬車は、ユノの家を通り過ぎてしまった。ユノが「あの」と声をかけると、フェオは「何だい」と目を細め振り向いた。ユノはフェオの職業を思い出し、「あ」と頭を抱えた。

 ユノの家を通り過ぎ、大通りを抜け、荷馬車はフェオの自宅裏で停車した。フェオはにこにこと笑って二人を荷台から下ろした。


「さあ。乗車賃の分、働いてもらおうか」


 ぽかんと口を開くユピトの隣で、ユノがしょんぼりしながら「はぁい」とうなずく。フェオは商人だ。子供が相手でも――それが同じ三役の娘であろうとも――決して〝〟で施したりしない。たとえ先の長い話でも、自分に返ってくるものがなければ手を貸さないのだ。

 馬車の音で父の帰りに気づいたのか、カルウィンが裏口から出てきた。父のそばでうなだれるユノと呆けているユピトを見て、カルウィンのツリ目がぎょっと見開かれる。


「お前ら、何で親父といるんだよ」

「対価を支払うためにいるんだ。カルウィン、お前もわしの子としてほら、働け働け」

「今回は何を仕入れてきたんだ?」


 幌の下にあったのは、ウィリデの木工と引き換えに仕入れられた様々な品物だ。

 金属質の音を立てていた鍬の先端に鍋。ほかには瓶に陶器の器もあった。ウィリデは森に囲まれているため木材に事欠かないが、金物には恵まれない。そのため、木材や木工品と引き換えに仕入れてくる必要があった。

 フェオが荷台に登り、軽い物をユノ、それ以外の物をカルウィンとユピトに渡す。三人はフェオから渡された荷物を、せっせと家の中へ運び入れた。

 ユノが運ぶ荷物の中に、種が入った透明な瓶があった。ぶら下げられた札には、図鑑で見た覚えのある名前があった。父が頼んだ薬草の種かしら、とユノは荷物が自宅へ届けられる日を楽しみに思った。

 荷物の中には数冊の本もあった。ヤラィが頼んだものか、ほかの誰かが頼んだものか。難しい題名が読めず、ユノには判断ができなかった。

 細々したものをユノが運んでいる後ろで、何度かカルウィンの怒る声が聞こえていた。


「待て止まれ! そのまま運んだら落ちるだろばか!」だとか「違うって、何でそっちに行くんだよばか!」だとか、やたら「ばか」という単語が聞こえ、慌てる足音が絶え間なく響いていた。心配したユノが振り向いて手伝いに行こうとするたび、フェオは見透かしたようにユノの手に新たな荷物を押しつけた。お陰で、カルウィンとユピトが喧嘩をしないかと、ユノは常にハラハラして手伝いをするはめになった。

 幸いにも、心配は実現しなかった。へとへとになった三人を見て、フェオは呵々と笑った。


「二人は乗車賃以上に働いてくれたし、我が息子は新人の指導を見事やってのけた。我が妻自慢の手料理を振る舞おうじゃないか!」


 夫が突然の来客を連れてきたにもかかわらず、フェオの妻はにこにこ笑って二人を席に着かせた。カルウィンを上座側として、子供三人が同じ列に座る。その向かいに、フェオとその妻が座った。

 野菜のスープと茹でた豆を頬張りながら、カルウィンが「で?」とユノたちに尋ねる。


「お前ら、何で親父の馬車に乗ってたんだよ」

「ユピトから聞いてないの?」

「こいつおどおどするだけで、ちゃんと話さねえんだよ」


 カルウィンに顎でしゃくられ、ユピトは困った顔をしながら縮こまる。ユノもつられて困り顔になりながら、二人一緒に遊んでいたことを話した。尋ねたのは自分だというのに、カルウィンは終始つまらなさそうに「ふぅん」と相づちを打っていた。

 ユノが話し終えると、カルウィンはスプーンを器に突っ込み、頬杖をついた。


「お前、ユノとしかしゃべれねーのかよ」


 カルウィンの指摘に、ユピトは「うっ」と声を詰まらせた。手元に視線を落とし、無意味にスープをかき混ぜながら、空舞う怪物の眷属が立てる羽音がごとく小さな声で、ユピトは「おれ……」と呟いた。


「さ、最初に……仲良くなったのが、ユノだから……ユノは、話しやすい。それに、一緒にいて、楽しい」


 ユピトの正直な言葉に、ユノは照れてしまった。照れながら「わたしもユピトといるの、楽しい」と返すと、ユピトは嬉しそうに笑った。にこにこと笑みを交わす二人を、フェオとその妻が微笑ましそうに見守る。カルウィンが「けっ」とつまらなさそうな顔でふて腐れなければ、二人はそのまま笑い合ったままだったかもしれない。

 我に返ったユピトは、再びカルウィンたちへの気持ちを伝えようと懸命に言葉を探し出した。


「カルウィンたちとも、遊びたい。でも、小さい子たちの面倒見るのに忙しそうだから……邪魔、できない」


 懸命に話したユピトに、カルウィンはすげなく「ダナンもいるだろ」とぶっきらぼうに返す。


「お前、今ダナンの家にいるんだよな? ダナンとも遊べばいいだろ。つーか、先にダナンを誘えよ」

「だ、ダナンも、畑の手伝いとか……勉強とか、忙しい。それに、話しやすいのはユノしか、いないから」


 そこまで話し終えると、ユピトは耳まで真っ赤になってしまった。つられて、ユノの顔も赤くなる。カルウィンはと言うと、不機嫌そうに口をつぐんでいた。

 怒った顔のまま、カルウィンは再びスープを食べ始めた。それを見て、ユピトもゆっくり食事を再開する。自分の顔の赤みが大した赤さでないことを祈りながら、ユノもそろりとスプーンを動かし始めた。

 正面で三人の様子を見ていたフェオが、堪えきれないといった様子で笑い出す。


「なるほど。お前もユピトと遊びたいんだな?」


 笑いながら図星を当てられ、カルウィンは「はぁ!?」と声を荒らげた。


「何でだよ、別に遊びたくなんかねえよこんな奴と!」

「じゃあユノ嬢と遊びたいのか?」

「んなわけあるかよ! 何でそうなるんだよ!」


 わっはっは、と大笑いするフェオにカルウィンはがなり立てる。しかしその顔はユピトたちに負けないくらい真っ赤で、フェオの言うことが大当たりだと答えているようなものだった。

 カルウィンはフェオからユピトに向き直ると、真っ赤な顔のままユピトにスプーンの先を向け「いいか!」と睨みつけた。


「おれに勝った奴が、女とばっか遊ぶような情けない奴なんて許せねえ! だから遊びたいなら誘いに来い! ちびたちの面倒見てるときでも遊んでやる!」

「いいのか?」

「悪いわけねえだろ、ばか!」


 金色の瞳をきらきら輝かせ、ユピトは「わかった!」とうなずいた。ユピトがうなずくと、カルウィンはユノにもスプーンを向けた。


「お前も遊んでやってもいいぞ、ユノ」

「いいの? わたし、男の子じゃないよ」

「知ってらぁそんなこと!」


 怒ったように言うと、カルウィンはスプーンを下ろした。そして赤みの引かない顔で、ぼそりと付け加えた。


「お前もいたほうが、ユピト、遊びに来やすいだろ」


 ぼそりと呟かれた言葉は、ガキ大将らしい思いやりに満ちている。


「カルウィンは優しいね」とユノがユピトに囁くと、ユピトも「優しいな!」と大きくうなずいた。「それに面白い!」とも付け足したユピトの頬を、カルウィンが「うるせえ!」とつねる。声と表情は怒っているが、本気ではないようだ。頬を伸ばされたユピトに痛がる様子はない。

 フェオの妻がくすくす笑い、フェオが手を叩いて大笑いする。ユノも一緒に笑いながら、今度はカルウィンも小さい子たちも、みんな一緒に森へ行こうと約束を取り付けた。




 この日、家へ帰ったユノはこっそりと父の事務室兼書斎に入った。本棚や薬品を漁り、とある薬の作り方を探るためだ。しかし薬品棚へ手を伸ばす前に、父エオロに見つかってしまった。


「何を探してるんだい、僕のハシバミちゃん」


 叱るような素振りを見せながら、表情は困り顔だ。父ならば母のように「だめ」の一言では済まさないだろうと、ユノは素直に目的を告げた。


「傷跡を消したいの。お父さん、きれいに傷を消す薬ってどこ?」


 ユノの質問に、エオロは「傷跡かぁ」と難しそうな顔で腕組みをした。


「傷跡かぁ。何でできた傷か、によるね。怪我をしたのかい? まさかユピトに怪我させられたんじゃ……!?」


 突如険しい顔をする父に、ユノは「違うよ!」と慌てて否定しなくてはならなかった。


「怪我なんかしてない! そうじゃなくて、と……友達の怪我が、ひどい傷跡になっちゃってたから……跡を消せる湿布でも作れたらなって、思ったの」

「そ、そうか。違うなら、いいんだ」


 ユノの動作や声音から確かに怪我はないと判断し、エオロはホッと胸を撫で下ろした。


「ええと、消したい傷跡はどんな風なんだい?」

「えっとね、たぶん、刃物でできた怪我。ぼこぼこって、盛り上がっちゃってるの」

「盛り上がってるなら、薬で消すのは難しいなぁ」


 顎に手をやり、頭の中の医学書をめくりながら、エオロは傷に関する知識の海を潜っていく。


「外科手術は僕の専門外だし、王都の医師でも古い傷を消すのはどうかなぁ……」

「そっか……」


 しょんぼりと気落ちするユノの頭を、エオロは優しく撫でた。


「お父さんも調べておくよ。火傷跡を薄くできる薬草があってね。それが古傷にも使えるかもしれない」

「お願い、お父さん」


 ユノの頭の中では、ユピトの傷が思い出されていた。ユピトがいつも包帯を巻いているのは、あの傷を見せたくないからだろうと思っていた。傷跡がなくなれば、ユピトは包帯を巻かずに外で遊べるだろうと考えていた。おどおどするのは、傷跡を気にするせいかもしれない。そう思ったユノは、どうしてもユピトの傷跡を消してあげたくなった。傷跡がなくなったユピトに、心の底から笑ってほしいと思った。

 ぐらぐら揺れるほど頭を撫でられながら、ユノが考えるのは、ユピトのことばかりだった。

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