第11話

エピローグ


季節は再び一巡し鶯の鳴き声が春の訪れを知らせる頃、針河香夜は再来週から通い始める鏡川学園の制服に袖を通してみた。

紺色のブレザーに黄色のスカートはとても着心地が良く、高級品なんて今まで身につけた事がない香夜だがこの制服がとても良いものくらいは肌で感じる事ができた。

「流石、日本一の学園。中学の頃の制服とものが違うな」

ついそんな独り言を漏らしてしまう。

こうして制服を着ると改めて自身が鏡川学園の一員になれた事が実感できる。

将来の夢などたいしてない香夜だったがこの学園に入るために、もっというならば少しでも一峰の力になれるよう人生で最大級に努力をしてきた。

いわばこの制服はその努力の象徴の様なものしかも狙っていた特待生で入れたとなったら、鏡の前でポーズを取り自撮りをしてしまう程度には香夜といえど浮かれてしまう。

思い返せばこの一年はほんと色々な事があった。

勉強だけではなく本当に様々な出来事が目尻推しの一年間だった。

事件なんて一年以上前の祈り殺人事件だけでお腹いっぱいだったというのになんの呪いか香夜と一峰はその後もさまざまな事件に巻き込まれてしまった。

中学最後の一年という事で神様が思い出づくりをしてくれたのだろうか?

だとしたら正直いい迷惑である。

思い出ならもっと良い思い出が欲しかったものだと思う。

けどまぁ、先生と長い時間過ごせたのは良かったかなとその日々を思い出してついつい香夜は一人でにやけてしまう。

そうだせっかくだし先生にこの姿を見てもらおう。

そう思い立った香夜はすぐにLINEで一峰に今からそちらへ向かうと連絡をする。

そして自室を出て廊下を歩いてる途中でピタリとその歩みを止めた。

香夜が立ち止まったのはとある部屋の前。

以前はこの部屋の前を通ると何かを書いてる様な音や紙を捲る様な調べ物をする物音がよく聞こえたものだが、今は物音どころか人の気配すらない。

香夜はそっと扉を開けて中の様子を伺う。

部屋に中にはしばらく使われた様子のないベッドと勉強机そして少しまばらになった本棚がある。

部屋の中に入り机を見るとそこには以前はあった南風日和の調査ファイルが綺麗に消えていた。


愛染時央華がこの部屋を去ってから、こちらもそろそろ一年ほど経つ。

まるで姉妹の様に一緒にこの館で育ってきた央華がいない日々もようやく慣れてきた今日この頃。

それでもこうしてかつての彼女の部屋の前を通るたびに香夜は央華のこと思い出してしまう。

正直自分にこんなセンチメンタルなところがあったとは香夜自身が意外に思ったはずだが、それ程央華との思い出は数え切れないほどあった。

香夜はかつて勉強机で資料をまとめていた央華の姿を懐かしむかの様に木製の机を撫でる。

長いこと使われていない机だが手に埃がつく様子はなく、主人が不在のこの部屋も他の部屋と変わらず掃除が行き届いている事が伺われた。

おそらくは家政婦の三佐川が定期的に清掃を行なっているのだろう。

いつ央華が帰ってきても綺麗な部屋で出迎えることができる様にと。

香夜がそう央華との思い出に立ち止まっていると現実を知らせる様にスカートのポケットがブーと振動した。

ポケットに入っていたスマホを取り出すとLINE通知が一件。

開いてみて香夜はその内容に微笑んでしまった。

送り主は東洞一峰。

先程香夜が送った今からそちらへ向かうという内容に対して彼はウサギがハートマークを出しながらOKと答えるスタンプで返信をしてきた。

40代の成人男性が送るにしては随分可愛らしいスタンプに香夜はついつい笑ってしまった。

それと同時に沈みかけていた気持ちが一気に高まる。

本当に先生はいつもタイミングがいいな。

本人は意図していないだろうが、香夜は一峰に心の中で感謝を述べる。

そして返信として大好きともう何度目になるかわからない愛の告白を送る。

さて、一峰はこの告白に対して今日はどんな反応をしてくれるのだろうか?

香夜はそう想い人姿を想像しながら央華の部屋を駆け足で出て行く。

恐らくはこのまま一峰の家まで走って向かうつもりなのだろう。

香夜が去り再び無人となった部屋には窓から漏れた春の柔らかな日差しが暖かく差し込んでいた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

そして死を念う 宮下理央 @miyasitario

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ