第6話
ハバトが女性と初めて付き合ったのは彼が中学3年の頃だった。
それというのも彼が今までの人生で異性のことを好ましいと感じたことがただの一度もなかったからである。
ハバトは異様な程容姿に恵まれていた。
その容姿を毛嫌いするものも多かったが、純粋に惹かれる者もまた多かった。
故に告白されることも多くあったが恋愛というより他人に興味の持てない彼はその全てを断っていた。
けれど何事も経験だと長すぎる生への暇つぶしも含め1人の女と付き合うことにした。
相手の名は鏡谷麻希。
彼より四歳年上の大学生の女性だった。
初めての交際相手が四つも年上だということに思うこともありはした。
しかし相手に拘りはそこまで無く、また中学生相手に告白するなんてその思いは本気だと感じることができたのでハバトもその交際を承諾したのだった。
鏡谷麻希は黒縁メガネのカールのかかった髪が印象的な女性だった。
小柄で少しタレ目な彼女は年齢よりも幼く見えどこか内気そうな印象を受ける。
そんな彼女が通学路に待ち伏せて告白をしてきた時は心底驚いたものだ。
その後なし崩しに付き合うことになり、後に彼女が年上だと知った時は告白の時以上に驚いた。
それこそ自分がこんなに驚くことがまだあったのかとハバト自身が可笑しく思うほどに。
それからの交際は実に順調なものだった。
普通にデートをし手を繋ぎキスをしてセックスをした。
その全てを楽しいとは思えなかったが、ハバトからすればその一時だけ自分が普通の人間に戻れた様な気がした。
初めてだったのだ、自分のことを人間として扱ってくれる人は。
その日々だけ己が怪物である事を忘れることが出来た。
彼女の前での自分は偽りそのものだったけれど、人間ハバトとして初めて日常を謳歌することができた。
恐らくそれはハバトが今後二度と味合うことが出来ない普通の生活だった。
彼女との交際を最後まで楽しいとは感じられなかったハバトだけれどあの日々は間違いなく彼が一番幸せ時間だったろう。
彼の人生で唯一人間として過ごせた時間だったと言って良い。
けれど、その日々も長くは続かない。
その年の暮れ彼の義母が義父の不倫相手を殺害してしまったのだ。
事件はすぐに義父の知るところになる。
何を思ったのか、養母は血だらけのまま帰宅してきたから。
養父やいとこは驚いていたがその中でハバトだけが冷静だった。
だからすぐに提案した。
自首をするか隠蔽するかを。
彼らが選んだのは隠蔽だった。
それならそれでいいと思った。
彼らがそれで幸せになるのなら。
でも幸せなんて訪れなかった。
その日から両親は罪の発覚に怯え、養父は殺人を犯した養母を罵った。
怒りと悲しみ絶望が家中に広がった時、ハバトは両親を救う事を決めたのだった。
彼らを絶望から救ってあげる事にした。
即ち迅速なる死を彼らに与えること。
殺害を決めてからのハバトの行動は早かった。
初めての殺人だというのに彼には躊躇いなどなかった。
元々彼は人間たちと自分は別の生命体と考えている、それは家族であろうと例外ではない。
そして絶望した人間達に救いの死を与えるのが自分の使命だと思っているハバトに躊躇う余地などありはしなかった。
凶器に選んだのは義母が不倫相手をを殺害した包丁。
ハバトはその包丁で養父母の首を掻っ切った。
その手際は初めてとは思えないほど手慣れたものだったが流石に一撃で命を奪うことは叶わず首を切られた2人は床で苦しみにのたうち回る。
ハバトに後悔があるとすればその一点だろう。
苦しみから解き放つために殺してあげたのに、最後の最後に苦しめてしまった。
介錯としてその後心臓を抉り命を奪ったが、あの数秒間は彼らにとっても地獄だったろう。
この苦い体験をハバトは今後に教訓とする事にした命を奪う時は一撃の下に奪う事に今後はしようと。
その後は2人の安らかな死を願い2人の腕を組ませ、すぐに遺体が見つかる様家に火を放ち家を出た。
ちなみに彼が夫妻の息子を殺さなかったのは同情した訳ではなく、有名企業への就職も決まり自身の未来をまだ信じていた従兄弟がまだ絶望していなかったそれだけの理由だった。
結局彼が初めて起こした殺人事件は夫妻の無理心中という事で片付いた。
世間には認識されていないがこの夫妻殺害が祈り殺人事件の始まりだった。
車での移動中伸之は全く落ち着けないでいた。
喫茶店を出た後すぐに自宅から車を呼び出したハバトは有無言わせず伸之を乗せると自宅へと走らせた。
「それで君は妹のことをいつから?」
道中の暇潰しとして、ハバトがそんなことを不意に聞いてきた。
親族に対して非常に答えづらい質問だがもう胸の内は知られている様だしと伸之は観念して答える。
「初めてみた時からですよ。一目惚れです」
「そうかい、まぁあの子は昔っから容姿に優れてるし、母の影響で服装にも気をつかってるからね」
「お母さんの影響ですか?」
そういえば、何度かハバト家に出入りする様になった伸之だが彼らの両親には未だお目にかかったことがない。
あれ程の屋敷に住んでいる人なのだからどこぞの財閥のトップとかで、忙しいのだろうと伸之は勝手に想像していた。
「そう、母の実家はそこそこ裕福でね子供の頃はとても甘やかされて育ったらしんだ。それこそお姫様のようにね。母は思ったそうだよ、いつか自分に子供ができたら同じ様にお姫様の様に育ててあげようってね。それがいつしか母に夢になったんだ」
ただの思い出話ではない様だ、話を聞きながら伸之は直感的にそう感じた。
何故なら語るハバトの顔はかつての記憶を懐かしむ様な表情ではなく、思い出したくもない記憶を必死で引っ張り出している様な今まで見たこともない辛そうな表情をしていたからだ。
「ハバトさん、大丈夫ですか?汗凄いですよ」
息苦しいのかハバトはネクタイを緩めシートに深く腰掛ける。
その様は随分と疲れている様だ。
「大丈夫だよ。少し暑くてね。まぁつまり母は女の子供をとても望んでいたんだ。けれど生まれたのは僕、つまり男だった訳でその時の母の落ち込みようはすごかったと父に聞いている」
「それは仕方ないでしょう。性別なんて選べるわけでもないし」
勿論生まれてくる子供の性別どちらが良いか、それは大なり小なりあるだろうが、望んでいた性別と違う事で落ち込むのは違うと伸之は思う。
自分ならどちらの性別だろうと間違いなく喜ぶ。
なんとなく脳裏を過ぎる自身の未来予想。
子供達に囲まれた自分の横にいる人がハバトの妹だという事に伸之は恥ずかしい妄想をしてしまったと頭を振り思考を切り替える。
「そうだね。けれど母にとってはそれが何よりも重大な事だった。だから妹が来た時は喜んでいたよ、容姿が良かったから可愛く着飾れるって」
それは母が子に向ける愛情というよりは着せ替え人形を楽しみ様だったと当時幼いながらにハバトは思っていた。
そんな母を恐ろしくも。
「無理矢理、可愛い服を着させられるあの子を僕は助けることが出来なかったんだ。今でも後悔してる」
それはそんなに酷い事なのだろうか?
話を聞きながら正直伸之はあまりピンと来ていない。
女の子に可愛い服を着せたい、それは親として当然な気もする。
ましてや昔っからそれを望んでいる親ならば。
けれど確かに本人が嫌がっているのに着せ替え人形扱いするのは虐待に値するだろう。
難しい問題だと伸之は顔を顰める。
「なら、妹さんはもしかして今も無理矢理お母さんに服を選ばれているですか?」
ハバトの妹はもう10代中頃。
もう自身の好みもあるだろう。
それでも自身の好みも許されず母の命じたものしか着れないならそれは不憫でしかない。
「いや、今はもう自分の意思で着てるよ。というより幼少時からああいった格好をさせられてきたからね。もうそれ以外の格好ができないでいるんだ。それが本当に申し訳ない」
「でも、本人も今は気にしてないならハバトさんがそんなに悔やむ事ないんじゃ?実際妹さんの格好似合ってますよ」
夏場でも冬服の様な格好をしていたのは驚いたが今は季節も冬、この前見たセーターにロングスカートの彼女は本当に可愛らしかったと伸之はそうハバトを励ます。
するとハバトも「そうだね」とやつれた笑みを見せるのだった。
「屋敷につきました」
家までの帰路を任せられたメイドは2人の会話が終わるのを見計らってそう告げた。
2人の会話は勿論このメイドの耳にも入っているはずだが、まるで何事もなかった様にするその素振りは伸之の目にはまるでロボットの様にも見えた。
いやこうして自己を出さないのがプロ仕事というものなのかもしれない。
しかしそれでも目に光のない彼女はどことなく伸之には空恐ろしく思える。
そんな伸之の横で落ち着きを取り戻したハバトはいつもの様に眩しい笑顔でありがとうとお礼をし車外へと出る。
勿論伸之もこんな不気味なメイドとは一緒にいたくはないので軽く会釈だけすると急いで外へ出て行く。
時刻はそろそろ夕刻に差し掛かる。
冬場は日が沈むのが早いのでまだ17時にも差し掛かっていないというのにあたりは薄暗くなりより寒さが強まった様に感じる。
そういえばこの様な時間にハバト邸を訪れるのは初めてだと伸之は少し新鮮な気持ちになる。
家の照明は所々ついており人の気配を感じさせる。
「どうせならサプライズしようか?」
そんな悪戯心を出したハバトは玄関をそっと開け忍足でリビングへ向かう。
伸之も素直に続く。
ハバト邸はその屋敷の大きさに比べ住まう人は少ない。
伸之が実際見たことがあるのはハバト兄妹に使用人のメイドのみで他の家族や使用人は見た覚えがない。
話によると他にも何名か使用人は雇ってはいるらしいのだがとんと見たことはない。
それは今日も同じで明かりはついているものも
屋敷は静寂に包まれていた。
本当に妹さんはいるのか?
そんな風に伸之が思っていると、リビングでソファーに横たわる白い影が目に入った。
「おや、珍しいこんなところで就寝中とはね」
ソファーに横たわる家族を眺めて微笑むハバトはその寝顔を愛おしそうに眺める。
それは一見本当に生きているのかと疑ってしまうほどに恐ろしくも綺麗な寝姿だった。
体は微動だにせず服も髪も乱れなくまっすぐ綺麗にソファーに横たわり両の手は丁寧に胸元で組まれている。
呼吸音もしないその姿は例の連続殺人の被害者を連想させ伸之をぎょっとさせる。
そんな中2人の気配を感じ取ったのだろう彼女はゆっくりと瞼を開いた。
「兄さん帰ったの?勝木さんも一緒だったんですね。こんばんわ」
ソファーに座り直すと慣れた様子で髪を束ねると深々とお辞儀の挨拶をする。
そんなハバト妹に合わせるように伸之も頭を下げる。
「いえ、こちらこそ急にすみません!しかも寝てたのに」
「気にしないで、兄さんに無理矢理連れてこられたんでしょ?私の方こそ見っともない姿を見せてしまいました。本を読んでてたら少し眠くなってしまって」
彼女の側にある長机には確かに一冊の本が置かれていた。
ーアイドルー 著 道院時数希世
それは文学とは縁遠い伸之が知るはずもない小説だった。
「アイドル小説ですか?芸能界に興味とかあるんですか?」
彼女の美貌なら確かに芸能界でも天下を取れそうだが、それでは自分との距離がより開いてしまう。
そんな妙な焦りを覚える伸之に彼女は優しく笑いかける。
「伸之さん。アイドルってどういう意味か知ってますか?元々は偶像が語源らしいですよ」
「偶像?」
突然の切り返しに訳もわからずオウム返しに答える伸之に彼女は頷く。
「崇拝の対象それを偶像って呼ぶんだそうです。この小説のアイドルって偶像の意味で芸能界のアイドルじゃないですよ。ちなみに私は芸能界に興味ないです」
伸之の考えがわかっているのか彼女は可笑しそうに笑う。
「私、小説が好きで色々読んでるんです。この本もとある宗教戦争を題材にしたお話で、とても勉強になります。勝木さんは本読みます?」
その質問に伸之は戸惑う。
先も宣告したように伸之は文学とは縁遠い。
小説は勿論漫画もほとんど読んだことがない。
ここで読みますというのは簡単だがそんなのすぐにバレる。
せっかく好感度を上げるチャンスではあるがここは素直が一番だと断腸の思いで決断をする。
「いえ、それが本の類は全く。すみません」
「どうして謝るんですか?気にしないで。好き嫌いは人それぞれなんですからね。それよりこんな時間にどうしたんですか?今日はお仕事はお休み?」
確信をついた質問に伸之が情けなく口籠っていると背中を押す様にハバトが「渡したいものがあるんだってさ」と、口添えをする。
「渡したいもの?私にですか?」
キョトンとした調子の彼女に伸之はおずおずとプレバトを差し出した。
「開けてもいいですか?」
そっとプレゼントを受け取ると尋ねてくる彼女に伸之は顔を真っ赤にして頷く。
包み紙を破くことなく丁寧に包装を剥がして行く、花弁が開く様に綺麗に包装を解かれた箱から出てきたのは三日月型のネックレスだった。
「へぇ、なかなか綺麗じゃないか」
覗き見るハバトが茶化すが彼女はそんな兄には目もくれず深々とお辞儀をする。
「ありがとうございます。まさかこんな素敵なもの頂けるなんて思っていませんでした。それと、ごめんなさい。私も何かお渡しできるものが合えばよかったんですが、あいにく何も用意できていなくて」
申し訳なさそうに目を伏せる彼女に伸之は全力で首を振る。
「そんな気にしないで!自分が勝手に用意しただけなんですから!」
けれどそれでも納得出来ないのか彼女は口元に手を当て神妙な顔で考え込む。
伸之がもう一度気にしないでと言おうとしたところで何かを閃いたのか彼女が手をポンと叩く。
「そうだ、勝木さん。お食事はまだですか?」
「ええ、まだだけど」
その答えに彼女は満足そうに咲く様な笑顔を見せる。
「ならプレゼントのお礼として私に料理を作らせてくれませんか?あ、勿論勝木さんがいやでなければですけど?」
勿論伸之の答えはYESなので、大きく食べたいと宣言をしその迫力にハバト兄妹を驚かせるのだった。
彼女がエプロンを身につけるキッチンへ向かってからリビングでは再び男2人で話に入る。
料理ができるまでの足しにしようとハバトは貰い物だというワインを開け伸之に振舞った。
ワインの味などわかる程飲んだこともない伸之は優雅に香りを楽しむハバトとは対照的にショットでも飲むかの様に赤い液体を喉に流し込む。
恐らく自身の思わぬ幸運に舞い上がってしまっているのだろう。
慣れないお酒を一気に飲み干す姿にハバトが忠告をする。
「あまり飲みすぎると料理の味がわからなくなるよ。せっかくの妹の好意だ無駄にはしないでくれよ」
それは駄目だと伸之は持ってたグラスを机の端に置きもう飲まないという意思表示を示す。
その大袈裟すぎる仕草にハバトはつい笑みを漏らしてしまう。
「それにしてもまさか妹が料理を振る舞うだなんていうとは思っていなかったよ。あの子、あれで料理には結構うるさい方でね期待してもらっていいよ」
若干の身内贔屓を感じさせるハバトに伸之は今日連れてきてもらった感謝に頭を下げる。
「本当にありがたいです。これもハバトさんが今日招待してくれたからです本当にありがとうございます」
「それは気にしないでくれ。友人を家に呼んだだけで僕は何も特別なことは何もしてはいないよ」
なんて素晴らしい友人なんだろうか。
そう伸之が感動していると彼女が台車を押しながらリビングへ入ってきた。
まだ調理を始めてから30分程しかやっていないはずだがもうできたのかと伸之は驚く。
「お持たせしました。兄さん、テーブルの上片付けてくれる?」
妹に注意をされるとハバトは苦笑をしながらグラスを端に置く。
それに入れ替わる様に料理が3人分並べられた。
メニューはキノコの和風パスタにコンソメスープそれにサラダが添えられている。
大の男の食事としては少々物足りない量だが今の伸之は、この料理を食べられるというだけで胸がいっぱいなのでその様なことは気にならない。
「あり合わせで作ったものなのでお口に合えばいいですが」
少し心配そうな彼女に伸之は「絶対に美味しいです」と食べる前から断言する。
実際、たまらなく美味しそうな匂いが鼻腔に届きお腹は先ほどから空腹を訴えている。
「そう言っていただけると嬉しいです。じゃあ、冷めないうちに食べましょう」
そう促され皆で食事にありつく。
その味は想像以上に美味しく、その味付けに伸之は改めて感動をしてしまうほどだった。
その後はある程度談笑をしてハバト邸を後にする。
このクリスマスは伸之にとって人生最高の日となった。
こんな日が続くとこの時の彼は心からそう思っていた。
愛染時家は由緒正しい家系である。
普通の家ではあまり見ない書物庫なんてものもある。
ここには主に勉学のために利用していた香夜だったが今日は違う目的でここを訪れていた。
以前ここで本を探していたとき偶然見つけた愛染時家の家系図。
家系図なんて実際見るのは初めてだったのでこの事はよく覚えていた。
「確かここに」
愛染時家の書物庫は入口に対して本棚が縦に六列鎮座している。
書物庫はその物静かな雰囲気を崩さない為にこの部屋だけはあえて電球色のライトを使用していた。
この落ち着いた雰囲気が香夜は好きだった。
勉学の為にここを利用していたのも事実だが、
単にぼんやりとここで過ごすことも多かった。
いつもは参考書を広げている長机に香夜は先ほど見つけた家系図の書物を開いていた。
家系図といえばなんとなく巻物のイメージがあった香夜だったがアルバムとともに並べられていた家系図はまるで本の様で年代別に人物が記されており随分と詳細に愛染時家の人々を知ることができた。
見ると年代は大正時代から記されているので恐らく代々継ぎ足し記されてきたのだろう。
几帳面なことだと香夜は内心感心する。
古い時代の家系図も興味はありはするが、今回は本題だけ済ませようと一番最新のページを開く。
時代としては1975年から現在までの愛染時家に関わる者の名が連られており、一番上に記されているには愛染時歳丸、文香夫妻。
これは先代当主つまりは現当主泰輝の両親にあたる。
2段目には当主の泰輝とその妻恵麻の名が、3段目にはその息子ハバトの名がある。
勿論、央華の名も3段目に連なれてはいたが本人が語る様に家系図上でも央華は泰輝夫妻の娘とはなっていない。
家系図に記される彼女の両親の名は愛染時能里佳と南風飛彩。
「18歳、若いな」
家系図には愛染時家の人々の生まれ年そして没年が記されているのだが、それを見る限り央華の母親である愛染時能里佳は18歳という若さでこの世をさっている。
死ぬのもそうだが一体彼女は何歳で央華を産んだのだろうか?
そして央華の父も話の通り既に亡くなっている様だった。
「どちらも亡くなったのは今から12年前か」
それならば自分が知らないのも当然だとかやは納得する。
12年前となると香夜はまだ1歳、流石に記憶などない。
央華自身も記憶があるかどうか疑わしいものだ。
「家系図を見るに央華ちゃんのお母さんは現当主様のお姉さんか。当主さんなら何か知ってるかな?」
2人の死も気になるところではあるが、家系図を見る限りそれ以上に気になるのが央華の兄の存在だ。
南風日和、あの時央華に聞いた名前はそれに間違いはないはずなのだが、家系図上にはその名前は見当たらない。
嘘という可能性はないだろうと香夜は思う。
あそこで嘘をつく理由がない。
ならばなぜ名前が記されていないのか?
それは央華が言ってた様に南風日和は央華の母との子供ではなく、それ以前に出来た不義の子だからであろう。
香夜は再び家系図に目を落とす。
「だとしたら」
香夜は前もって印刷していた一家殺害の記事をポケットから取り出す。
そうこの記事を見た時から香夜は気になっていた。
央華の兄の名は南風日和と聞いていたのに殺された家族はの名は南風では無かった。
けれど兄の方も養子に出されていたとしたら?
不義の子である日和を愛染時家で育てるとは思えない。
恐らく厄介払いとしてどこかの家に預けられたはずだ。
そしてその養子先で事件が起きたのだ。
それなら名前が違うことにおかしな点はない。
ならば一緒に亡くなった妹というのは養子先の子供といったところか?
いや、だとしても矛盾する。
しばし思考の海に沈む香夜。
記事の内容、亡くなったの2人の兄妹、央華の言葉、名前、性別、養子、そして連続殺人。
それぞれの事実を一旦バラバラに分解し不要な状態を削ぎ落としながら一つに美しい形になる様脳内で組み立てる。
これが香夜の思考の仕方だった。
情報には間違いがつきものだと前提した上で一旦全て知識を分解し多方向から観察した上で間違い無いと思えるものを整理する。
姿勢を正しく目を瞑り考えるその姿は側から見ると椅子寝ている様にも見える。
そうする事、15分ピクリともしなかった彼女がようやく動いた。
「そっか、もう1人いたと仮定すれば問題はないか。じゃあ犯人は1人だけ」
そうかそうかと頷きその自身の無慈悲な発想に香夜は軽く自笑してしまう。
けれどようやく頭がスッキリした。
ここ最近、央華から話を聞いて以降喉に小骨がささったかの様な妙な突っ掛かりがストレスになっていたからだ。
それが今ようやく取れた。
自分なりの解釈だが大体納得のいく答えが出来てきた事で香夜は一息をつく。
事前に用意してもらっていた紅茶とクッキーを口に運ぶとその美味しさについ口元が緩んでしまう。
頭をずっと使っていた為だろう甘いものが体に染み渡るように感じる。
このクッキーは三佐川さんに作ってもらったものだが専門店の様にどれも美味しく種類も豊富だ。
今度作り方でも聞こうかと、香夜は思案する。
勿論、一峰に食べてもらう為だ。
一峰の職業は医者、きっと頭を使うはずだ。
美味しいクッキーを持っていけばきっと喜んでくれるはずだ。
一峰の喜ぶ顔を妄想して香夜の顔は更ににやける。
それこそせっかくの可愛い顔がブサイクに歪んでしまうほどに。
そうしてひとしきり妄想にふけった後ふと、気になる。
一峰は一体どこまで知っているのだろうと。
何も知らないという事はまずないだろう。
一峰はその冴えない外見に似合わず鋭い観察眼と跳躍した発想力を持っている。
そのギャップが香夜にはまたたまらない魅力でもある。
そんな彼が、ここまで不審な事件が央華の側であって気づいていななんて事はあり得ない。
あえて黙っているのだと香夜は思う。
事なかれ主義の彼のことだ香夜と同じ考えまでたどり着いたとしたら恐らく口をつぐむだろ。
それは香夜とて同じだ。
この考えをわざわざ警察に言おうとは思わない。
証拠などはなし変に真相に近づき蛇に襲われたら敵わないからだ。
ただ一峰には自身の考えを聞いてもらおうと思う。
もし一峰がこの考えを認めてくれたらそこでようやく香夜は自身の考えに自信を持つことが出来のだ。
その再会は実に2年ぶりのことだった。
とはいえこれを再開というのはいささか語弊がある。
現に相対する男の顔には困惑の色が浮かんでいる。
まるで民家に塀に隠れるかのように突然曲がり角から現れた初老の男。
突然目の前に人が現れたことに出会い頭の男女特に男の方は持っていた買い物袋を落とそうになる程驚いている様子だった。
女の方はすぐに頭を下げ立ち去ろうとするが初老の男はそうな2人を呼び止める。
話があるのだと。
2人は目の前の男に覚えがなかった。
女は無表情でなにを考えているかわからないが男の方は必死で記憶の引き出しを探り出している様だ。
そんな無駄な時間を省きたい初老男は、思い出させる暇も与えず自身の言いたい事を話す。
「久しぶりだな葉鳩。君は覚えてはいないだろうが君の両親が亡くなった事件を担当していた
数町だ」
手帳を見せつけながら自己紹介をする数町はひどく無愛想で突然話しかけてきたにしてはとても横暴な態度を見せる。
その態度が気に入らないのだろう、葉鳩の横にいる女性は先程までの無表情さから一変し眉を寄せている。
あきらかに数町健永に対していい感情を持っていない様子である。
「デート中だったかな?」
健永は2人を見比べてそう述べる。
その言葉を葉鳩は首を振り否定する。
「いえ、彼女は家で働いてもらっている家政婦です。僕は彼女の付き添いで買い物に」
そういえば住込で働いている家政婦がいたことを思い出す。
この接触を図る前に事前に葉鳩家については下調べをしていた健永だが、一度だけ見かけた彼女はメイド衣装だったが今は黒のハーフネックにブラウンのロングスカートと最初に見た印象が強すぎて私服姿だとまるで別人の様に見えてしまう。
けれど確かにこの感情の見えない暗い瞳は死人に様に表情の見えない独特な顔はあの時のメイドのものだった。
「あの、僕に何に様でしょうか?」
世間話をしてきた訳ではない、そんな事をは分かっているからこそ葉鳩の声に緊張が走る。
「いや何、先日君を街で見かけてね。その時一緒にいた男私の部下なのだよ。勝木伸之と言うんだが知ってるね」
「友人ですよ」
即答する葉鳩、迷いなど一切感じられないその姿勢は彼の実直さを物語っている様にも思える。
「聞きたいのはそれだけですか?ならもう良いでしょうか?先を急いでるんで」
返事を待たずして去ろうとする葉鳩、それはまるでこの場から逃げる為の言い訳の様だ。
何かやましい事がある長年様々な犯罪者を見てきた健永は直感的にそう感じとる。
「そういえば、会社順調な様でよかったですよ」
去る2人に聞こえる様に少し声を張る健永。
女は振り向かなかったが葉鳩は立ち止まりこちらを見た。
「有限会社ハバト。若者の間じゃそこそこ有名な会社らしいじゃないか?アプリゲームの制作会社なんだって。勝木のヤツも君の作ったゲームにハマってるよ。事件で両親を亡くしたというのにもう自立して今や社長、立派だな」
有限会社ハバトは葉鳩が立ち上げたゲーム制作会社である。
彼は両親が亡くなったことでその遺産を相続したが、彼はそれを貯金や生活費にあてるのではなくその資金を元手に会社を立ち上げた。
ゲームアプリの作成会社にした理由は単純に彼自身がゲーム好きだった事と友人とオリジナルゲーム制作をしてみたいと話していた事が起因となっていた。
とにかく自立がしたかったのだ。
その手段がたまたまゲーム制作であっただけで時が違えばまた違う道を歩んでいただろう。
両親が死んでしまった今、葉鳩家を支えられるのは自分しかいないお金はあるに越したことはない。
不本意な形ではあるが当主となってしまった以上責任がある。
だから立ち上げた会社名をハバトとし自身が葉鳩家の代表だという事を忘れない様にした。
会社が軌道に乗り、その名が知られる様になったのは努力もあったが運も良かったのだろう。
ゲームの運営を始めて一年ほどで会社は軌道へ乗った。
余談だが伸之は葉鳩の事を呼ぶ際は未だに馴染みのある会社名のハバトの方を連想してしまっている。
「立派なんて事はないですよ。僕は酷い人間です」
その小さな呟きは健永に届いたのだろうか?
それは分からない。
2人に邂逅をこれ以上続かないよう家政婦の女が割って入ったからである。
「申し訳ありません。これ以上は予定が立て込んでおります。私たちはここで失礼しまう」
返答など待つ気は無いのだろう。
女はそう告げるとまるで母親の様に葉鳩の手を引くとそのまま立ち去ってしまった。
一回の家政婦が主人に対してその様な対応本来ならばあり得ない事だろう。
それでも強引に主人を連れ去ったには何か後ろめたい理由がある筈だと健永は睨む。
今日は逃してしまったが、まだ接触する機会はあるはずそう健永は不敵に笑ってみせるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます