第9話

 4/12 (火)


 授業が始まって3日目にもなると、授業は本格的に始まった。

 結空は勉強は面倒くさいと思いつつも、自分の意志で高校で通っているため、授業と提出物だけは真面目に取り組んでいた。


 板書ばかりだった三限の公共の授業が終わり、10分間の間休みを迎えると、教室が一気に騒がしくなる。

 黒坂は転校生+鬼という珍しい組み合わせだけに最初は質問攻めをされていたが、今はすっかり教室になじみ、クラスメイトの女子と談笑をしていた。

 結空はそんな彼女の姿を頬杖をつきながら眺めていた。


「どうしたん? 黒坂さん見て」


 柳井に話しかけられたことを煩わしさを感じ、溜息をついた。

 昨年と違い、今年は同じクラスになったせいで柳井に毎日ちょっかいをかけられていた。


「鬼のクラスメイトいたときはびびったけど、以外となじむものだと思ってさ」

「たしかに結空君よりは馴染んでるね」

「一言余計だ」


 柳井のこういうところに煩わしさを感じる。


「あはは、まぁでも始まったばかりだから、これからでしょ」

「これからねぇ……」


 結空がこれからクラスメイトと仲良くなることがあるかと言われればないと言いきれた。

 逆に黒坂に対してはこれからハブかれる可能性は十分ありえた。


 1年のときは高校デビューしたっぽいクラスメイトが仕切ってたけど一か月ではぶかれ、不登校気味になってたことを思い返した。

 結空も彼女とこれから仲良くなれるかどうかを改めて考えたが、結空が鬼憑きであることがバレない限り無理だった。


「まぁ、これ以上に柳井と仲良くなれる気はしないな」

「えーなんで」

「俺に対してちくちく言葉が多すぎなんだよ」

「何その言い方、めっちゃかわいい」

「……うっせえ」


 結空は居心地が悪く感じ、席を立った。


「どこ行くの?」

「トイレだ」


 咄嗟に出た言葉だが、尿意は全くないわけではなかった。


「じゃあ、僕も行こうかな。トイレ行きたいところだったし」


 柳井がついてきた。

 並んで歩くと、柳井の背の高さがいつもより気になった。

 結空の身長は170半ばでそこそこ高い方だが、柳井はそれより高く、目線が自分より上にあった。

 本人に聞いたことはないが、180はあると結空は思った。


「お前もかよ」

「連れションってやつだよ」

「なんだそれ。トイレぐらい一人でいけよ」

「いいじゃん。減るもんじゃないし」


 結空には理解ができなかったが、それ以上、口を出ださなかった。

 廊下を歩いているといつも以上にすれ違う生徒の視線を感じた。

 理由は隣にいる男だ。

 柳井の顔つきは男の結空目線でもイケメンだった。

 目が大きく、鼻が高く、鼻筋が通っているし、唇は薄いし、歯も白い。文句のつけどころがなかった。ついでに背が高い。

 テストでは学年上位者に名を連ねている上に一年生の頃に部活の助っ人を頼まれていたので運動神経も良い方。

 つまり、背が高くて顔がよくて勉強も運動もできる人間だ。

 結空から見たら性格が良いとはいえないが常に誰かしらと一緒にいるから悪くはないことは推察できた。

 顔がよくて性格が良い日本最強のプロゲーマーに対して『頼むからワキガであってくれ』というコメントを見かけたが、そいつが柳井をみたら同じコメントをすると思った。

 そんな奴が自分にかまってくることが鬼憑きとバレてない限りは理解できなかった。

 一年生のときからその線を疑ってこそはいるが、結空の方から迂闊に言える訳はないし、向こうも知っているような素振りを一切みせてないので、なぁなぁになっていた。


「お、柳井じゃん! 元気?」


 トイレに入ると、知らない男子がやってきた。


「おー、やまちゃん久々ー」

「柳井って今何組だっけ?」

「俺は5組、そっちは2組だっけ?」

「そうそう、よく覚えてんなー」

「覚えるの得意なんよねー」


 柳井はやまちゃんと談笑しているが、こういうときどういう態度をとればいいかわからなかった。

 とりあえず、用を足そうと一人で便器に行った。

 おっかけてくるように隣の便器に柳井が来た。


「なんで先いっちゃうのさー」

「話し相手のことよく知らないし別にいいだろ」

「そうかもしれないけどさーせっかくトイレ来たんだし待ってくれてもいいでしょ」

「……悪かったな。次からは気を付ける」


「お前が勝手についてきたんだろ」と言いかけたが、我慢をした。

 いったところで、良い方向に転がることが絶対にないからだ。

 面倒くさいと思った相手にすら嫌われるようなことを言えない自分に嫌気がさした。


 6時間目は文系と理系に分かれての選択授業だった。

 文系は世界史または日本史、理系は物理または化学の4つに別れて行う。

 結空は勉強が好きではないので覚えるだけでいい文系にし、世界史よりは日本史の方が興味あるので日本史を選択した。

 だが、結空にとって日本史にしたことは1年生での一番の失敗だった。



「加賀智君、日本史だよね? 教室まで一緒に行かない?」


 憂鬱な気持ちで整理していると、女子の声がした。

 驚きながら顔を上げると、黒坂が勉強道具を持って立っていた。


「え、あ、いいよ。」


 心の準備ができてなくて挙動不審になってしまった。


「ありがとうー。仲いい子みんな別の科目だから助かったよー」

「そ、そうなんだ」


 日本史の授業が行われる旧校舎に黒坂と向かう。

 黒坂と廊下を歩いていると、柳井のとき以上にすれ違う人がこちらを見てくる。

 彼女の顔をちらっと見ると普段と何一つ変わらない顔だった。


「ねえ、聞きたいことあるんだけどいい?」

「どうしたのかしこまって。何でも聞いていいよー」

「誰かに見られるのとかって嫌じゃないの?」


「んー、慣れちゃったかな。加賀智君は誰かに見られるの嫌なの?」

「うん。心の中見透かされるような感じがして」

「それは隠し事してるからじゃないの?」


 ぎくって効果音が出たほどに驚いてしまった。


「……そうかも」

「まぁ、誰にでも隠し事の1つや2つあるからね。私に話してみたらすっきりするんじゃない?」

「機会があったら話すよ」

「逃げるつもりだなー」

「もう教室つくし、こんな気軽に話せることじゃないし」

「それもそうだよね。話してくれるのを楽しみにしてるよ」


 教室につき、前回の授業で決まった席につく。

 他クラスと合同なので見知らぬ顔も多いが話すことはないので気にはならなかった。


 開始一分前に日本史の教師である木島先生が入ってくる。

 これが、結空が日本史を選択したことが失敗だった理由だ。

 柳井と違ってちょっかいはかけてこないが弱みを握られている人間と同じ空間にいるのはそれだけでしんどかった。


 授業が終わると、結空は大きくため息をついた。

 チャイムが鳴り響くなるなか、黒坂の元に木島先生が来ていた。


「黒坂さん、放課後に話があるので日本史準備室に来てください」

「何の話ですー?」

「この場では話せない内容なのでその時話します」

「はーい」


 話の内容が気になったが、ここで首を突っ込むとバレるので見て見ぬふりをして教室を出た。

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