第8話
結空は帰りの挨拶を終えた後、いつも通りすぐに教室を出た。
真っ先に家に帰った後、帰動きやすい服装に着替えて、買い置きしといた総菜パンを食べてから再び家を出た。
最寄り駅近くの駐輪場で自転車を止め、そこから数分歩いたところにある7階建てのオフィスビルに入り、エレベーターで4Fに上がる。
鈴ノ目探偵事務所と書かれた受付の前に受話器を迷わずにとった。
「加賀智です。」
『はーい。ちょっと待ってね』
通話が切れた後すぐに若い女性が現れた。
「いらっしゃい。鈴木さんなら先にいつもの部屋にいるわよ。」
「わかりました」
女性と並んで事務所の中に入っていく。
事務所にはオフィスデスクがあるスペースとガラス張りの面談室に分かれていた。
オフィスデスクは10人分あるが、使っている人は3人しかいなかった。
「「「こんにちはー」」」
「こ、こんにちは」
事務員に全員に挨拶をされ、結空はぎこちない挨拶を返しながら、奥にある一室に入った。
バレーボールコート反面ほどの広さの部屋に全面にコルクマットが敷かれていた。
物は何一つ置かれていない殺風景な部屋に四十過ぎの茶髪の男がジャージ姿で立ちながらスマホを弄っていた。
「こんにちは」
「よー、さっそくやるかー」
「お願いします」
気さくな挨拶をした男は鈴ノ目事務所の主探偵、鈴木 弥一(すずき やいち)だ。
結空の同居人の方針で週に一度、鈴木に一年前から近接戦闘術の稽古をつけてもらっていた。
何でも、鬼憑きとしてある程度は戦えた方がいいということだった。
結空は戦うことなんてないだろと思いつつも、無料で学べるかつ、同居人には返しきれない恩があるので断らず真面目に教わっていた。
10分かけて準備運動をした後に、稽古が始まった。
今日のメニューは組手で、基本的に結空が攻める練習で、隙があったら鈴木が反撃をしていた。
3月中は動きを習うことが多かったが、4月から鈴木相手への実践的な動きに変わっていた。
先週に続いて今日も結空は一度も攻撃は通らなかった。
鈴木は一手先を見透かしてるかのように結空の攻撃を受け流していた。
結空が踏み込んで拳を突き出したが、避けられた上に足払いをもらい、転がされた。
「いつつ……」
マットの上といえどいきなり倒されるのは痛かった。
「よし、いったん休憩にするか」
30分ぶっ続けだったのにもかかわらず、息が上がっていなかった鈴木は部屋を出ていき、水が入ったペットボトルとタオルを持ってきた。
「ほらよ」
「あ、ありがとうございます」
結空は水を飲んだ後に一息ついた。
「鈴木さんに勝てる気がしないんですけど、鬼憑きでないのになんでそんなにすごいんですか?」
「まぁ、探偵は何されるかわからんから鍛えておいてるのさ」
結空は鬼憑きで、身体能力は優れているだけに鈴木さんの戦闘能力の高さに
「まぁこれからよ。筋肉の動きとか見えるようになってきたら何とかなるよ」
「そんなことできるんですか?」
「まぁな。涼子さんの方がそういうの得意だから聞いてみな」
涼子さんとは、結空のことを養っている同居人の名前である。
この探偵事務所で働いているらしいが、結空は見たことがなかった。
「そういえば、涼子さんは元気ですか?」
「なんだよ、顔合わせてないのか?」
「ええ、4月になってからは」
「昨日とか普通にきてたぞ」
「えー、だったら家に顔を出してきてほしいのに」
結空の言葉は本心だった。
中学時代からゲームばかりして話す機会こそ少ないが、結空にとって母親みたいなものなので全く顔を合わせないのはそれはそれで悲しいことだった。
「あいつはほんとに気まぐれだからなぁ。電話にも出ねえし。結空に心配かけさせないように言っとくわ」
「お願いします」
涼子はスマホを持たない自由人だ。
鈴木曰く、業務用携帯を持たせているらしいが電話に出ないので面として伝えるほかなかった。
結空としてはそんな人間が仕事できるのかと疑問でしかなかった。
「次は、きじゅつの進捗確認でもするか」
「お願いします」
5分ほど休んだところで、別の稽古に移る。
鈴木さんは丸椅子を持ってきて、その上に空のペットボトルを置いた。
「ウォーミングアップだ。あれ倒してみろ」
「はい」
結空は手のひらを前に出し、目を閉じた。
手のひらに意識を向け、力を込めると、結空の手のひらから風が吹き、丸椅子の上にあった缶が倒れた。
鬼憑きの血液内にある特有の血液色素を用いることで異能を行使できる。そのことを
結空は風を自由に操れる鬼術を持っていた。
「だいぶ風の力も制御できるようになってきたな」
「ありがとうございます」
鈴木さんの指導の下、鬼術の練習も並行して行っていた。
最初こそ鬼憑きでない人間に鬼術を習うのは違和感があったが、指導通りやったらうまくいき、ここまで成長出来ているので今は信頼を寄せていた。
「もっとできるように頑張ります」
最初は卓上扇風機より弱い風しか起こせなかったので、かなり成長していたが、結空は満足していなかった。
だが、鬼術は血を用いることから多用はできなかった。
結空も初めて発動できたときは貧血で倒れていた。
「鬼術は使い込みが大事だから、これからも継続してやるようにな」
「わかりました」
「よし、まだ時間あるしもう一回組手するか」
鈴木は腕時計で時刻を確認しながら言った。
「お願いします!」
負けず嫌いの結空は喜んで受けたが、またも結空の攻撃は一度も通らなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます