第7話

 4/8 (金)


 昨日は模試があり、休み時間に柳井にちょっかいかけられるだけで終わった。

 本日から授業が始まったが、自己紹介と教科書や授業方針の説明ばかりでほとんどノートに書き込むこともなく昼休みを迎えた。

 

 「結空君ー、ご飯食べない?」

 「なんだよ急に」


 教科書を整理していると、柳井が席の前に来た。

 結空は鬼憑きの影響で一日食べなくてようやく空腹を感じるようになる。

 話しかけられないようにするために学校でご飯を食べないでいた。


 「急にって昼休みにご飯食べるの誘うのは普通っしょ」

 「いや、いいよ俺は」

 「え? もしかして便所飯してるって噂はほんとだったの?」

 「なんだよそれ。単純に昼食べないだけなんだが」


 結空は、視界に移った1年時クラスが一緒に目をやる。

 その男子は目が合うと、バツの悪そうな顔で目線をそらされた。

 告発したのはあいつで間違いないと結空は察した。


 「私も一緒にご飯食べていい?」


 黒坂が割って入ってきた。


 「俺は食べないよ」

 「えー、なんでよー」

 「昼ごはんを食べないようにしてるから」

 「お腹すかないの?」

 「うん。お腹あんまりすかないんだよね」

 

 結空はこれが原因で鬼憑きだとバレるんじゃないかと後悔した。


 「それは残念。今度は一緒に食べようね」


 彼女の残念そうな表情から鬼憑きだとばれなさそうでほっとした。


 「うーん、考えとくよ」

 「前に話したお弁当のこと忘れてないからな」

 「作るとは一言も言ってねーだろ! じゃあな!」 


 結空は逃げるように教室から出て行った。

 

 面倒なことになったと思いながら、廊下を歩く。

 柳井はまだわかるが、黒坂に話しかけられるのは想定をしていなかった。

 来週以降のことを憂いながら、結空は図書室に入った。


 新年度の最初の昼休みに図書室に行く生徒は結空以外にいなかった。

 入口近くにある文庫本コーナーへ一直線で向かった。

 結空は一年生の六月ぐらいから昼休みを図書館で過ごしている。

 映像化された一般小説やライトノベルが何冊もあり、時間を潰すのにうってつけだった。

 今回は累計発行部数二万部を超える恋愛小説を手に取った。

 

 導入部分ということもあってかあまり没入することができなかった。

 60ページほど読み進めたところで本を閉じ、背筋を伸ばした。

 

 時計を確認すると五時間目まで残り10分だった。

 そのついでに周りを見渡すが本を読むために図書室に来た生徒は誰も来なかったみたいだ。

 きりもいいので本を元の場所に戻し、図書室から出ようとする。


 「加賀智君、教室戻るの?」


 受付にいた女子生徒が結空に声をかけてきた。


 「え……あ、はい」


 話しかけられるとは思わず、敬語が出てしまった。

 髪が肩に髪がかかるくらいのミディアムヘアにくっきりとした二重が印象的な女子だった。

 名前はわからないが新クラスの学級委員長ということだけは結空はわかった。


 「じゃあ、私も戻ろうかな。ちょっと待ってて……」

 「わ、わかった」

 「ありがとうー」


 笑顔で言った後、彼女は図書室の受付の後ろにある部屋に入っていき、数十秒したらお弁当箱を持って戻ってきた。


 「お待たせ、いこ」

 「うん」


 結空は女子と並んで歩くことに緊張していた。

 結空は鬼憑きである前に思春期を迎えた男子高校生だ。

 彼女欲しいという気持ちが全くないわけではないし、性欲もある。

 だからこそ、数少ない女子と話す機会に緊張していた。


 「加賀智君とさ、話してみたかったんだよね」

 「え、そうなの?」


 鬼憑きとバレのかと思い、ドキッとした。


 「うん。1年生のときから図書室にいて本好きそうだったから気になって」


 春名の言葉を聞いて、胸をなでおろした。


 「好きっていうか暇つぶしで読んでただけだけどね」

 「いやでも好きじゃないと毎日こないでしょ」


 結空は「ただ教室にいたくないだけだったんだよな」と心の中でボヤいた。


 「うーん、まぁそうかも」

 「い、委員長はどうして図書室に?」

 「もしかして、私の名前覚えてない?」


 アニメだと人のことを委員長呼びしていることが度々あったので委員長と呼べばいいと思っていた結空にとってはその返しに驚きを隠せなかった。


 「ごめん……覚えるの苦手で」


 言い訳も思いつかず、正直に話した。


 「……そっか。私の名前は春名 紫苑(はるな しおん)、これでもう覚えたでしょ?」

 「う、うん。もう忘れないよ」

 

 結空は申し訳なさでいっぱいになった。


 「ごめん、話戻すけど、新年度の最初は去年の図書委員が交代でやる必要があってそれでやってたんだ」

 「へー、大変だね」

 「そうだけど、加賀智君とこうして仲良くなれたから言った甲斐もあったよ」

 「そ、それはよかった」


 なんて返せばいいかわからず、それっぽく便乗しといた。

 教室の前に来た。戻るとまた柳井になんか言われそうで面倒だと思った。


 「ごめん、トイレ行きたいからこれで」

 「わかった。またね!」


 結空は軽く手を振った後にトイレに向かった。

 少しはクラスメイトのことを理解しないとなと思いつつも、クラスメイトは面倒後思った後に名前を憶えていたかった最低の自分は春名さんと今後話をする機会はないんじゃないかと思った。

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