第6話
結空は職員室の前を通りたくなかったので、本館の2階を経由して下駄箱へ向かう。
2階は3年生の教室があり、各クラスに5から10人ぐらい残っていた。
歩きながら教室を覗くと雑談をしている生徒しかいなかった。
この高校は大学付属高校なのでよほど学校の成績が悪くなければ受験せず進学ができるからだ。
結空は3年生の生徒と通り過ぎる度に視線を感じた。きっとネクタイの色のせいだと思った。
男子のネクタイ、女子のリボンは学年ごとに色が違う。今年度は三年生は緑、二年生は青、今年入る一年生は赤となっている。
緑色のネクタイばかりの中で青色がいたらいやでも目にいく。
角が生えている人間がいたらいやでもそこに視線が移ってしまうのと同じだろう。
見られることはまるで自分が物珍しい存在――鬼憑きだとバレているみたいで嫌だった。
そんなことはないとはわかっていてもこの違和感は拭えなかった。
三年生の教室の前を通るのは失敗だったと反省しつつ、階段を降りた。
「あれ、加賀智君?」
ローファーを履くためにしゃがんだときに名前を呼ばれ、結空の体がはねた。
そこには学生服を着た角の生えた少女がいた。もちろん胸につけているリボンの色は結空と同じ。
「……く、黒坂さん?」
どういう反応するのが正解かわからず、悩んだ末に名前を呼んだ。
「あーやっぱり!これから一年間よろしくね」
「こちらこそよろしく。それにしても、よく名前覚えているね」
初対面でも相手の目さえ見なければ物怖じせず話せるのはネットで初対面の人間とゲームをやりまくっていたおかげだった。
「私、記憶力がいいんだよね。加賀智君こそ名前覚えててくれて嬉しい」
黒坂は笑顔を返した。
「転校生の名前なんて最初に名前覚えるよ」
自分の素性がバレないようにするためにあたり触りのない言葉を選んだ。
「加賀智君は私のことを転校生って呼ぶんだね」
「え、そうだけど?」
結空には黒坂の言葉の意味がよくわからなかった。
「鬼のって枕詞をつけないところ」
「……そんなに珍しい?」
「みんな気にするところは鬼ってところばかりだよ」
黒坂は少しあきれ気味だった。結空は話しかけられたときの質問が容易に想像できた。
「俺も角のことを気にしていないわけじゃないけど。鬼のってつけなかったのは気まぐれみたいなものだよ」
「それでも、鬼って言葉を避けてくれたのはうれしいかな」
黒坂は笑顔でそういった。
「鬼って呼ばれるの嫌なの?」
「嫌じゃないけど。人とは違う別枠として扱われている感じがしてね……。例えると外国人やハーフと同じで予め線引きされている感じかな」
彼女の発言に結空は納得した。外国人も見た目が異なるだけであらかじめ線引きがされやすい。特に鬼憑きだらけの日本ではそれが顕著だった。
「……」
そして、日本人のフリをしている結空は返す言葉がなかった。
「辛気臭い話しちゃってごめんね!」
「気にしなくていいよ。今までそういったこと考えず生きてきただけだから。じゃ俺、自転車通学だから」
結空は校門とは別の方向にある自転車置き場を指した。
「そっか。また明日!じゃあねー!」
彼女が手を振ってきたので結空も手を振り返した。
「また明日」
結空は自転車置き場についたタイミングで深く息をはいた。まさか下駄箱で転校生と遭遇するとは思ってもいなかった。
さっきはなんとか乗り切ることができたが、問題なのはこのような状況が何度も起こる可能性があるということだ。そういった意味では無難な会話をせず突っぱねるべきだったと後悔した。
考えてもどうしようもないので、イヤホンを耳に突っ込み、考えることをやめた。
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