第4話

 4/6(水)


 結空は欠伸をしながらマンションの駐輪場に向かっていた。

 始業式の次の日は入学式で一年生以外は休みだったため、学校が嫌すぎて徹夜でゲームをしていた。

 ちょっかいをかけてくる柳井の存在だけでも面倒くさいのに鬼憑きの転校生まで同じクラスにいるのは想像もしていなかった。

 教室の隅っこでひっそりできた一年生のクラスが恋しいと思いながら自転車に跨った。

  

 2日ぶりの通学路は心なしか足元に花びらが増えていた。

 自転車に漕いでる最中に鬼憑きの転校生にびびりすぎていることに気づいた。

 そもそも、結空が鬼とバレる可能性はかなり低い。何もなければ結空が鬼憑きとバレることはまずない。

 現に上級生の鬼憑きには結空が同類であるということは気づかれていない。

 見ただけで結空が鬼憑きとバレることはなかった。

 この一年間で最初の一、二か月を乗り越えれば日陰者となって話しかけられることはないとわかっているので、今を乗り越えれば問題ない。

 目立たないように頑張るぞと結空は自分自身を鼓舞した。

 

 「おはようございます。昨日は入学式だったので二日ぶりですね」


 気さくな声で先生は挨拶をしたが、クラスの雰囲気は浮ついていた。

 それもそのはずで、鬼憑きの転校生がまだ教室にいないからだ。

 結空は転校生の名前まで把握していないが、二日連続で空いてる席に転校生が座るということだけは予想できた。


 「転校生の黒坂さんには外で待っているので入ってきてもらいましょうか。黒坂さん入ってきてください」


 女子生徒が教室に入ってくると、ざわついていた教室が一気に静まり返った。

 結空含め、クラスの全員が転校生の頭頂部から生えている角の長さに驚いていたからだ。鬼の角の長さは5cmあれば長い方とされているが、は倍近くの長さで明らかに規格外だった。

 

 転校生はぺこりとお辞儀して先生の隣に立った。

 先生はチョークを持ち、黒坂 百合と名前を書いた。


 「転校生の黒坂さんです。自己紹介はこの後のクラス自己紹介でしますので、簡単な挨拶だけお願いします」

 「今年から大枝大学に転入した黒坂 百合(くろさか ゆり)です。こんな見た目ですが仲よくしてくれるとうれしいです。よろしくお願いします!」


 はきはきとした声で転校生が挨拶をした。


 「黒坂さんはあそこの空いている席に座ってください」


 始業式から空席だった結空の隣の列の前から三番目の席に黒坂は座った。


 「さっそくですが、自己紹介から行います。みなさんには一昨日あらかじめ説明した内容を話してください」


 先生は黒板に名前、一年時のクラス、好きな食べ物、趣味を箇条書きで書いた。


 「黒板に書いたこと以外にも言いたいことがあれば何言っても結構です。まずは出席番号一番の井上さんから」


 井上は黒板の前に立ち、自己紹介を始めた。


 結空は自己紹介を聞かず、手元のメモを確認する。話すことなんて滅多にないから覚えるだけ無駄だった。


 『名前は加賀智結空です。一年のときは四組でした。好きな食べ物は寿司、趣味は読書です。最近はまっていることは料理です。休みの日によく作っていて、この春休みはいろんなのを作りました。これから一年間よろしくお願いします』


 深く突っ込まれることもない無難な回答だと結空は思った。

 昨年の自己紹介では趣味をゲームと答えたらクラスメイトに話しかけられることはあったが、パソコンでゲームをやる結空はそのスマホゲームが主のクラスメイトとやってるゲームが全く合わなかった。

 この経験から趣味のゲームは隠すことにした。


 結空の番になり、黒板の前に立つ。発表するときに全生徒に見られる感覚は鬼であることがばれるのではないかと不安になる。

 下手に焦るとよくないので目を閉じて深呼吸してから自己紹介を始めた。話す内容が100文字程度だったこともあり、何事もなく終えた。

 結空が自己紹介を終えて一息ついているうちに転校生の黒坂の出番になる。


 「転校生の黒坂百合です!昨年までは通信制のM高校にいました」


 初めの挨拶同様に元気ではきはきとした声でしゃべり始めた。


 「好きな食べ物はカレー、好きなことは人と話すことなので仲良くしてもらえるとうれしいです。あとは、私は公安の特殊対人部隊所属です。少し前にポスターのイメージガールになったりもしてました。何か困ったことがあったら私を頼ってください。これから1年よろしくお願いします!」


 ジェスチャーを交えながら自己紹介をし、最後に深くお辞儀をした。


 結空は転校生の発言に驚きを隠せなかった。

 特殊対人部隊は鬼憑きで構成された警察部隊だ。

 主に鬼憑きの犯行を取り押さえることを目的としており、拳銃を始めとした武器を用いずに鬼憑きを取り押さえることができる唯一の集団であった。

 このことで結空は彼女に大して力でどうにかすることができないことが明確になった。


 結空にとっては彼女は公安の人間であるということがやっかいだった。

 鬼憑きは、国に鬼憑きであることを申告をしないといけない。

 当然、結空は申告は行っておらず、普通の人間として扱われている。

 彼女は公安の人間なので、彼女にバレるということは鬼憑きであることを申請しないといけなくなるということだった。


 今後について考えていたら転校生の黒坂以降の自己紹介は頭に入ってこなかった。

 中休みになると黒坂のところにクラスメイトが集まっていた。

 窓越しから他クラスの生徒が覗いていたりといつになく人が多かった。

 そんな中で柳井だけは俺にちょっかいをかけにきていた。


 「かがっちって料理するんだねー。意外だった」

 「俺をなんだと思ってるんだよ」

 「フツーの男子高校生は料理なんてしないよ。ねね、今度お弁当作ってよ」

 「なんでそうなる」

 「かがっちの料理食べてみたいし」

 「彼女がいてもそんなことしねーよ」

 「ふーん、彼女いないんだ」

 「いるわけねえだろ」


 にやにやしながら見てくる柳井がうざかった。


 「その気になれば彼女の一人や二人できるのに」

 「まずは友達から作るところだな」

 「かがっちと友達だと思ってたのになぁ」

 「……友達なのか?」


 結空は友達の基準が分からず思わず聞いてしまった。


 「話したら友達でしょ。そもそも友達じゃなかったらあだ名で呼ばないし」

 「そうなのか」

 「じゃあ、仲良くなるために一緒にトイレに行こう」

 「トイレぐらい一人で行けよ。女子か」

 「いや、男でも普通にするよ。ほんとに友達いないんだね……」


 哀れみの目で結空を見た。


 「うっせ、さっさとトイレ行ってこい」


 柳井は「また今度ね」と手を降って教室を出て行った。

 トイレに強引に連れて行かないところだけは好感が持てた。


 結空はそれを見送った後に大きな溜息をついた。

 インターネットでは半日ぐらい同じ通話でゲームしたり配信を見たりするのは余裕なのに現実世界だと少しの会話で疲労感を感じてしまう。

 結空は頬杖をつきながら帰ったら何のゲームするかを考え始めた。


 自己紹介の後は委員会・係決めと学年集会だった。

 学年集会ではこの一年間の話や年間行事が主な内容だったが、最後に鬼憑きの生徒が転校してきたという話が出た。

 そして、学年の生徒全員の前でも黒坂は自己紹介をしていた。

 結空は物珍しいものを見るような雰囲気を感じ、より一層、鬼憑きとカミングアウトしたくないと思った。

 

 待ちに待った放課後を迎えると同時に一通のメッセージが届く。学校の日本史の教師からだった。


 『今日のカリキュラムが終わったら日本史準備室に来てください』


 いきたくなかったので悩んでいる顔文字を送る。


 『ふ〜ん』

 『10分後ぐらいに行きます』

 その3文字ですべてを悟り、返信をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る