第3話

 4/4(月)


 朝の目覚まし時計のアラーム音で結空は目を覚ました。

 アラームを止め、時刻を見るとアラーム起動時間の7時ぴったり。


 だるいと思いつつも体を起こし、洗面所で顔を洗って眠気を飛ばした。


 キッチンに向かい、スープボウルにフルーツグラノーラと牛乳を注ぐ。ついでに電子レンジの上におかれている総菜パンの中から一番消費期限が近いメロンパンを手にとった。

 

 総菜パンとフルグラのセットが結空のいつもの朝食だった。

 リビングのソファに腰を下ろし、テレビを見ながら朝食を食べる。


 朝ごはんを食べながらニュース番組見るのが日課になっている。ニュースに興味あるわけではないが、時事ネタを把握するために見ている。

 バラエティー以外はしっかりと見ているわけではないので政治関連のニュースの今はメロンパンに意識を向けつつ、テレビを流し見していた。


 『群馬県で鬼憑きによる暴力事件が発生しました』


 ニュースが切り替わり、鬼憑きという単語に結空は反応した。


 鬼憑きというのは鬼の血が混じった人間のことを指す。鬼憑きが約1万人この日本では決して珍しいニュースではなかった。


 鬼憑きは人よりも身体能力が優れているため人を見下した態度をとる。

 それに起因してちょっとしたことが原因で暴力沙汰になることが多い。


 『人として扱ってくれず、むしゃくしゃして行った』


 鬼憑きの犯行動機が流れた。これも珍しいものではない。

 普通の人間も鬼憑きが人を見下し、何かあれば力で解決すると思っているため、鬼憑きから距離をとる。


 それが心優しい鬼憑きであったとしても。


 人は見た目でどんな人間かを判断する。

 角が生えているだけで近づいてはいけないのが世間一般の常識となっている。

 こうして見た目で判断され、孤立した鬼憑きの心は荒み、犯罪に至る。


 結空は鬼憑きである自分の立ち振る舞いを考えそうになる。

 このままだとよくないと思い、ニュース番組から動画配信サービスの画面に切り替え、アニメを見始めた。


 ご飯を食べた後はクローゼットからクリーニングに出した直後の透明な袋に入った制服に袖を通した。

 姿見で身だしなみをチェックした後に頭頂部を触り、角が生えていないことを確認する。


 結空は鬼憑きではあるが、角が生えていない。所謂角なしだった。

 角がなくてもれっきとした鬼憑きであるため、血液検査をすると鬼と判定される。


 角なしは鬼として自覚がないまま生きていたり、鬼憑きであることを隠していたりすることが多い。結空は後者だった。

 結空は鬼憑きと自覚したのは小学校低学年の頃で、それ以降は鬼憑きであることを隠して生きてきた。今通ってる高校でも一般人として通っている。

 ばれるのが怖いので角が生えていないことはこうして毎朝チェックをしていた。

 

 準備を終えて家を出ると、少し肌寒さがあったが、そのままエレベーターに向かった。鬼の血は基本的な身体能力を向上させる。免疫機能もそれに含まれているので肌寒いぐらいで肌寒い程度で体調を崩すことはなかった。


 自転車に乗り、より一層寒さを感じながら学校へ向かう。

 約3週間ぶりの通学路は桜が咲いていた。

 

 桜の花を見ていると、1年前の入学式のことを思い出した。

 

 結空は、鬼憑きがバレてから中学卒業までは不登校で友人はいなかった。

 そのため、高校デビューを決めようと気合が入っていた。

 

 だが桜とともに気合も散ってしまった。


 理由は鬼とバレるのが怖くて話しかけることができなかった。

 何年も抱えてきた不安を気合だけで払拭できるわけがなかった。

 自分から話しかけることができなかったし、話しかけられても当たり障りのないことしか話せなかった。


 何よりも、話した後に鬼とバレていないかばかりを考えてしまっていた。

 1学期が終わる頃にはクラスで孤立している存在になっていた。

 話しかけられることがあるとすれば別のクラスの生徒にダル絡みされることがある程度だった。


 残り2年もこの学園生活が待っていると思うと溜息が出た。


 結空は家から自転車で15分ほどのところにある私立大枝大学付属高校に通っている。学校名通り大枝大学の付属高校だ。


 大枝大学は鬼憑きとの共存を目指している大学で、鬼憑きの在学が公に認められている珍しい大学だった。その付属高校も同様なので結空が鬼憑きとバレても問題はなかった。


 人工芝の校庭では新クラス一覧が張り出されていて人だかりができていた。

 面倒だなと思いつつ、2年と書かれたスペースに行き、1組から順に確認していく。結空の苗字は「か」から始まるので、頭のほうを探す。1組はなかった。

 人混みをかきわけ、2組、3組と確認していくと、4組に名前があった。出席番号は12番だった。


 新クラスの教室に行く今は始業時間の15分前というのに集団が複数ができていた。


 黒板には出席番号とその席順が記載されていた。その通りに窓際となりの一番後ろの席に座る。一番後ろは絵を描いたり内職がしやすいのでありがたかった。


 話し相手もいないのでスマホでRPGゲームを起動し、スタミナを消費した。


 結空はガチャの課金はしてないが、ネットにいる友人との会話やキャラの絵を描くためにスマホのゲームをいくつかやっていた。


 「お、かがっちじゃーん」

 

 聞き覚えがある男の声がした。顔を上げたくなかったので、無視してスマホの画面をルーティーン通り触る。


 「無視しないでくれよー」

 「今忙しい」

 「ゲームと会話どっちが大事なのさ」

 「人のスマホをのぞき見するのバッドマナーだろ」

 「人の目を見て話さない結空君に言われたくないなぁ。あとバッドマナーって言い方おもろいね」

 「べ、別におかしくはないだろ」


 振り向くと、端正な顔つきの少年がいた。彼は柳井颯太(やない そうた)。1年時にクラスメイトでないにもかかわらず、結空にダルがらみをしていた生徒だった。


 「そもそも、なんでお前がここにいる」

 「え、自分のクラスにいるだけだけど」

 「同じクラスかよ……」

 「そうだよー!友達と一緒でうれしいでしょ?」

 「嬉しくねー!」


 結空は柳井のことが好きではなかった。話しかけてくれるのはありがたいが、返答しづらいことを聞いてきたり、手のひらで転がされている気がして嫌だった。


 「いつものツンデレかわいいね」


 嫌味を言ったのに笑顔で返された。


 「ツンデレじゃねーよ」

 「そういえばさ、春休みどうだった? どっか遊びにいった?」

 「家で引きこもってた」

 「まじかよー。じゃあ今度遊びにいこう」

 「……嫌だ」

 「おっけ。じゃあ今度誘うねよろしくー」


 柳井はそう言いながら別のクラスメイトに話しかけにいった。


 「コミュ力おばけめ」


 と小さく毒づいてから、再びスマホに視線を下げた。


 「みなさん静かにしてください」


 顔を上げると教師が教団の前に立っていた。


 「はい。今日から担任になります。皆川百合子みなさんよろしくお願いします」


 ミドルヘアーの三十半ばの女性教師だった。一年のときは国語を教わっていた。

 

 「転校生って誰ですかー?」


 出入り口付近の席にいる女子から質問がとんできたが、教師は無視して教壇へ向かった。


 「先生!転校生が鬼って本当なの!?」


 何気ない男子生徒の一言で教室が一気にざわついた。クラス全体は恐怖というよりも興味のほうが勝っていた。結空の学年に鬼憑きはいない扱いになっているが、一学年上には鬼憑きがいて、悪い噂がないことが大きな要因だった。


 その中で結空は雷を打たれたような感覚になった。一つ上の先輩とは関わる機会がないので問題はなかったが、クラスメイトとなると話は別だった。


 先生は教室の雰囲気にあきれながら口を開いた。


 「今から転校生について話すので静かにしてください」

 「まず、今日は始業式のみなので転校生は教室に来ません。明後日から、教室に来てもらいます」


 クラスでは落胆の声がした。逆に結空は今日は接する機会がないという事実に安堵した。


 「次に転校生についてですが、中川君が言った通り鬼憑きです」


 一気に声が上がる中、結空は落胆していた。


 「角が生えていること以外は何も変わらないので普通の生徒として接してください」


 生徒を落ち着かせるつもりで先生は言ったが、教室のざわつきはおさまらなかった。


 「もうすぐ始業式なので体育館に移動します」


 始業式では転校生の話は一切でなく、離任式と校長先生の話だけで終わった。

 離任式では嫌いな教師が登壇することに期待しつつ舞台を眺めていたが、そんなことはなかった。


 教室に戻って3枚のプリント配布とその説明で今日の学校は終了した。

 結空はこれからの学園生活に不安を募らせながら、一番に教室を出た。

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