第15話 いじめられていたサメを助けたら

 放課後、入夏は海月と共に鯨丘組の部屋に行った。生徒会から貰った鍵を使うと、部屋は既に開いていた。不審に思いながら、二人が黙って扉を開くと、部屋の中心に檜が立っていた。窓から風が吹き込んでいることから、窓から入ったのかもしれない。どちらにせよセキュリティが甘い部屋である。

「し、紫崎檜!?」

 海月が入夏の後ろに隠れる。

「な、なにか?」

 相変わらずのオーラに入夏の顔も引きつる。

「青石入夏」

 檜はゆらりと入夏に近づいた。

「これはどこに置く?」

「へっ?」

 入夏が檜の手元を見ると、肥料があった。そこで、入夏は檜とのガーデニングの約束を思い出す。

「あ、あぁ、そうだな。今日この部屋を貰ったばかりなんで、まだ決めてないけど、希望とかある?」

「直射日光、雨、水がかからない場所」

「わかった、検討しておく」

「ならば、渡しておこう」

 入夏が顔を引きつらせつつ笑うと、檜は怯える海月に肥料を渡して部屋から出て行った。

「び、びっくりした・・・・でも、どうして肥料?」

「派閥を許可してくれたら一緒にガーデニングをしないかと言ったんだ」

「何その園芸部の勧誘みたいな言い方」

「それ、翌檜のナンバー2にも言われた」

「確かにあの人なら言いそうな気がする」

「それよりも、この肥料を置く場所を決めないと」

 新派閥鯨丘組の最初の活動は翌檜のリーダーが持って来た肥料の場所確保で、海月は苦笑した。



 鯨丘組の活動は極めて園芸部としては順調だった。肥料を持って来た檜は次の日には植物の苗や種を持って来た。生徒会長に頼んで学園の花壇の一部を翌檜と鯨丘組に与えてもらい、今は入夏、海月、檜、朴人が日替わりで水やりをしている。

「いやいやいや!鯨丘組としての活動は!?メンバーは未だに入夏と俺だけよ!?」

「そうなんだよな。どうしようか」

 入夏は腕を組む。勧誘は行っているのだが、如何せんリーダーが地味すぎて相手にして貰えない。勧誘の言葉も少々魅力不足のようだ。

「入夏の魅力が、他の派閥のリーダーみたいに伝わればいいんだけどな」

「俺の魅力ってそもそも何?」

「えーと、圧倒的な親近感とか?他のリーダーにはない魅力だと思うけど」

「それ、人がついてきてくれる魅力なのか?」

「うーん」

 二人が難しい顔で首を傾げていると、窓の外が騒がしかった。かすかに聞こえる物騒な笑い声に入夏と海月は静かに窓際に近づく。

「早くしろよ」

「そうだぜ、てめぇが無所属なのは知っているんだよ」

「決闘を受けろや」

「受けるって言わねぇと、この学園でのお前の人権はなくなるぜ」

 耳を澄ませば、この学園のルールをまるで理解していない声が聞こえてきた。こっそり外を覗くと弱々しい丸眼鏡の男子生徒がガラの悪い四人の男子生徒に絡まれている。

「この部屋が鯨丘組の部屋だってこと、忘れているんじゃないか?前まで派閥は三つでこの部屋があまり使われていないから」

 海月が入夏に耳打ちする。

「助けないと」

「どうするんだよ?」

「海月、アイツらが誰だかわかるか?」

「えーと、丸眼鏡の人は知らないけど、あれは二年生だな。右から田村たむらのぼる吉井よしいたけし天野あまの勇平ゆうへい喜田きだじゅんだな。クラスは全員一組。派閥は翌檜だ」

「そっか、ありがとう」

 入夏は立ち上がって、窓を勢いよく開けた。

「何をやっているんすか!これは校長を倒す条件に反していますよ!」

 そう怒鳴っている入夏の足は震えている。しかし、壁に隠れて四人からはその震えは見えない。

「あぁ!?」

「誰だてめぇ!」

「そんな弱っちい見た目で俺らに意見するのか!?」

「今のうちに逃げておいた方がいいんじゃねーの?」

「うるさい!俺は鯨丘組のリーダーだ!」

 足を震わせながら入夏は怒鳴った。その瞬間、ガラの悪い男子生徒達は笑いだした。

「お前が!?」

「弱そー」

「よくうちのリーダーも許したもんだぜ」

「めっちゃウケる」

「えーと、二年一組、田村登、吉井武、天野勇平、喜田淳。所属は翌檜でいいんですよね?翌檜のリーダーの顔に泥を塗るような行為、俺が見過ごすと思います?」

 入夏に名前を呼ばれた四人は固まる。

「確かに俺は弱いけど、きちんと派閥リーダーとして認められています。今までの音声も録音済みです。ここから立ち去り、その人に二度と絡まないと誓わないのなら、翌檜のリーダーに貴方達の愚行を言ったっていいんですよ?そうしたら、翌檜のリーダー、今年はチャンスを貰えませんね」

 入夏が携帯を四人に見せて言うと、四人は舌打ちと捨て台詞を置いて逃げて行った。余程、檜に言いつけられることが怖いようだ。

「すごいじゃん!入夏!」

 逃げた四人の背中を見て、海月は入夏の肩を組んだ。

「こ、こわかった。本当は録音なんてしていないから」

 入夏は引きつった笑みで海月を見る。

「よくやったよ!あの人らからはお前の足の震えなんて見えなかったと思うぜ」

 海月にバンバンと背中を叩かれた入夏は丸眼鏡の男子生徒の存在を思い出した。

「あの、大丈夫ですか?」

「ひっ!あ、あの、ありがとうございます、助けてくれて」

 入夏よりも震えている男子生徒を見た二人はとりあえず鯨丘組の部屋に入れることにした。

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