第10話 メリット

 実はあの時の笑顔が引きつっていて、本当はついてきてほしかったなんて、今更言えないと入夏は後悔する。

「何でよりによってピオニーは休みなんだよ」

 ピオニーの方がまだ怖くないとピオニーの部屋を目指したが、本日はリーダーの用事により、活動は休みらしい。そこで、急遽まだ心の準備ができていない翌檜の部屋まで来たということだ。

「うわぁ、俺、無理かも」

 説明会、体験の時はあくまで所属するかもしれない生徒だから丁重に扱おうという雰囲気を朴人から感じたため、怖さなどなかったが、今の翌檜は恐怖しかなかった。突然現れて派閥結成許可願なんて出したら何を言われるか、校則があったとしても高圧的に決闘を受けさせられるかもしれないと嫌な想像しかできない。

 入夏がこんなにも怖がっているのには理由がある。それは海月のせいだった。海月の仕入れた情報によると、三つの派閥のうち最も治安が悪いのが翌檜らしい。女子も派手で男に付き合って入った生徒しかいないそうだ。そして、所属を決めた生徒曰く、リーダーの檜の魅力は圧倒的なダーク、陽ではなく陰、何をするかわからないからこそ、その危険さに魅力を感じるらしい。加えて、派閥に無関心な孤高の存在でもある。部屋にいることはなく、翌檜の管理は朴人がやっているようだった。

「一旦帰ろう、あの中庭まで」

 廊下まで聞こえる少し物騒な声に入夏は速足で離れた。

「喧嘩するなら、僕特製のマフィンは配らへんよー」

 足早に逃げていく入夏にそんな呑気な朴人の声など聞こえていなかった。



 中庭まで凄まじいスピードで来た入夏はどうしたものかと悩む。中庭に人はいなかった。それをいいことに入夏は己の未熟さを思わず叫んでしまった。

「あーもう!俺のアホ!」

「うるさいな」

 どこからか、聞いたことのあるような声がして入夏は固まった。

「えーと、申し訳ございません」

 声の主は嫌と言う程わかっているので、入夏は身体を固まらせたまま中庭を出ようとした。

「青石入夏」

 名前を呼ばれて、肩を震わせる。

「うしろ」

 入夏はカチコチの身体で振り返った。中庭の一本の木から背の高い男が降りてくる。

「俺に用なんでしょ?」

 紫崎檜だった。猫背なのに背が高く、初めて見た日には感じなかった刺々しいオーラに当てられ、入夏は唾を飲み込む。あの時の村主と対戦していた檜を見ていた自分の余裕が欲しい。

「え、えぇ、そうです」

「話は聞いている」

「えっ」

「赤虎団のナンバー2が俺と同じクラスなんだ」

「そうなんですか」

「お前が来るから対応してやれと」

「はは、それはそれは」

 入夏は心の中で簾に感謝すべきか恨むべきかわからない奇声を上げた。

「で、何の用?というか、よく、俺がここにいるってわかったな」

 不気味なオーラ全開の檜がユラユラと動きながら入夏に近づいた。

「実はこれを」

 震えた手で入夏は檜に派閥結成許可願を渡した。

「なにこれ」

 檜は派閥結成許可願を受け取り、目を通す。

「ふーん。派閥を作りたいのか」

「は、はい」

「俺と戦う気?」

「いや!そんなつもりはないです!」

「でも、派閥を作るからにはサイキョウを目指すんだろ?」

「まぁ、そうですけど。俺、喧嘩はその強くなくて」

「どういうことだ?喧嘩は強くないのにサイキョウを目指すのか?意味が分からないんだが」

「それは、その夢だからです」

 入夏は檜と目を合わせようと顔を上げた。

「昔、憧れた人が俺に派閥を作ってリーダーになれと言ってくれたから、それがかっこよかったから、俺は派閥を作りたいんです」

「ふーん」

「あの、それで」

 素っ気ない態度に入夏は視線を泳がす。

「メリットは?」

「えっ?」

「俺が、君の派閥を許して、何のメリットがある?」

「えーと、メリットですか?えーと」

 入夏は必死で頭を働かせる。少ない紫崎檜のデータを脳内でかき集めるが、使えそうなものはない。ダーク、陰、危険、檜の木しか手札がない。入夏は一か八かの案に全てを託すことにした。

「えーと、盆栽とかどうです?一緒にやりません?」

「盆栽?」

「あの、ヒノキの盆栽があるらしいんで、一緒にやりますか?俺、盆栽に興味ありますし」

 入夏は携帯を取り出し、検索をしながら説明する。

「ほら、こんな感じの」

 入夏は検索画面に出てきた盆栽を檜に見せた。

「盆栽だけではなく、檜の木を育てるなら、それも協力します!俺の派閥ができたら、肥料とか置けますし。一緒にガーデニングとかどうでしょうか」

 盆栽なんて一人で出来ると言われないように、ペラペラと何も考えずに入夏はメリットを述べた。そのメリットは園芸部の勧誘のようになってしまったが。

「ふーん」

 檜の返事は相変わらず素っ気ない。

「ちょっと来て」

 檜が歩き出す。入夏は携帯をしまって檜の後を追った。



 檜に連れられたのは翌檜の部屋だった。

「あれぇ、何やお前が来るなんて珍しいな」

 真ん中で大量のマフィンを抱えた朴人が笑う。突然のリーダーの登場により、翌檜所属の生徒達は恐怖もありつつ、尊敬するような、憧れの眼差しで檜を見ていた。

「客」

 そんな視線など無視して檜が入夏の肩を掴んで部屋の中に投げ入れた。

「なに?新しいメンバー?スカウトでもしてきたん?」

「いいや、違う」

 檜は絵の具やスプレーが置かれた机に向かった。そして、派閥結成許可願を入夏に返した。

「害虫担当な」

 どうやら認めてくれるらしく、入夏は胸をなでおろした。同時に家に帰る前に盆栽やガーデニングの本を買おうと決意した。

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