第8話 決断
あの頃の憧れは今の入夏の胸に深く刻まれている。あの男子高校生のように強く勇ましい人間になりたくて、入夏は絶勝学園第一高等学校を目指したのだ。しかし、入夏は喧嘩が強くなかった。あの男子高校生のような逞しい身体つきとは程遠い見た目に、好戦的ではない性格からどうしても派閥を作ろうと決断することができなかった。派閥リーダーになると公言することすら怖かった。これは長年の友人である海月にも言えていないことである。
「だから、赤虎団に入って鍛えようかなって。そりゃ、お兄さんのようにリーダーなれたら、俺は憧れに近づくんだろうけど」
派閥リーダーになるか、派閥の一員として過ごすか、入夏はずっと悩んでいた。
「入夏!」
「わっ、なに」
黙って聞いていた虎鉄がいきなり声を上げる。そして、力強く虎鉄は入夏の肩を掴んだ。
「派閥を作るべきだ!」
虎鉄の目が潤んでいる。
「えっ」
「何を迷う必要があろうか!派閥を作り、幼少期の君の憧れを守るべきだろう!」
「でも、俺、強くないし」
「それはわからんぞ!俺達の持つ可能性は俺達が一番わからないからこそ努力するのだ!」
「でも、今から果たし状を書いて、派閥のリーダーの誰かに渡すなんて無理だろう?」
「何を言っている!果たし状なんかなくとも、三人のリーダーから許可を得れば、倒さずとも派閥は作れる!」
「いいのか?米粒くらい小さいけど、ライバルが増えるんだぞ?」
サイキョウになる生徒は一人に違いない。眼中にないとはいえ、派閥が増えることでリーダー達に良いことはない。しかし、虎鉄は笑顔で首を振った。
「構わん!というか、ワクワクする!ライバルは多い方がいいからな!それに言っただろう?友人ではないか。友の夢を応援しない奴がどこにいる」
「赤羽・・・・・お前、良い奴だな」
入夏は少し嬉しそうに笑った。全ての不安を虎鉄が少し軽くしてくれたように感じたのだ。そして、純粋に嬉しかった。こんな普通の自分が派閥を作りたいなんて話を真剣に聞き、背中を押してくれたことが嬉しかったのだ。
「そうか?とにかく、俺は許可するぞ。ちょっと待っていてくれ」
虎鉄は中庭の方に走って行った。その背中を見送り、入夏は頬を叩く。
「背中を押されちゃ、覚悟を決めるか」
「はい、頑張ってください」
入夏が呟いた瞬間、簾がいつの間にか目の前にいた。隣にはニカッと笑った虎鉄がいる。
「えっ!?」
「どうも、入夏さん。話は虎鉄から聞きました。これを差し上げましょう」
簾が入夏に紙を渡す。それは派閥結成許可願であった。
「我々赤虎団の部分は既に記入しております。ここにご自身の派閥名と名前、それからメンバーがいましたらお書きください」
「いいんですか?」
「えぇ、虎鉄が決めたことですから」
簾はそう言うと一礼して去って行った。
「俺は入夏に派閥を作って欲しいが、強制はしないからな」
「うん」
「もし、作るなら俺は賛成する。しかし、我が赤虎団に入ると決断しても責めはせん。歓迎する」
「ありがとう」
「いいってことさ!頑張れよ!」
虎鉄は入夏に手を振ってその場をあとにした。
その日、入夏は所属願を出さずに家に帰った。派閥結成許可願を眺めながら入夏は派閥名を考える。派閥名を考えている時はワクワクしたが、本当にこれでよかったのかと不安にもなった。しかし、派閥結成許可願に書かれた力強い字の名前を見ると、入夏の心は自然と晴れた。
「よし、コイツにも力を借りよう」
入夏はペンケースから鯨の絵が描かれたボールペンを取り出した。クリップ部分にも金に光る鯨の装飾がある。絶勝学園第一高等学校を夢見た幼い入夏に父がプレゼントしてくれたものだった。普通のボールペンよりも重く、高級感があって立派なそのボールペンはいつしか入夏のお守りだった。絶勝学園第一高等学校を受験した時も、使わないのにお守りとしてペンケースに入れていた。そんなお守りで入夏は派閥結成許可願に自身と派閥の名前を書いた。
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