第4話 派閥体験
翌檜の部屋は不気味だった。薄暗い色の壁に檜がスプレーや筆で檜の木を描いている。
「おぉ!体験してくれる生徒がこんなに!檜、凄いわこの人数!」
朴人は大袈裟に手で口を押えた。
「朴人に任せる」
檜は振り向くことなく檜の木を描いていた。
「じゃ、皆さん、適当に座ってください。体験って言ってもねぇ、僕ら一年生なんで何をしたらいいかわからんのよ。放任主義の自由な派閥やからなぁ。それは体験できないもんね」
腕を組んでしばらく考えた朴人は思いついたように拳を手の平に叩いた。
「あっ!質問コーナーにする?何か気になることがあれば手を挙げてください!」
名案と言わんばかりの顔で朴人が笑う。
「では、よろしいでしょうか?」
控えめな男子生徒が手を挙げた。大人しそうだが、目は期待に満ちており、頬も少し赤い。
「お、見た目に反して積極的やね!僕好き!」
「派閥名の由来は何でしょうか?」
「しかもいい質問!君、さては優等生やな!」
男子生徒の言葉にいちいち大袈裟に朴人は反応する。恥ずかしそうな男子生徒に拍手を送った後、朴人は檜の方を向いた。
「え、これ僕が説明する?檜、やる?」
「やらない」
「じゃ、僕が説明しますね!皆さん、翌檜ってご存じ?」
朴人はスクールバックから紙とペンを取り出した。
「漢字はこう書くんやけど」
綺麗な字で朴人は『翌檜』と書いていく。
「翌檜はヒノキ科の常緑樹で、数十メートルを超えるくらい大きな木なんやけど、基本的には檜の木よりも小さいんよ。で、檜の木のように明日なろうって思っているとされてあすなろって呼ばれ始めたという説があるんです。つまり檜の木になりたいってこと。うちの檜の木はここにおる紫崎檜やから。この派閥にきた生徒はリーダーの檜のように強くなりたいって思って強くなる翌檜になってもらうから、この派閥名になったって感じやね!」
「だから、檜の木になれるっていうことだったのですね?」
「そういうことー!ナイス理解力」
「でも、本当に強いのか?そんなひょろ長い奴」
一人の如何にも不良ですといった制服の着崩し方をした男子生徒が鼻で笑ったように言った。彼はすぐりとの対戦を見ていなかったようだ。
「は?何やそれ、君、うちのリーダーのこと笑てんの?」
人懐っこい笑顔だった朴人の顔が豹変する。冷たい目でその男子生徒を見ていた。
「いや、そういうわけじゃねぇけど」
朴人の冷たい視線に男子生徒は目を逸らした。その一瞬だった。背を向けて檜の木をひたすら描いていた檜が男子生徒の前に立っていたのだ。そして、筆を男子生徒の額に当てている。男子生徒の額に緑色の点ができた。
「これが、絵の具じゃなかったら、君は今この瞬間も俺を見つめることはできなかったな」
檜が震える男子生徒から筆を離して、朴人の隣に立った。
「君達が本気で檜の木になりたいなら、勝手にうちに入ってもらって構わない・・・・ただ、一つだけ言っておく」
檜は髪を掻き上げた。入夏は露になった顔を見て、ようやく檜の顔に描かれていたものがわかった。
「・・・・檜の木だ」
入夏は呟いた。
「俺が、倒れるようなことはない」
弱々しい声とは正反対の自信に満ち溢れた笑顔は純粋さと不気味さを足したような、何故か魅力も感じられる笑顔だった。
翌日、入夏は海月と共にピオニーの体験に来ていた。
「ぼたん様!」
「だから!うるさい!しつこい!」
入夏と海月、そして他の生徒達は目の前の光景をかれこれ三十分は見させられていた。
「ぜひこの俺をナンバー2にしてください!それが難しいのならナンバー3でも構いません!俺を貴方の傍に置いてください!」
美しい男子生徒がぼたんのスカートを掴んで懇願しているのだ。
「椿先輩、桃里ぼたんに惚れて、敗北後すぐにピオニーに入ったらしい」
どこでそんな情報を見つけて来たのか、海月が入夏に耳打ちする。
「お前!さっきからぼたんさんのスカートを掴むな!汚れてしまうだろう!」
「はっ!それは申し訳ありません、ぼたん様!」
菫に怒鳴られた椿はぼたんから離れ、頭を下げる。ぼたんは呆れたように椿を見た後、スカートを整えて入夏達に視線を移す。
「せっかく来てくれたのに、変な所を見せてしまって申し訳ない。菫、準備を」
「はい、ぼたんさん」
菫は竹刀を生徒達に配った。
「我がピオニーに入るのなら、一つ何でもいいから一番になるように成長することだ。それは入った貴方達で勝手にやることだから体験することはない。ということで、今日はもう一つ、説明会で話した美しく強い人間になるための稽古を私が直々に行う」
竹刀を構えたぼたんからは小柄な彼女が醸し出しているとは思えないくらいの殺気が感じられた。
「美しい!美しく気高い!流石です、ぼたん様!」
その殺気を浴びた生徒達が黙る中、唯一椿だけが嬉しそうに声を上げていた。入夏は椿の実力を知らないが、この殺気を浴びてそんなことが言える余裕があるということは、彼も只者ではないと確信できた。
「私の動きを見て、真似て動くこと。一切の休憩を禁じる」
こうしてピオニーのリーダー、桃里ぼたんの地獄の稽古が始まった。
翌日、三つ目の派閥、赤虎団に入夏と海月は来ていた。
「うむ!こんなにも来てくれていると嬉しいものだ!」
虎鉄は豪快に腰に手を当てて笑っている。その隣で簾が名簿を確認していた。
「昨日よりも参加人数が多いですね。良いことです。我々赤虎団は女子生徒の人気がないうえに、ピオニーのような華やかさが皆無ですから心配していたのですが」
「何を言うか、簾。放課後、目標のために汗を流して努力しあうなんて美しいじゃないか!」
「美しい、ではなく暑苦しんですよ。頼むから離れてください。虎鉄の熱気にやられそうです」
「む、すまん!」
「それでは皆さん、体験を始めましょうか。それぞれ好きな席におかけください」
生徒達が好きな席に座ったことを確認した虎鉄と簾は生徒達と向き合う形で一番前の席に座った。
「では、皆さん。今日出された課題を出してください」
「わかった!」
誰よりも早く虎鉄が鞄からノートを出した。
「では、その課題を静かに行うこと。終わった方からご退出していただいて構いません。今日の体験は皆で仲良く課題を片付けようと、隣にいるリーダーが決められたので」
簾の説明に生徒達は目を見開く。
「えーと、課題ですか?稽古とかそういうものは・・・?」
勇気をだした男子生徒が控えめに尋ねると、虎鉄は元気に笑って答えた。
「課題をきちんと行うことも鍛錬のうちだ!これも校長を倒す資格を得るためのこと!きちんと励むように」
「わからないことがあれば挙手してください。僕が教えます」
リーダーとナンバー2はそう言うと本当に課題を始めてしまった。
仕方なく、生徒達は黙々と課題をし始めた。
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