face.3-2 宮原敬之、問題対処と自責の念

 あの夏、僕は一生悪い意味で心に残る選択をしました。

 ある標的ターゲットを許したんです。

 そんなこと、Fフェイス・Bブレイカーとして活動している以上いくらでもある話なのですが、あの選択は間違いだったと、今では確信しています。


 忘れもしない九月十三日、僕は弁護士として依頼人との話し合いをしていました。

 依頼人の父が亡くなって、実子三人による相続争いがありました。

 僕は長女さんの弁護をすることになっていたのですが……


 「……この場合、お父様の遺書は公正証書になっていないので、証拠としては弱いものになると思います」

 「それでもかまいません。なにせ証拠がこれしかないので……何とか父の遺産を相続できるように弁護してください」

 「まあ、それが仕事ですからやりますけれど……もっといい証拠があればなぁ……」そんなことを話していた時……


 「ピロリロリロリロリロリ」僕の携帯の着信音が、どよんと重苦しかった空気を切り裂きました。

 一瞬ドキッとしましたが、落ち着いて携帯を手に取ってメッセージを確認します。


 アグリー出現情報

 宮城県仙台市青葉区〇〇〇〇-〇〇-〇〇

 変身者:うえもとつよし

 標的:やすさき


 直ちに急行し、アグリーを殲滅、標的を指導、逮捕すること。


 この文章を読んだとき、僕は頭をハンマーで殴られたような衝撃を感じました。

 まさか、あの安井さんが? だって、彼女は心から反省していた、はず、一度反省した人間が、またアグリーを? ありえない。僕は何人も見てきた。一度はアグリーの標的となっても、心を入れ替え、外見至上主義を捨て去った人たちを。二度もアグリーを生み出した? 絶対にありえない……

 「……先生……宮原先生!? 私の話聞いてますか?」依頼人の声でふと我に返りました。

 「ああ……ちょっと急用ができました。今日はこれで失礼します……」そう言って荷物をまとめ、依頼人の制止する声も聞かずに走りだしました。

 よほど焦っていたのでしょう、赤信号に気づかずバイクで突っ込み、危うく送検されるところでした(身分証を見せたら警察官は引き下がりました。FBの権限は警察よりもはるかに強いのです)。

 そして現場に到着すると、あの時とはまた違う姿のアグリーが、あの時と全く同じように、安井咲さんに襲い掛かっていました。

 僕は自分の職務も忘れ、ただそこに茫然自失と立ちすくんでいるだけでした。

 薙ぎ払われていく街灯(最近やっと直されたばかりなのに)、打倒されていく信号機(最近やっと以下略)が見え、逃げ惑う人々の悲鳴を聞いても、何もできませんでした。

 僕はいったい何を考えていたんだろう。

 FB団員は裁判官で、かつ執行人。

 標的を良く見極め、自らの判断で裁き、そして手を下さなければならない。

 自分が見逃した人間が、再びアグリーを生み出したということは、僕は裁判官として失格ということになる。

 失われるはずのなかった命が一つ、僕の判断の誤りのせいで失われようとしている。

 僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ……


 「助けて!!! 誰か助けて!!!」僕の鼓膜に、しっかり標的の悲鳴が聞こえました。

 安井さんが腰を抜かして後ずさりしています。巨大な怪物が、安井さんを踏みつぶそうとしています。

 そうだ。裁判官失格とか、アグリーが生まれたのは僕のせいとか、そういうこと言ってる場合じゃありません。

 僕の仕事はアグリーを排除すること、そして標的を指導、逮捕することです。標的を見殺しにすることではありません。

 何より、僕がFBに入ったのは、もう誰にも死んでほしくなかったから……

 任務の度、僕の脳裏に蘇る……



 四年前、まだアグリーの存在が認知されていなかったとき、僕はアグリーによって兄を失いました。

 兄は女性にだらしなく、元交際相手の女性から恨みを買って殺されたんです。

 僕は、巨大な異形が兄を踏み潰す様を間近で見ました。

 後に残ったのは変身者の遺体のみ。

 僕は恐怖しました。それも幽霊に出会った時のような恐怖ではなく、神社でご神体に会った時のような、恐怖というよりは、

 命が二つも消えた瞬間を目の当たりにした僕は、それ以来「死」を極端に恐怖するようになりました。

 そして、FBに入団し、二度と失われてはいけない命を失わせないと心に誓いました……



 僕は前を向きなおし、スラスターで一気に加速しました。

 素早くアグリーの足元に潜り込み、アグリーの攻撃を全力で受け止めました。

 アグリーの推定体重は推定12t。パーソナリティレスアーマーは機動力を重視して作られており、アグリーの攻撃を直接受け止める想定はしていません。

 全身の鎧からバチバチと回路がショートするような音が聞こえ、僕の体はものすごい地響きと共に下に沈みます。

 僕はスラスターを最大出力で放射し、必死で12tの攻撃に耐えました。

 正直、死を覚悟しました。

 でも、僕が死んだら、助けられない人がいる。

 僕の後ろには死が迫っている人がいる。

 それがたとえ、罪なき人を醜い存在に変えるような人間であっても……


 僕は、誰も死なせない。


 「う……うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」火事場の馬鹿力とでもいうのでしょうか……僕はいつの間にかアグリーの攻撃を跳ね返していました。

 「アベレージソード!!」「出力最大」僕の右手からビームソードが光り輝きます。

 「裁きの剣アルトゥム・ヴルヌス」システム音声に背中を押され、僕はアグリーの体の下に滑り込み、剣を振り回しました。

 アグリーの四肢がバターのように切れ、うめき声をあげながら倒れました。

 僕は倒れる前に脱出すると、大きく跳びあがり、アグリーの胴体を一刀両断しました。

 アグリーの体から緑色の液体が噴出し、爆発しました。



 僕はうずくまっている安井さんに近づきました。

 「アグリーは倒しました。もう大丈夫ですよ」と声をかけると、安井さんはゆっくりと顔を上げると、今まで恐怖に満ちていた顔が歓喜に変わりました。

 「フフフ……アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」さっきまで悲鳴を上げていたはずなのに、こんなに高笑いされて、僕は呆気にとられました。同一人物か疑ったほどです。

 安井さんは続けてこう言いました。

 「全く、ザマァ見ろだわ!! 散々私に付きまといやがって!! ブスはブスらしくそこらへんで野垂れ死んでしまえばいいのよ!!!」皆さん、これが安井咲の本性です。FB情報部の調べによりますと、彼女は結婚詐欺によって三百万円以上の金を巻き上げ、しかもそのたぐいまれな容姿で司法の贔屓を受けてきた人間です。

 こんな人間に、生きる価値などあるのでしょうか?

 はっきり言いましょう。僕は彼女を即刻殺してしまいたいほどに憎んでいます。

 罪なき男性の命を二人奪い、アグリーが暴れまわったことによる巻き添えで街が破壊され、人が傷つきました(幸い、巻き添えによる死者は出ませんでした)。

 でも、僕は彼女を殺さない。

 そんなことをすれば、このクズと一緒になってしまう。

 「……安井咲さん、あなたを逮捕します」「はあ? いやよ!! 私はこんなところで終わる人間じゃないのよ……触らないで!! セクハラよ!!!」弁護士相手にセクハラと言うとは、いい度胸してますね。

 それにしても、彼女は僕のことを覚えていなかったようです。

 まあ当然でしょう。何せ彼らは自分の利益ばかり考えて、他人の境遇など一切どうでもよいのだから。

 しかしそんな人たちでも死ねば悲しむ人がいるかもしれない。

 そうならないために、僕は仮面を取るのです。


 ……本当は僕の仕事なんて、も暇なほど喜ばしいんですけどね。



face4-1 ささもりまき、外見に頼らない処世術 に続く

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フェイス・ブレイカー ~外見至上主義を裁く執行人~ 江葉内斗 @sirimanite

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