face.3-1 宮原敬之、またの名をヴルカーノ

 僕の名はみやはらのりゆき、しがない弁護士です。

 弁護士生活五年、大手法律事務所に就職してから、主に男女関係の訴訟について取り上げてきました。

 そして今日も、ある依頼人の奥様が不倫なさったとのことなので、依頼人の代理人として、話し合いに行かなければなりません。


 男女問わず、浮気をした方は大体盗人猛々しいというか、自分の責任を棚に上げて相手を責め立てるパターンと、「あいつとは遊びだったんだ」「愛してるのはあなただけ」などと見苦しい言い訳をなさるパターン、あるいは結婚相手よりも不倫相手のほうがいかに魅力的な存在かを延々と語ってくるパターンの三通りに分かれています。

 毎日のように離婚騒動に巻き込まれると、正直泣きたくなる日もあるのですが、それでも正直者が馬鹿を見ることがないように、今日も依頼人に寄り添うのです。



 七月二十六日、弊社の応接室で話し合いが始まりました。

 参加者は私、不倫した奥様、奥様のご両親です。

 「……というわけで、こちらが旦那様の出された条件です。」と、僕は事前に旦那様と協議して用意しておいた示談書を提出しました。

 条件は以下の通りです。

 ・離婚

 ・財産分与無し

 ・慰謝料350万円

 ・使い込んだ貯金400万円

 ・今後旦那、間男との一切の接触禁止。これに違反した場合、追加慰謝料50万円

 「冗談じゃないわよ!! なんで私がこんな額払わなきゃいけないわけ!!?」奥様は机を叩いてつばをまき散らしながらおっしゃいました。

 僕は、奥様が有責であること、慰謝料の相場はいくらであることなどを、過去の判例を取り上げてじっくりと丁寧に説明して差し上げました。

 しかし奥様は、「あのね! 慰謝料ってのはね、女がもらうものなの!! 弁護士のくせになんでそんなこともわかんないの!!?」

 さっきちゃんと女性側有責の過去事例を紹介しましたよね?

 さらには奥様のご両親も「旦那が我が子にさみしい思いをさせたのが悪いんじゃないか!!」「そうよ! 弁護士のくせにどっちが悪いかもまともにわかってないなんて、どうかしてるわよ!!」ああ、頭が痛い。

 しかし、こういえば大体の有責者は引き下がります。「この条件を受け入れられないのならば、あとは法廷で話し合うことになりますが」

「えっ!? 裁判!? い、嫌ね~それはやりすぎじゃないの~?」「そ、そうですよ~、裁判っていうのはちょっと……ね?」

 「ではこの示談書にサインしますね?」「わ、分かったわよ!! サインすればいいんでしょ!?」と、ようやく奥様は示談書にサインしてくれました。

 これで後は間男を始末すれば一件落着ですね。

 いやー、ハッピーエンドに終わりそうでよかったよかった。

 もしこれで裁判になって、万が一依頼人側有責にでもなったら、恐ろしいことが起きてましたからね……



 こういう男女の争いの裁判ではまれに起こることですが、敗訴した側がアグリーになるかもしれないんです。

 アグリーは、自分の身体的要素で差別された人間が恨みで変化した怪物、というのが政府の見解ですが、三年前の「橋本事件」以降、司法も身体的要素で原告・被告を差別するようになってしまいましたからね。

 裁判で勝った側が、翌日にはアグリーに惨殺されているなんて事例も多発しています。

 しかもアグリーって、恨みを晴らしたら消滅するんですね。変身者の遺体を残して。

 今日の事例は顔は似たようなものだったので裁判になったとしても影響は少ないと思いますが、もし依頼人の顔が裁判で負けそうな顔だったら、できるだけ示談で済まそうとするのが今の弁護士の定石なんですよね。

そんなの本当は良くないとわかってますが、依頼人の身が第一ですし、司法がこんなんでは解決しようもありません。

 それでも、アグリーが出現してしまったその時は……

 「ピロリロリロリロリロリ」おっと、僕の携帯が鳴りましたね。

 緊急メールが来ました。

 

 アグリー出現情報

 宮城県仙台市青葉区〇〇〇〇-〇〇-〇〇

 変身者:かわさきゆう

 標的ターゲットやすさき


 直ちに急行し、アグリーを殲滅、標的を指導、逮捕すること。


 ……ハァ、川崎さん、まさか本当にアグリーになっちゃうなんて。

 しかし、出現したアグリーは殲滅する、それが「フェイス・ブレイカー」の仕事です。

 さて、現場に向かいましょう。



 FB専用二輪車で現場に向かうと、そこには全長10mはある異形の怪物がいました。

街灯を薙ぎ払い、信号を打ち倒し、どんどん標的・安井咲さんに迫っています。

 僕は懐から黒い仮面を取り出しました。

 「装着!」と言い放ち、その仮面を顔につけました。

 「装着者、宮原敬之の生体データと一致、パーソナリティレスアーマー、転送」

 僕の体を光の輪が包み、黒々しく輝く鎧が装着されていきます。


 僕の名は、宮原敬之。またの名を団員名コードネーム「ヴルカーノ」。

 背中から斜めに引かれた二本の赤いラインが目印です。

 本来、FBとは無個性の戦士であり、あまり個性を出すことは禁じられているのですが、全員が同じ装備だと見分けがつかなくなってしまうので、この程度のカスタムなら許されるようになりました。

 僕は火山ヴルカーノの名にふさわしく、火砕流を象徴した赤ラインを入れてみました。

 おっと、雑談している場合ではない。人の命がかかっているんですから。

 「アームブラスター!」と叫ぶと、左腕の光線銃が起動し、アグリーに照準を合わせます。

 さらに腰のボタンを押すことで「出力最大」左腕の光線銃がエネルギーを充填し始めました。

 アグリーの体が安井さんに迫ります。

 「いやあ! 死にたくない! 死にたくないいいいいいい!!!」耳をつんざくような叫び声。

 大丈夫です。死なせませんし、こんなところで死ぬなんて許されませんから。

 「裁きの砲撃ルメン・ペネトランス」システム音声とともに、高出力の極太レーザービームが、アグリーめがけて勢いよく発射されます。

 青白く輝くレーザービームはアグリーの体を貫き、あと数㎝のところまで近づいていたアグリーの動きを止めました。

 大きくあいた風穴から緑色の液体が噴き出し、10mの巨体が地響きをたてて倒れ伏しまし、大爆発を起こしました。


 ふう、これにて任務完了、いや、もう一仕事しなければ。

 標的に近づくと、標的・安井さんは、なんと気絶していました。

 目の前で爆発が起こったので、ショックで気を失ってしまったのでしょう。

 「困りましたね……」顎に手を当てて独り言をつぶやきます。

 まあ、こういうときもマニュアルで決まってるんですけれど。

 この場合、収容所に管理入院となります。

 安井さんが目を覚ましてからが本番ですね……



 こんにちは。宮原敬之です。

 あれから三日後、ついに安井さんが目を覚ましました。

 早速、安井さんを「鑑定」しなくては。勿論仮面をつけて。


 「ごめんなさい!! ほんの出来心だったんです!!!」病室に安井さんの声が響き渡ります。

 標的との一対一の面談はいつも緊張感を伴います。標的が突然発狂したり、FB団員に攻撃したりすることがあるんです。

 でも今回の標的、安井咲さんは稀有な例でした。

 「同窓会で会った元クラスメイトと酒の勢いで関係を結んでしまって……たった一回きりなんです。本当です。でも優斗さんは……まさか本当にアグリーになるなんて……」声が弱くなっていき、目元から涙が溢れました。

 依頼人の川崎さんは、最初にお会いした時からとても精神的に苦しんでいました。

 三十過ぎて最初に出会った恋人に裏切られた人の苦しみの大きさは、計り知れないものです。

 個人的な感情なら、安井さんは再教育されるべきだと思います。

 しかし、彼女が心から反省している以上、彼女を裁く権利を持つ私は、より多くの人が納得する決断をしなければなりません。

 私は何も言わずに病室を去りました。

 扉の向こうで悩んで、悩んで、悩んで……


 気づけば窓から西日が入ってきていました。

 私は決意しました。

 安井さんが入院している病室の扉をノックし、中に入ります。

 「私の決断を申し伝えます」できるだけ厳粛な声になるように、無理して声を絞り出したと思います。

 しばしの沈黙。そして、


 「安井咲さん、あなたを開放することに決めました」


 そう伝えたとき、彼女の表情は驚きに染まっていました。

 「……え? いいんですか?」安井さんが完全に素になって放った言葉を、僕は一生忘れないでしょう。

 僕はこの決断を、のちに一生後悔することになります。

 やはり再教育するべきだったのです。

 だって、が起きてしまったら……



face.3-2 宮原敬之、問題対処と自責の念 に続く

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