face.2-2 ゲイル、又の名を□□□□□

 FBフェイス・ブレイカーの正体は、誰にも知られてはならない。

 私も五年前、FBが結成されたとき、名前も地位も全て捨てて初期メンバーの一人となった。(ちなみに、その頃はFBのこともアグリーのことも、国民には非公開にされていた。情報が公開されたのは三年前の「橋下事件」ののちアグリーによる被害が増えてからである)

生まれ育った地とも当時働いていた職場とも別れ、ここ大阪の地で表向きは一教員として生活している一方、団員名コードネーム「ゲイル」として大阪のアグリーを殲滅している。

 さて、これまで様々なアグリーを撃破してきたが、学校で出現したのは始めて見た。

 すぐさま私は人目のつかないところへ行き、漆黒に染まった仮面を取り出した。

 「装着」と言い、仮面を顔に装着させる。

 「装着者・□□□□□の生体データと一致、パーソナリティレスアーマー、転送」私の足元から光輪が出現し、足元から頭上へとパワードスーツが装着された。

 それにしても、もう少し地味にならないのか? 万が一他人に見られたらどうする……

 とにかく、変身したらアグリーを殲滅しなければならない。

 私は中庭に出ると、その巨大な醜い怪物を確認した。

 丸太のような巨大な足が持ち上がり、今まさに一人の女教師と男子生徒を押し潰そうとしている。

 すかさず私は背中のスラスターを噴射させ、勢いに任せてその巨大な四足歩行のバケモノの胴体に蹴りをいれた。

 バケモノは日本語ではない何かの音を発声しながら、吹っ飛んで校舎の壁に激突した。

 おっと、公共物をむやみに破壊してはいけない。反省せねば。ここは私の職場でもあるしな。

 それから踏み潰されそうになっていた二人の民間人を確認する。

 私の表向きの同僚が、表向きの教え子を庇い私を見ていた。

 その表情は、言い難いほどの恐怖に染まっていた。

 ならばアグリーを始末して彼女らを恐怖から解放せねば。

 「アベレージソード、起動」と呟くと、右腕にエネルギーの刃が生成された。

 私はゆっくりとバケモノに近づいた。

 腰の左側にあるスイッチを押せば、「出力最大」のシステム音声と共に刃の輝きが増し、刃渡りは2mにも達する。

 倒れ伏すアグリーに止めの一撃を食らわせようとした、その瞬間。


 「もうやめてください!!!」と両手を広げて私の前に立ちはだかる人物がいた。

 男子生徒を庇っていた表向きの同僚の女教師だった。

 「そこをどけ、女。邪魔をすれば貴様も逮捕するぞ」この姿でいるときは誰にも情をかけてはならない。たとえがわ先生だろうと、アグリー殲滅の任務を邪魔するなら公務執行妨害となる。

 しかし、井川先生は譲らなかった。

 「この子は私の生徒なんです!! 今までいじめにあって、ずっと苦しい思いをしてきたんです!! アグリーになったのも私の責任なんです!! どうか! どうかこの子を助けてやってください!!!」

 なにがだ。私にとってもそのアグリー、かんざききよたかは教え子だった。アグリーになってしまったのは私の責任でもある。


 だったら、だからこそ……


 「……罪を重ねる前に葬ってやるべきだ」私は井川先生を強引に引き下がらせると、ふらふらと立ち上がったアグリーに相対した。

 「……せめて苦しまずに眠らせてやる……!」私は勢いよく跳び上がり、出力最大のアベレージソードを振りかざした。

 「やめて―――――――――――!!!」井川先生が何を叫ぼうと、もはや無意味だ。

 「『裁きの剣アルトゥム・ヴルヌス』」システム音声とともに、アベレージソードを振り下ろした。

 アグリーの頭は真っ二つになり、切れ目から緑色の液体が噴き出した。

 アグリーはその肉体を保てなくなり、体内でエネルギーが暴走して爆発を起こした。

 爆風を背に受けながらきれいに着地する。

 「あああ!! 神崎君!! 神崎君!!!」井川先生は泣きながら飛散した肉片に囲まれたのもとへ駆け寄った。

 アグリーが爆死すると、中から変身者の遺体が現れる。

 アグリーはまさに変身者が憎しみの塊に取り込まれた存在なのだ。

 私は振り返って、井川先生に抱きしめられている神崎に手を合わせた。

 FBは誰にも隙を見せてはいけない。

 しかし、アグリーの変身者にだけは、哀悼の意を表すようにしている。

 哀悼の意を現すと、今度は静かな怒りに襲われる。

 私は振り返ると、腰を抜かしている標的ターゲットに近寄った。

 「お、お、お前なんなんだよ!!」標的・とみゆうきちも恐怖していた。

 ただし、アグリーに対してではなく、私に対しての恐怖のようだ。

 だが、そんなものに同情する余地はない。

 「富田勇吉だな?」「な、なんでお前俺の名前を……」「お前を逮捕する」「ハァ!? テメェ調子に乗んなよ!!」富田は立ち上がって私に殴りかかってきた。

 しかし、私は戦闘訓練を受けたプロだ。

 飛んでくる拳を右手で掴み、そのままその手首に手錠をかけた。

 「十二時三十五分、標的富田勇吉逮捕」私はこの学校の教員として、富田をずっと見てきた。

 確かに彼はまれに見る顔だちの整った人間だ。某アイドル事務所からもオファーがかかっていたという。

 しかし、その中身ははっきり言ってクズだ。自分より弱い相手ばかりを集団でつるし上げ、問題行動ばかりで何度も停学を食らっても反省せず。

 彼には情状酌量の余地も無いし釈明の機会も与えない。言い訳なら今までさんざん聞いてきた。「チビに人権はない」だの「俺のやってることは当然の権利だ」だの「俺のほうこそ神崎からいじめを受けている。あいつみたいな背の低い不健康野郎と同じ空気を吸うだけで反吐が出る」だの、もはや平均化しても変わることのなさそうな性格の歪みっぷり。

 とにかくこんな奴はとっとと収容所にぶち込んでしまおう。

 「ほら立て!! 収容所に連れていく!!」「いやだ!! 俺はこんなところで終わる人間じゃ……」いまさら何を喚いたって遅い。お前は永遠に誰からも注目されなくなる。それがお前の受ける罰だ。

 その時「待ってください!!」と私の肩をつかむ者がいた。

 やはり井川先生だった。

 「いい加減にしろ! 貴様も収容所送りにされたいのか!?」私は思わず声を荒げた。

 次の瞬間、井川先生は信じられないようなことを口にした。


 「もうやめてください……


 私は冷汗三斗、地獄の業火に焼かれるような絶望感に襲われた。

 正体がバレた……!? なぜだ、バレる要素などなかったはず。

 とにかく、平然を装わないければ。

 「……島田? 私はゲイルだ」

 「違います! あなたは島田幸太郎先生です!!」

 「だからその島田ってのは誰のことだ!?」

 「とぼけないでください、鎧に身を包んだところで、先生の特徴的な体系は変えられませんし、声も酷似しています。あなたは島田先生ですね?」

 ……これはもう隠しきれまい。

 FBであることをバレた者は、身分をはく奪され記憶を封印される。さらに団員の正体を知った人間も、記憶を封印される。

 もう私はゲイルとも島田幸太郎としても名乗れない。FBになる前の記憶で生きていかなければなくなってしまう。

 しかし、その前にこのクズ野郎を、収容所に送らなければ。

 すると、井川先生が口を開いた。「……島田先生、私からお話が」

 私は少し考えて、仮面を取り外した。

 パーソナリティレスアーマーが剥がれ落ちるように消えていき、素顔がさらされた。

 「し、島田!! 本当に島田だったのか!!」富田は相当驚いていた。

 「その子を収容所に送るつもりですか?」と井川先生は訊いた。

 「……はい」私はゲイルとしてではなく、島田幸太郎として答えた。

 そして、井川先生は私の予想だにしないセリフを放った。

 「その子の再教育は、私に任せてくれませんか?」

 ……私は耳を疑った。

 「このような歪みきった人間が、この学校で再教育したところで直るとでもお思いですか?」

 「もちろんです!! もとはと言えば根本的ないじめ対策をしなかった私が悪いんです!! お願いします! 富田君に最後のチャンスを与えてください!! お願いします!!!」彼女は泣きながら頭を下げた。

 無理だ。絶対にこの人では無理だ。第一死んだ神崎君の無念はどうなる?

 FBの役目は標的に対するアグリーの無念を晴らすことだ。


 一切の情があっては……いけない……



 ……私は何を迷っている?


 ふと、神崎君の遺体を見る。


 遠目だったのでよくわからなかったが、なんだか安らかに眠っている気がした……




 その日の帰りの会で、神崎清貴がアグリーとなって死亡したことが全校放送で伝えられた。

 翌日、富田勇吉は一か月間の停学処分となった。

 私は、今も島田幸太郎だ。

 ただし、今月末でゲイルの名を返上するつもりでいる。

 私には、あの時の決断が正しいかはわからない。

 ただ、富田の再教育は井川先生を信じて任せることにした。

 富田が健全な高校生になってくれることを、心から祈るばかりだ。



face.3-1 宮原敬之、またの名をヴルカーノ に続く

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