face.2-1 井川友子、生徒に真の美意識を教育する
私、
まだベテランとは言えないかもだけど、教育にそこそこ関わってきた人間として一言言いたいことがあります。
いまの外見至上主義社会は、ヤバイ。
……いやそんなことみんなわかっていると思いますけど、教育現場でもその影響は強く現れているんです。
生徒がイケメンだからって成績をオール5にしたり、イケメンじゃないからって生徒のテストの結果を改竄するような教師もいます。
生徒の間でも外見によるカーストが形成され、いじめの要因となっています。
でも本当に問題なのは、教育委員会すらこの状況を黙認していることなんです。
前に一度、教育委員会にこの惨状をどうにかしなければならないと訴えたことがあるのだけど帰ってきた返事は以下の通り。
「女性でありながら身長180cmの異常者に発言権はない」
そうです、なにも外見というのは顔だけの話じゃありません。身長や肥満度、女性なら乳房の大きさ、男性なら筋肉量などのどれかひとつでも平均より劣っていると判断されれば、その人は異常者と見なされ抑圧されます。
子供の頃から同級生に比べて身長が高かった私は、周りの人たちから奇異の目で見られました。
陰で私を笑っている人を見たこともあります。
それだけならまだ良かったんです。私が我慢すれば良い話ですし、暴力を振るわれたとかじゃないですから。
でも、三年前に起こった国民的タレントの事件以来、それまで直接ぶつけられなかった私への嫌悪感が直接ぶつけられるようになりました。
女が男より背が高いなんて男に対する侮辱だとか、不格好だの雌ゴリラだの、職場でもプライベートでもさんざん悪口をたたかれました。
でも、私を擁護してくれる人もいたんです。
私の同僚の
話はそれますが、私30過ぎたのに独身なんです……先生みたいな人ががもらってくれたらなぁ……
でも、そういう優しい声は大体誹謗中傷の声にかき消されます。
私の働く高校にも無言電話や脅迫状のような嫌がらせが相次いでいます。
しかし、私は教師をやめるわけにはいきません。
この歪んだ教育現場で、どれだけ非難されようとも、私を味方する人などいなくても、正しい教育を取り戻すために私は教員を続けています。
さあ、今日も授業に出なければ。
椅子から立ち上がり、白衣に身を通し、教材を抱え、引き戸を開ければ、そこはもう化学室。
私は化学科の教員で、担任も持ってないので、一日中化学準備室に引きこもってます。徒歩五秒で授業に出られるのはいいですね。
「起立! 礼! 着席!」八時四十五分、一時間目化学。
生徒は眠い目をこすりながら教科書を開く。
この学校はまがいなりにも大学進学を目指した学校です。あんな風に眠そうにしていても、生徒一人一人が熱心に勉強している優等生です。
……彼らもまた、外見美にこだわりすぎているのですが。
女子生徒は化粧が目立ちますね。当校は化粧禁止の校則はありませんが、化学教師としては生徒の肌荒れなど健康被害が心配ですね。
そして男女問わず見かけるのが、「染髪」です。
これも禁止はしていませんが、やはり化学的に髪を痛めるので心配です。
しかし……今日もあの子たちは来ていませんね。
まあ来なかろうが授業を遅らせるわけにはいきませんが。
「いいですか? 金属結晶というのはこのように、原子が等間隔に並んで構成されています」と私が模型を使って説明していると、なんでしょうか、教室の外から騒ぎ声が聞こえてきましたね。
一階なので中から何やってるのかよくわかります。
「ハハハハ!! おめえなんでそんなにチビなんだよ!!?」「だっせえ!! 高校生のくせにこんな……小学生かよ!!!」「しょ、小学生よりは大きいでしょ「はあぁ!!? 何口答えしてんだよ!!!」何か殴るような音が聞こえてきますね。
ん? よく見たらあの子たち、現在進行形で私の授業サボってるじゃないですか。
私の授業中にあんなことするなんて許せませんね。ちょっと指導しに行きましょう。
「おいお前ら! 授業中だぞ! こんなところで何してる!!?」おっと、私が注意する前に誰かが注意してくれました。
「やべっ島田だ! 逃げろ!」なんかあっちで解決しそうなので、私は授業に集中しましょう。
「待て! 逃げても捕まえるぞ!」島田先生から逃げられるわけないでしょう。あの人100m走でインターハイ出てるんですから。
「……では皆さん、単位格子中の原子の数と一辺の長さ、密度からアボガドロ定数を求めてみましょう」
ふう、ようやく昼休みですね。
生徒たちと同様、我々教員にも一時の休息が訪れます。
「井川先生、お疲れのようですね」島田先生が話しかけてきました。やめてくださいよ。尊死させる気ですか?
「いやー今日も大変でしたよ。あちらこちらでいじめがあるんですから。」すっごく緊張していますが、顔には出さずに話を返します。
「全く、生徒のいじめ、最近増えてますよね」と島田先生も共感してくれました。「そうなんですよ。止めても止めてもウジ虫みたいに湧き出て来るもんですから」「……今日も井川先生にクレームの電話や手紙が届いたようですが」「気にしてませんよ。暇人の戯言なんて」ああ……この時間が永遠に続けば良いのに……
しかし、平和な時間は一瞬にして崩壊しました。
突然、何か重機がぶつかったような音がし、間髪入れずに校舎が大きく揺れました。
「キャアアアア!! 何!? 何が起きてるの!?」私は驚いて床に伏せました。
「井川先生! 落ち着いてください!! 揺れは収まりました!!」ああ、島田先生が私の肩を優しく抱いている……心臓の鼓動が激しくなっちゃう!
って、そんなこと言ってる場合じゃありません。校舎の外から悲鳴が聞こえてきます。
生徒たちが危険にさらされているのです。助けに行かねば!
私は職員室を飛び出して中庭に出ました。
そこで私は、信じられないものを目撃しました。
そこにいたのは、高さ7mもあるかのような、異形種の怪物でした……
あまりの衝撃に私は暫く、そこで呆然と立ち尽くしていました。
「わああああ!! 助けてくれぇーーー!!!」誰かの悲鳴でハッと我に帰りました。
怪物の向かう先に、一人の男子高校性が腰を抜かして倒れていました。
私はとっさに彼のもとに駆け寄りました。
怪物の大きな足が彼を踏み潰そうとする所を、私は彼の手を掴んで引っ張り、間一髪のところで助けました。
「いいいいい井川!! ヤベーよ、あいつヤベーよ!!!」
「落ち着きなさい
富田君はこう答えました。
「あ、あいつが……
「神崎君……? まさか」そう、富田君は学校でも有数の問題児、神崎君は富田君のグループにいじめられていた被害者なのです。
今朝、私の授業をサボっていたのもその子達でした。
そこからあの怪物の正体にピンと来ました。
神崎君はいじめの苦しさに耐えかね、アグリーとなってしまったのです。
ああなんということでしょう……以前からカウンセリングも重ね、彼を安心させようとしてきたのに……
私は教師失格です。
そんなことを考えているうちにも神崎君は富田君を追いかけていきます。
渡り廊下を打ち壊し、花壇を踏み荒し、どんどん富田君に近づいて行きます。
「ダメよ、神崎君! 憎しみに心を奪われてはいけません!!」私は必死に彼に語りかけましたが、もはや神崎君を止める手段は、私にはありませんでした。
「来るなあああああ!! こっち来るなあああああああ!!!」富田君が踏み潰されそうになって、私は思わず目を塞ぎました。
その時、何かがぶつかるような音がしました。さらに校舎に何かが叩きつけられるような音がして、瓦礫が崩れるようでした。
私が恐る恐る目を開けてみると、さっきまで富田君に肉薄していた神崎君が、20m離れた校舎まで吹っ飛ばされていたのです。
私は訳がわからなくなって富田君の方を見ました。
そこには、全身黒の鎧に身を包まれた、無機的な何かが居ました。
黄色く光った線のような双眼が、私を冷たい視線で射ぬいていました……
face.2-2 ゲイル、又の名を□□□□□ に続く
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