第131話 穏やかな場所

 大部屋の中、どこか舌足らずな大声が響き渡る。


「いたーだきます!」


 土曜の昼食にかぶり付く少年少女。

 それと金髪美女。


「うーん、おいひい!」


 雪那の料理の時もだが、この人は本当に美味しそうに食べるもんだな。

 スンとしてれば、誰もが見惚れる超美人なんだが。


「コラ、気になるのは分かるけどジロジロ見ない!」

「えー!?」


 無論、それでもヴィクトリアさんが目立つことは言うまでもなく、視線を送る子供たちが風破に注意されるのは最早必然だった。

 それに年長組では俺や風破とそこまで変わらないぐらいの奴もチラホラいる。子供たちは純粋な興味から、健全な男子諸君は本能の赴くままにガン見せざるを得ないわけだ。

 まあ実際、俺が入っているのに気づかず風呂に突入しに来たり、寝ぼけてベッドに侵入してきたりと、度々やらかしてくれる程度には無防備なわけで、当人は気にもしていないようだった。


 さて、当の俺はというと――。


「あら、ごめんなさいね。こんな雑用を手伝って貰っちゃって……」

「いえ、別に腹は減っていませんし、気にしないでください。あの中に混ざるより、こっちの方が向いてると思うので……」


 隣室で園長と共に書類整理や経理作業を少しばかり引き受けていた。

 しかし俺が言っていることは事実だ。

 現にさっき窓越しに見えた食事中の様子は、少しばかり暖かすぎた。今も聞こえてくる楽しそうな空間に混じるとすれば、間違いなく相応しくない。多分、色々と知り過ぎてしまったのだろう。

 今となっては後悔など抱くはずもないが。


 それにアザレア園は良くも悪くも、古き良き孤児院。

 機械面ハードはおざなりだったらしく、零華さんの聞きかじり程度の知識しかない俺でも以上の戦力になっているらしい。

 壊れた関数を直したり、アナログな部分を多少PCに取り込むだけで喜ばれているわけだしな。

 逆にヴィクトリアさんはあっちに馴染んでいるし、俺がここにいるのは適材適所というやつだ。


 まあそれはそれとして――。


「こんなところで油を売っていて良いんですか? 急ぎの書類ってわけでもなさそうですけど……」


 子供たちの自然な笑顔。

 人数自体は少ないながらも、職員の和気藹々わきあいあいとした様子。


 中からアザレア園を見るのは初めてのことだが、俺たちの初等部の頃よりもよっぽど良い雰囲気の空間が形成されている。

 それにグレて当然の境遇をしている風破があれだけ常識人に育ったのだから、甘やかすというだけでもないのだろう。

 全ての要因は、この園長がちゃんとした教育者であり、大人であるからだ。


 ならば、現状を正しく理解しているはず。

 この買収騒動の狙いが風破にあることを――。


「焦ったってどうにかなる話じゃないし、動いていないとどうかなってしまいそうだもの」


 あの男の会社がどんなものなのかは知らないが、普通に考えればこんな孤児院を買い取ろう――なんて、よほど酔狂な企業だけだ。

 実際、立地が特別良いわけでもなく、面積が広いわけでもない。得られる技術や人材もないどころか、手に入れたところで労働力にならない食い扶持ぶちを無駄に増やすだけ。

 アザレア園単体では利益を出すとかそういう話にすらならないのだから、手に入れること自体にメリットがないわけだ。


 だがその一方、手に入れるメリットが出来つつあると言い換えることも出来る。

 悲劇の過去、親子の再会。

 広告塔とするには、十分すぎる人材が格安で手に入るわけだしな。言うなれば、このアザレア園は、風破を支配下に置く大義名分としてとりあえず持って置く程度に過ぎないと考えるのが自然だ。

 であれば、もし傘下に置かれた時、奴がこの奇跡的なバランスと思いやりで成り立っている空間を残しておいてくれるのかと考えれば、恐らくあり得ない。

 外に放り出されるよりはマシ程度の扱いをされ、生きるのに最底辺の日々が細々と続くのかどうか。そんなところが関の山だ。

 そして真実に気付いた時には、風破は実父・・の庇護下に置かれてしまっており、少なくとも成人するまでは逃げられない。

 それもアザレア園が事実上の人質扱いとなってしまうのだから、その先すら分からないはず。


「過ぎた言葉かもしれませんが、どちらかを悩む程度には経営も厳しいってことですか?」

「随分おませさんだけど、まあそういうことになってしまうわね」


 だからこそ、これは現状維持か風破の人生を犠牲にするか――の二択じゃない。

 無理に延命して孤児院の崩壊を見過ごすか、奴の傘下に入って風破を犠牲にしかねない選択をするか。

 そのどちらを選ぶのか――という二択でしかないわけだ。


 もし風破がこのことを知れば、親元に戻ってしまうことだろう。

 でもそれは、園長にとって本意ではないはず。

 かといって他にやり様がないことは事実だ。

 学園の秀才になったことが要らぬトラブルを引き寄せる原因になるとは、何とも残酷な結末と言えるだろう。


 だが気持ち的にはともかく、合法的な手段を取られている以上、警察組織を動かせないことも事実。

 園長がどこまでの事情を知っているのかは分からないが、どちらにせよ身を切るような辛い未来しか待っていないことだけは事実だった。


 しかし娘との再会、今後の将来性を見越したと言えば聞こえはいいが、現状の風破にそこまでの価値があるのかと言えば、正直首を縦に振れない自分がいる。

 特殊なスキルを持っていない女性職員と子供を何人も抱えるぐらいなら、もっとやり様があったはずなのに――。


 ともかく調べるべきは、東雲家と“KEINERAGEカイナエイジ”か。

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