第130話 買収騒動
翌日、多少マシな顔つきになった風破をアザレア園に送り届けに来た俺とヴィクトリアさんだったが、予想外の事態に思わず言葉を失っていた。
「
「ちょっと落ち着いて。まだそういう話が来たってだけだから」
風破の驚愕を受け止めるのは、アザレア園の園長と名乗った初老の女性。
何があったのかと言えば、今二人が話している通りだ。
アザレア園とは、国からの融資を受けている民間企業。事実上の国営機関として動いている一方、母体自体は園長を社長とする会社だということ。
つまり小学校や中学校とは似て非なる状況にある。
そんな園の問題は、逼迫する情勢の中、国からの支援が打ち切られかけていることにあるのは言うまでもない。
いつ経営破綻してもおかしくないのだから、外部企業が経営権の委譲を申し出たことは、園にとって悪い話ではないはずだが――。
「でも園長や職員の人たちは……!?」
「一応、このままの体制で傘下に入るわけだから、特に変わりないはずよ。ただトップが変わるのは事実だから、
嬉しいけど不安。
園長からは伝わって来る感情はそんなところだ。
限界寸前の体制で腹を切りながら頑張り続けるのか。
リスクを背負ってでも安定を求めるのか。
園長自身に権力欲があるようには見えないが、経営者としては難しい選択であることは変わりない。
子供たちはもちろんだが、それ以上に職員の生活を守ることも重要。当人の老後もあるだろうし、色んなメリットとデメリットを精査する必要があるのだから――。
まあそれはそれとして――。
「色々聞いちゃってますけど、俺たちはここにいて良いんですか?」
手持ち
というのも、アザレア園についた直後、園内から出来たであろう二人の若い男とニアミス。ふと聞こえて来た会話の流れが買収を匂わさせるものであり、風破が職員室に直行。
園長に問い詰めた結果こそ、俺たちを置いていく形での現状であるわけだ。
別に第二研究所のように口外出来ない機密事項が大量にあるというわけでもないし、聞いたからどうなるという話をしているわけでもなかった。
でも気持ちというか、モラルの問題と言うか。
「あー、この人たちは……」
コイツ、完全に俺たちの存在を忘れてたな――と、ジト目を向ける一方、風破は園長に事情と関係性を説明していく。
昨日の外泊やここ数ヵ月訪ねていた場所の関係者であること。
アザレア園について、ある程度の事情を話していたこと。
ミツルギ学園の関係者であること。
「あら、アリアの……それは、いつもお世話になっております。これまで満足なお礼も出来ませんで……」
「いえ、そんなに
しかし若者相手に頭を下げて来る辺り、思わず恐縮してしまう程の謙虚さだ。
偏見かもしれないが、俺もヴィクトリアさんもこの年代の人からはあまり良い印象を受けない容姿をしているはず。
特に後者は、
朝帰りして来た風破の隣を固めるにしては、刺激が強すぎる。
でも説明する風破を見て、警戒する必要はないと分かってくれたようだ。
「それで風破……さんは、こうして送り届けましたし、俺たちはこれで失礼します」
「もう行ってしまわれるのですか? すっかりタイミングを逃してしまいましたが、お茶ぐらいは
「気持ちだけ受け取っておきます。今はそれどころじゃないみたいなので……」
とはいえ、現状はどう考えても園の今後に関わる非常事態に変わりない。
積もる話もあるだろうと、手早く帰ろうとしたわけだが――。
「――っっ!?!?」
ぐぅーっと、間抜けな音が響き、左腕に暴力的な感触が広がる。
何が起こったのかは至極単純。
ヴィクトリアさんの腹が愉快な音を奏でた結果、恥ずかしさで悶えながら俺に飛び付いて来たということ。現に当の本人は、顔を赤くしながらプルプル震えている。
一人で三人前ぐらいの朝食を取っていたはずだが、随分と燃費の悪いことで。
「あらあら……」
一方、俺たちのやり取りを見た園長さんは、くしゃりと人懐っこく優しい笑みを浮かべる。
子供に懐かれる理由が分かったと同時に、もう少しだけアザレア園に滞在することが決定した瞬間だった。
ちなみに当の風破も、園長が頭を下げてきた辺りから顔を隠して悶絶していた。
親同士や教師が自分のことについて話していたりすると、妙に恥ずかしくなる
どうせ春休みだし、連中に付き合うのもいい暇潰しになる。
春からどころか、すぐにでも忙しくなりそうだしな。
「では、少し騒がしいかもしれませんが……」
園長に先導されて部屋を後にする傍ら、俺は風に揺れる買収資料とやらを遠巻きに
記された企業の名は、“
何が目的かは知らんが、早速仕掛けて来たらしい。
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